秘密と深淵

「思い上がっているわけではないけどさ、彼氏だった僕でも哲希の情報網を使っても知ることが出来なかったことを麻衣子は知ってるんだ」


「それは何ていうか、まあうちと葵の仲だからと言っておこうかな」


 東山さんの家へと案内してもらう道すがらずっと気になっていたなぜ家を知っているのかと言う疑問を麻衣子に投げかけたみたが要領を得ない回答にはぐらかされた。もう少し僕にも理解できるように話してくれと納得できず簡単に引き下がるつもりはなかった。


「そんなに知りたいんだ。それじゃあ次はコース料理が食べたいな」


 スペシャルパフェの支払いですら立ちくらみがしたというのに比にならない情報料を突きつけられては諦めるしかなかった。コース料理の金額を目にした時点で泡を吹いて倒れてしまいそうだ。疑念を晴らすことは出来ずとも案内してくれると言うからには麻衣子を信じてついて行くしかない。数十分ほど歩いたところで麻衣子はブロック塀に囲まれた一軒家の前で足を止めた。後ろを歩いていた僕は少し遅れて麻衣子の隣で立ち止まり始めて目にする家を眺めていると、塀に貼り付けられた木の板が目に止まった。長方形の表札には東山という二文字がはっきりと刻まれており本当に辿り着けてしまったことを実感する。

 心臓の鼓動は徐々に加速し続けておりこれからが本番だというのに家の前でこの有様では東山さんを前にして上手く話せるか先が思いやられる。可能であるならば二人のどちらかに話を聞いてきてもらって僕はここで待機していたいと情けなくも思ってしまった。


「なにぼーっとしてんのよ。まさかまだ疑ってんの。もうちょっとうちを信用して欲しいな。別の東山さん家に連れてきたとかそんなしょうもないことうちがすると思う」


 心の準備が整わず躊躇いを見せていると麻衣子に背中を押されてしまった。麻衣子に頼み込んだのは案内まででありここから先は誰かに甘えるのではなく己の意思で進むしかない。自分で自分を鼓舞し東山家の敷地に一歩目を踏み出すと少し先に見えるインターホンを目指す。甘えないと豪語はしたが流石に一人で行く度胸はなく二人には付き添いとしてついてきてもらった。

 後ろに哲希と麻衣子がいてくれることは非常に心強く頼もしい存在だとばかり思っていた。だがインターホンを前にしてボタンを押せずにいると背後にいる二人が今は壁となりいつの間にか逃げ場を塞ぐ存在へと変わってしまっている。退路は完全に封鎖されてしまったと覚悟を決め震える指でボタンを押した。

 ピンポーンと甲高い音が鳴り響くとこれでもう後戻りはできないと腹を括り反応を待つ。この時なぜかはわからないが僕は東山葵が出て来ると思い込み他の可能性があることを完全に見落としていた。今更気がついたところですでに賽は投げられており今から出来ることがあるとすれば神頼みくらいしか残されていない。当時は理解できなかったが今なら中学生の東山さんが言っていた「インターホンを押してから待つ時間は慣れない」という言葉に心から共感が持てる。どれくらい待っているのか時間間隔も忘れ神に祈りながら立っていると人影がガラス戸の向こう側に浮かび上がりゆっくりと横にスライドされていく。緊張の瞬間であり鼓動が最高潮に達した僕の前に現れたのはカールさせた金髪が目を引く女性だった。


「はい、どちら様で」


 寝起きなのか気怠そうに張りのない声で来客対応しスライドしたガラス戸にもたれかかったのは東山さんのお母さんだと思われる人物だった。初対面のため派手な金髪は非常に印象強かったが少し遅れて鼻を突いた香水の匂いは印象を一瞬で書き換えてしまう。反射的に顔を背けたくなるも自分の第一印象を悪くしかねないと我慢し、僕たちが東山さんと友達である事を軽く説明してから最近連絡が取れなくて心配で家に来た事を伝えた。


「あの子なら家にはいないよ。最近は帰ってきてもないよ」


 髪をかき上げながら心配や不安など微塵も感じられない淡々とした口ぶりの言葉が返ってくる。最近帰っていないと聞いただけでも胸がざわつくというのに母親であるあなたがどうして飄々としていられるのか理解できなかった。言いたいことばかりだが今は東山葵の行方を探る事を最優先しいつから家にいないのか、出掛ける前に何か聞いていないかなど知っていることがあれば教えて欲しいと頼んでみる。


「何も知らないよ。用が済んだなら帰ってくれる」


 機嫌を損ねてしまったらしく怒気混じりの声音で鬱陶しそうにあしらわれ、ガラス戸がゆっくりと閉まっていく。対面してからずっとお世辞にも気持ちの良い対応とは言えないが勝手に来た身としては受け入れるしかないと許容できた。しかしそれは僕に対する態度や言動に対してであり、家族である東山さんに対しての態度には思うところがあり見過ごせなかった。妹の薫ちゃんが現在も行方不明であるというのに数日とはいえ今度は姉が帰ってないことが気にならない親がどこにいるというのだ。まだ話は終わっていないと自分の好感度など気にせずガラス戸が完全に締め切られる前に手で押さえ呼び止めた。


「待ってください、まだ話は終わっていません」


「おい」


「ちょっと、智也」


 対面時に少し挨拶を交わした程度でここまでずっと背後で何も口を挟まず見守っていてくれた哲希と麻衣子から焦りが滲み僕を制する声が掛けられるも扉を押さえる手の力を緩めることは出来なかった。少し言葉を交わしただけだというのに腸が煮え返りそうなほどの怒りが僕を熱くさせ突き動かしていた。しかし親友からの呼び止めが全くの無意味だったかというとそうでもなく、少しだけ冷静さを取り戻すことが出来た。最高潮の熱は失われ勢いが失速するも、それでもガラス戸から手を離すことだけは拒み続く言葉が出てこないまま顔を突き合わせたまま停止してしまう。


「そんなに知りたいならあの子に聞いてちょうだい」

 

 怒りの炎が時間の経過と共に掻き消え身を引くにしてもこの場はまず非礼を詫びるのが先だと頭を下げようとしたとき思わぬ代案が飛んできた。後方を指して顎をしゃくる東山母の姿を見てまさか通行人に聞けというのかと後ろを振り返ると瞳を大きく見開いた東山さんが立っていた。驚きはもちろんあったがそれ以上に大きく感情の器を満たしたのは後悔だった。

 東山さんの見開かれていた瞳から光が削がれ絶望に染まる様は見ているだけで胸が痛んだ。隠し続けられていた秘密の箱について何も考えず安易に開け深淵を覗いてしまった事は悔やんでも悔やみきれない。ずっと会いたかった東山さんが目と鼻の先にいるというのに言葉は魔法で封じられてしまったかのように出てこず時間だけがゆっくりと流れた。

 辺りに重苦しい空気が漂うなかこの場所にこれ以上いたくないと一番最初に動いたのは東山葵だった。俯いたまま勢いよく回転すると家からそして僕たちから離れるため走り出す。言葉は待てども出てこなかったのに体は瞬時に反応し後を追うため僕は走りだした。ここで追わなければ今後もう二度と彼女と会えない気がしたのだ。

 住宅街であることも忘れ待ってくれ、止まってくれと東山さんの名前を叫ぶも距離は縮まるどころか離されている気がして叫ぶのを止め無我夢中で背中を追う。東山さんに運動神経が良いという印象はなかったが新たな一面を前に無力な僕は為す術なく日頃の運動不足もたたって足は縺れアスファルトの上に勢いよく倒れ這いつくばった。足だけではなく顔、手、お腹と全身に痛みが走り倒れている暇などないと分かっていても再び立ち上がることが出来ない。立てないのであればせめてとどんどん遠ざかっていく東山さんの背中に向けて最後の力を振り絞り叫んだ。


「あおい」


 どうか心に響いてくれと中学時代の呼び名を口にするも立ち止まるどころか振り返ってすらもらえず迫真の叫びも虚しく消失し東山葵の背中は完全に視界から消えた。

 

 

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