薫と智也(中)

「春休みが明け迎えた入学初日はとても緊張したことを今でも覚えています。不自然なところはないか浮いていないかなど止めどなく不安が押し寄せ、違和感なくお姉ちゃんとしてやれているのか本当に毎日が大変でした。それでも数週間が経っても誰になにを言われることもなく東山葵としての日常を過ごし、私は本腰を入れて情報収集に移ることにしたんです」


「また口を挟むようで悪いけどいいかな。僕たちは見事に騙されていたわけだけど、お母さんはどうっだったの。家族まで騙し通せるとは思えないけど」


「普通の親であればすぐに見破られて大ニュースになったでしょうね」


「でもそうはなっていない……」


「はい。滝野瀬さんも会ってらっしゃるんですからなんとなく想像できるんじゃないでしょうか。あの人は私たちに興味がない。だから入れ替わったところで、さらに言うといなくなったところで気がつかないし気にしない無関心の最低の親です。昔はそんな人ではなかった……」


「すみません少し話が逸れました。高校生活も一ヶ月が終わり少し時間を要しましたがまずはお姉ちゃんの交友関係から探ろうと私は動き出します。付け加えて一人の男子生徒から告白されたのも丁度その頃でした。私は恋愛をしに来たのではないのであっさり振ったのですが、不思議なことに次から次へと告白してくる男子生徒が後を絶たなかったんです。全てお断りさせてもらっていたのですが、それがさらに最悪な事態に発展するとは思いもしませんでした。誰も彼もを問答無用で振る私の態度は女子生徒の間で女王さま気取りとか調子に乗っているとやっかみを囁かれるようになる原因になっていたんです。私は避けられ距離が出来てしまい情報収集するにあたって思わぬ障壁が立ちはだかりました。

 女子生徒から聞くことが難しいとなれば男子生徒から聞き出すしかないのですが、異性というだけでも怖いのにさらに年上だと意識すると余計に話しかけられませんでした。当時告白を断っていたこともあってか、私と男子生徒の動向は監視されているような気がして余計に動けなくなって……。そんなまだ何も始まってもいないのに行き詰まっていた私の元にもう何度目かも分からない告白がありました。これまでと同じように断ろうとしたんですが私は機転を利かし告白してくる男子生徒から情報を聞き出すことにしたんです。それからは全ての告白を受けました。恋愛感情などは一切なく真実を暴くためと心に固く契りを結び、さらに自分の中のルールとして付き合う期間は最長でも三日までとしたんです。一人と長く付き合うということは絶対にせず、同じ中学では無いと分かればすぐに別れを告げました」


「噂の真実についてはなんとなく理解できた。けれどそれはあまりにも効率が悪い気がするんだけど。三日では重要人物に巡り合った時、全てを聞き出せないこともあったんじゃないの」


「おっしゃる通りです。でも長く付き合うことへの罪悪感に私自身が耐えられそうにありませんでした。好きでもないのに付き合っている相手にもそうですがなによりもお姉ちゃんの名を語って恋愛することが苦しかった。そして復讐心が恋に溺れ消えてしまうことを恐れた。私の判断は正しかった思います。だって滝野瀬さんと一緒にいる時は本当に楽しくて久しぶりにたくさん笑ったんですから」


「それは……ごめん」


「謝らないでくださいよ。数日ではありましたが東山葵ではなく素の東山薫に戻れたそんな気がしたんですから」


「話が脱線してばかりですね。話を戻すと付き合っては別れてを繰り返す日々を過ごすなかで心は摩耗し自分がなにをしているのか忘れそうになるときもありました。それでもなんとか限界を迎える前にお姉ちゃんが嫌がらせを受けていたことを知り、やがて主犯格の人物までたどり着きました。嫌がらせをしていたと名前が挙がった男子生徒を問い詰めると背後にさらに一人の人物がいることを白状したんです。その人物の名前こそが高柳麻衣子。あの日、旧展望台の上でお姉ちゃんと話していたのは高柳麻衣子であると確信し、全ての真実を知る彼女に近づこうとしました。しかし高柳さんを探そうにも同じ学校にいないことを知り、進展のないまま一学期が終わろうとしたとき滝野瀬さんが私の前に現れたのです。まさか元彼氏だとは思ってもおらずその後の私は愚行を晒し続け見抜かれてしまったんですけどね……」


「有ヶ丘で滝野瀬さんが嫌がらせのことを悔いていると謝ってくださったときはすごく嬉しかったですよ。お姉ちゃんのことを思って謝ってくれる人なんて誰一人としていませんでしたから。滝野瀬さんの言葉に浮かれ、また感傷に浸っていたからと花火大会の誘いを口にしてしまったのは完全に落ち度でしたね。恋愛はしないって誓ったはずなのに私はこのとき始めて契りに叛いてしまったんです。春休みからずっと孤独に耐えていた糸が切れてしまったことを自覚しながらも、それでも花火大会を最後にするからと一日だけは何もかも忘れて楽しむことにしました。けれど東山薫として楽しむはずだった花火大会当日、私は見てしまいました。集合場所に先に来ていた滝野瀬さんが高柳麻衣子と話す姿を。実際に目にしたのはこのときが始めてでしたが、卒業写真とそっくりだったのですぐに分かりました。私の存在が高柳さんにバレてしまったと悟り、先手を打たれる前に動かなくてはと焦りを抱き滝野瀬さんとの別れを決意し姿を完全に消すことにしました。今思えば二人の姿を目撃した時に帰るべきだったかもしれませんね。花火大会が終わってから姿を消したのは私の甘えでしかなかったと思います。翌日、高柳麻衣子がこの町に帰ってきていることを知り探しましたが運よく出会えるはずもなく一人では彼女の居場所が掴めず、なにもできない無力さを痛感させられました。さらに数日が経過し久しぶりに家に帰ると滝野瀬さんたち三人とあの人が家の前で話していたんです。私が東山葵でないとバレるのも時間の問題だといよいよ覚悟すると気持ちはますます空回りしてもうどうしたらいいのか分からなくなりました。最近この場所をよく訪れるのもお姉ちゃんの後を追うのも悪くないと思ってしまったからなのかもしれません。今日は急に携帯の着信音が聞こえてきたおかげで我に返り踏みとどまりましたけどね。人の寄り付かない場所に誰がいるのだろうと気になり展望台を下りると滝野瀬さんが這いつくばっていたというのが今日までの全てです」


 これまでの一人で戦ってきた日々を薫ちゃんは赤裸々に語ってくれた。今聞いた話が本当であるならば確実に麻衣子は嘘をついていることになる。白黒つけるため両者の話を聞いた僕だからこそ気がつける矛盾点があるはずだと更なる情報を聞き出し揺れる心を強固にするためいくつか疑問を呈した。


「薫ちゃんは東山さんが、お姉ちゃんが飛び降りた後の姿を確かに見たんだよね。気になったんだけどその体はどうしたの」


「姉に成り代わるためには隠す必要があったので誰にも見つからないように埋めました」


「埋めたって一人で?それだと結構時間がかかったんじゃない。麻衣子はすぐに救急車を呼んだって言ってたけど途中で見つかったりしなかった」


「警察どころか人っ子一人すら来ていません。全て高柳さんの虚言です」


「それじゃあ……まさか、あそこの茂みにあった骨ってもしかして……」


 確認するようにこの場所に来てからずっと隠れていた茂みの方を指差す。後ずさる時に手に感じた冷たい感触は見間違いの仕様がない白骨であり我を忘れて飛び出してしまった原因だ。もしその骨が東山葵のものだとしたら薫ちゃんの話は一気に現実味を帯びることになる。


「ほ……ほり……掘り返したんですか滝野瀬さん」


「してない、してない。僕じゃない」


 まさかの予想外の角度からの返答に慌てて身振り手振りで否定した。消えた東山さんの行方は気になっていたが、それでも一攫千金を狙う穴掘りのように展望台周辺をむやみやたらに掘り起こすような真似は流石にしない。


「掘り返したんじゃなくて掘り起こされていたんだ。雑に荒らされてたから多分だけど野生動物の仕業じゃないかな」


「そうでしたか、すみません早とちりで失礼なことを言ってしまって。間違いありません、滝野瀬さんが見たのは私が埋めたお姉ちゃんの遺骨です」


 こうなると麻衣子を黒判定せざるを得ない。嫌がらせの黒幕かどうかを確かめる術は持ち合わせていないが嘘をでっち上げてまで何かを隠している。それだけはまごうことなき事実だった。思い返してみればそもそも旧展望台は電波が届いており通報するのにいちいち離れる必要がないことをを今日、僕は身をもって体験し嘘を一つ見破っているのだ。



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