変装と捜索
『もう耐えられそうにないや。今までありがとう麻衣子、そしてさようなら』
麻衣子から突き出された携帯画面には僕に送られてきたものとは意味合いが全く異なる別れの言葉が送られてきていた。耐えられないとは中学生の頃に受けていた嫌がらせのことだろうか、それとも家庭内で何か問題があったのだろうか。まさか僕が原因という可能性があるのか。麻衣子は何かしらの相談に乗っていたようであると文面から察せられた。さようならの後が気になるがメッセージの下には数分の通話記録が残されているだけで画面から得られる情報は何も残されていない。であるならば何があって東山さんは何を耐えていたのか、全てを知る本人に直接聞くしかないと麻衣子から聞き出しにかかった。
「教えてくれ麻衣子、東山さんに何があったんだ。耐えられそうにないって嫌がらせのことか」
「気持ちはわかるけどさ、落ち着いて智也。葵はずっと嫌がらせに耐えていた。相手が男子数人だったからうちは葵の話を聞くことしか出来なかった。ごめんね知ってたのに何も役に立てなくて」
「やっぱりそうだったのか。でも、麻衣子が謝るようなことはない。話を聞いてずっと側にいたんんだろう。僕は彼氏だったはずなの何もしてあげられなかった。全てが真実なら咎められるべきは僕だ」
「ちょっと、智也を責めるためにこんな話をしたんじゃないよ。あんたも悪くない。葵は言ってたよ彼氏だからこそ智也には言いづらいって」
「そうなのか。……悪い、話の腰を折ってしまった続けてくれ」
「メッセージをもらったうちは慌てて通話をかけたんだ。一回で葵は出てくれてまずは現在地から聞いたの。そしたら葵から展望台にいるって返ってきた。送られてきたメッセージから星を見に行っているとは思えなかったから色々聞き出そうとしたんだけど通話はすぐに切られちゃって。それでも放っておく事はできないからこの辺にある展望台を調べて二箇所の候補を見つけたの。幸運なことに一つは取り壊し予定で現在は立ち入り禁止だったから迷うことなくすぐに場所を絞り出すことができたんだ。だけど星を見に行っていないであろうという予感と不穏なメッセージからうちはあえて人が寄り付かない取り壊し予定の展望台に向かった。このときに二人にも連絡するべきだったって今は思うけどあの時はうちも切羽詰まっててごめんね。場所は少し遠くて到着までに時間はかかったけど予想通り葵は取り壊し予定の展望台の上に立っていて目にした瞬間にうちは安心してしまった。あとは少し先にある展望台まで歩いて階段を上るだけと歩き出そうとしたとき、葵が身を乗り出し柵の上に立ったの。見ているだけでも胸が締め付けられバカな真似はやめてと名前を叫んだけど遅かった。葵はこちらを振り向いてはくれたけど体はゆっくりと柵の向こう側へと倒れてそのまま落下したの。しばらく唖然として一歩も動けず放心状態から深呼吸をして立ち直ると携帯を取り出し救急車を呼ぼうとしたけど展望台は山の中で圏外だったから急いで来た道を折り返して連絡し救急隊を待った。そして到着した救急隊や警察と一緒に展望台へと走って向かったの。だけど現場まで案内するとこの目で確かに落下していくところを目撃したはずなのに展望台の下に葵の姿がなかったんだ。最後の力を振り絞って移動したのかもと辺りも探してみたけど見つからず、うちの言動は悪戯として処理され厳重注意の後、家まで送られた。その後は親から自宅謹慎を言い渡され悶々としたまま春休みを過ごしていたんだけど……ある日テレビを見ていたら東山葵ではなく東山薫の行方不明が報道されうちはさらに世の中がわからなくなっちゃった」
非常に密度の濃い話を聞き終えたわけだが一度で全てを理解する事は不可能であり謎は増すばかりだった。東山さんが展望台から飛び降りただけでも衝撃的だというのに、その後完全に消えたとはもう何がなんだか頭がおかしくなりそうだ。麻衣子の話が本当で全て現実なら別人説に固執するわけも理解できるが、そうなると今の東山葵は誰でありなんのために偽りの姿をしてまで周りを欺き続けているのかが理解できない。謎は深まるばかりで現実のはずであるこの世界が一転して夢のようにも感じられる。今日も今日のつい先ほど一瞬ではあったが春休みぶりに展望台から消えた東山葵を視認した麻衣子は何を思い、そして僕たちの話も加味して今どのような考えを抱いているのか知りたくて仕方がなかった。
「もちろん驚いたってのが一番。ただ本人かは髪が伸びてるし薄らと化粧もしてるぽかったから印象が違いすぎて一回見ただけじゃ判断できないかな。でも、もしさっき目にした葵が偽物ならその誰かは復讐のために今も仮面を被り続けてるんじゃないかってうちは思うよ」
復讐とはこれまた物騒な言葉が飛んでくるがすぐに否定する事はできずむしろ一考に値する可能性だった。東山さんが精神的に追い込まれていた事は麻衣子に送られた最後のメッセージが物語っている。追い詰める原因となった人物に復讐するためという可能性は十二分に考えられることだ。であるならば成り代わってまで目的を果たそうとするその人物は麻衣子ほどに親交が深く繋がりがある人物に絞られる。当時付き合っていた僕ですら相談してもらえなかったのに麻衣子のような存在が他にもいたとは思いにくいが該当者がいないか二人に聞いてみたが正体に迫る人物の名は挙がってこなかった。
「今回のことに関係があるかは分からないが復讐って聞いて思い当たったことがある。実は数日前からクラスの男子一人が家に帰ってこず今も連絡が取れないんだ」
人物には心当たりがないが他のことで気になることがあると哲希は口にし一人の男子生徒の名前を挙げた。まさか行方不明の男子生徒が復讐の対象者でありすでに復讐は始まっているのかと食い入るように音信不通となっている男子生徒の名を聞き返した」
「翔だ。二人も知っている俺たちと同じ栄田北にいた滝沢翔だ」
滝沢翔、中学三年で同じクラスになった出席番号が一つ前だった不良生徒と称されていた人物だ。そして彼こそが高校生東山葵の一人目の彼氏であり、中学時代は嫌がらせを行なっていた主犯格の一人なのだ。偶然とは思えない繋がりであり復讐という言葉に信憑性が増してきたと薄寒さを感じていた。しかし証拠は何一つなく決めつけるまでには至らない。心のざわつきは静まらずともずっと気がかりだったことがあり心のモヤを払ってくれと吐露した。
「まだ確信はないけど復讐の説を真剣に考えなければいけないのかもしれない。だけど一つだけ気掛かりがあるんだ。どうして東山さんは復讐を目的にしていたにも関わらず、噂になるほどに付き合っては別れてを繰り返していたんだろう」
高校生の東山葵を演じ復讐を目的としていた何者かが恋愛に現を抜かす暇があるのだろうか。実は復讐が目的ではなく東山葵になりすまして恋愛をすることが目的だった。だがそうなると三日で別れる理由に説明がつかない。逆に恋をさせて振ることこそが復讐なのだとしたらなぜ僕や嫌がらせに関与していない人物まで告白が受け入れられているのかという疑問が残る。心の内を話し終え口を挟まず聞いてくれた二人も僕の提示した噂の真相に辿り着けていたなんてことはなく沈黙が訪れた。
「残念だけど噂については何が目的か今はわからない。だけど本当に葵……じゃないかもしれない誰かが何か企んでいるなら早く止めないとやばいよね」
「そうだな、俺も翔の件に関してもう少し周りのやつに聞いてみるわ。もし何か分かったことがあればすぐお前らに連絡する」
「そっちはお願い、うちも中学の時の友達とか当たってみる。二人とも携帯の充電だけは切らさないようにしときなさいよ。それじゃあ手分けして葵を探すってことで解散」
普段は啀み合いが絶えない哲希と麻衣子もこういう時だけは謎の団結力を発揮する。花火大会の日の過ちを知ってか知らずか充電について苦言を呈されそっとポケットの中にある携帯に手を添えてしまう。要らぬ動揺を見せる僕を置いて広い情報網をもとに東山葵を捜索するべく二人は四方八方に散り一人公園に取り残された。二人みたいに携帯が活躍してくれたらよかったがこういう時に僕の連絡帳はなんの力も発揮しない。これまでの人生において交友関係を広くしてこなかったことを悔やみつつ、頼れるのはこの身と直感だけだと一度は見失ってしまった東山さんを探すべく少し遅れて足を踏み出した。
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