選択と期待

 栄田北高校の一年生であれば誰もが知っている、もう噂とも呼べない周知の事実がある。


 『一年三組にはいかなる告白をも絶対に断らない女子生徒がいる』


 男子生徒からしてみれば夢のような話であり少し勘繰ってしまうところもあるが、一度でも渦中の人物の容姿を目にすれば何もかも気にならなくなってしまう。噂の女子生徒が僕の元恋人である東山葵だと知ることになるのに時間は要しなかった。元彼女がということ以上に驚愕すべきことは一学期という短い期間でクラス内に止まらず他クラスに及ぶ数多くの男子生徒と交際関係を結んだということだ。どのような心境の変化があったのか付き合っていた頃の東山葵からは想像もできない噂の中身は信じられないものだったが複数の男子生徒と二人きりでいるところを目撃してしまえば認めざるを得ない。

 噂を信じ東山葵を呼び出した生徒が皆美味しい思いをしたかと思えばそうでもなく、短期間で数多の交際関係を結んだということは裏を返せば長続きはしなかったということでもある。同時に複数人と関係を結んでいない前提ではあるが。ふしだらな恋愛をしていたわけではないことの証明に交際期間は最長でも三日が関の山だったそうだ。中学生の時は恋多き人という印象はなく、付き合うことも出来たが僕たちの関係は半年ほど継続していた。はっきりした理由も聞かせてもらえず別れを告げられたのが春休みの僕が中学生でも高校生でも何者でもなかった時期。それから高校に入学して東山さんと同じクラスになってしまった。だけに収まらず彼女は人が変わったように恋を始めた。僕だけが過去の恋愛に固執し引きずっていると見せつけられているようだった。新しい恋人が出来たと知ったときは感じたことのない怒りと屈辱を味わったのを覚えている。そして別れたと知ったときは安堵よりも先に喜びが勝っていた。


 東山葵のことが今でのも好きなのか


 ホームルームの時間中、担任の先生の言葉は一切入ってこず春休みから今日までの出来事改めて整理し最終的にとある問いにたどり着いた。

 春休みに別れを告げられたときは好きで現実を受け止めきれなかった。新たな制服に袖を通したときは失恋を引きずらず前を向いていこうと決意した。東山葵と一緒のクラスと知った途端意識し封じ込めていた感情が湧き出てきた。僕だけは他の生徒よりも特別な存在であり復縁できるかもしれない。そう夢見た時期もあったが現実は違った。もう一度関わりたいはずなのに体は拒絶し教室内では机に顔を伏せ廊下などですれ違いそうになるときは別の道を選ぶか隠れるか。容姿の整った東山さんは入学当初クラスメイトと話す中で自然と話題に上がる生徒であり、彼女の話になると気まずさを覚えいつしかクラスメイトをも避けるようになっていた。

 こうして今の自分の立ち位置が確立され身動きが取れない今になる。改めて問おう。滝野瀬智也は今でも東山葵が好きなのかと。噂に乗っかり告白するのかと。答えはすぐに出た。迷いはなかった。答えはイエスである。

 今の東山葵は中学時代の彼女とは変わってしまったのかもしれない。それでもこの胸に刻まれた半年間の恋人として過ごした時間は今でも忘れられず強い輝きを放っている。あの頃に戻れるのなら噂だろうとなんだろと利用してでも欲しいものが僕にはあると再認識させられた。


「起立、礼」


 一人の世界にふけっていたせいで少し遅れて席を立つとつい先ほど聞いたばかりに感じられるチャイムが響き渡った。答えは出た後は行動あるのみだ。




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