云十人目の恋人

古川凌太

プロローグ

 中学校では注目を浴びることなく冴えない印象だった女子生徒が、春休みという短期間で己を磨き高校生になり、華々しく青春を謳歌するというのはよくある話だろうか。この春より新たな学び舎として三年間お世話になるであろう栄田北高校一年三組の教室にて雰囲気を一変し高校デビューを果たしたのが東山葵だった。

 クラスの男子生徒だけにとどまらず他クラスの男性生徒をも虜にしてしまう東山葵の容姿は筆舌に尽くしがたい。腰のあたりまで伸びた艶やかな黒髪は彼女が動くたびに揺れ視線を釘付けにさせる謎の魔力を秘めているみたいだ。椅子に腰を落ち着かせると今度は黒髪ではなく整った顔へと視線が移動する。リップが塗られた唇に少し暖色に染められた頬と校則に違反しない程度に施された化粧が素材をより輝かせていた。

 入学初日にして学年一と称しても過言ではない美少女との出会いが待ち受けていれば男子生徒の半数以上が心を射抜かれたことは間違いないだろう。誰も彼もが東山葵を射止め隣に並びたいと思いを馳せながらも一歩を踏み出すことを躊躇っていた。月日が経過するにつれて神格化するように偶像として崇める男子生徒が後を絶たなかったのもまた事実。それから一ヶ月の月日が過ぎ去り新入生である僕たちは学校生活に馴染み始めたというのに、東山葵と男子生徒の距離感は変わらないまま時間だけが過ぎ去った。

 横一線の均衡状態を打ち破るように恋慕を募らせた一人の男子生徒が果敢にも東山葵を呼び出し秘めたる思いをぶつけたのは五月に突入しゴールデンウィークを挟んだ長期休暇明けだった。覚悟と共に呼び出した場所へ向かう姿を見送った生徒たちには彼の背中がとても大きく、まるで英雄のように映っただろう。ご武運をと願い誰もが震えている足のことには目を瞑った。

 高校生活における大一番が高校一年生にして一学期の春に訪れた男子生徒だったのだが、青春の糸口はあっけなくシャボン玉のように弾けた。東山葵は悩むことも照れることもなく無表情で即決即断だったらしい。「ごめんなさい」とたった六文字の短い拒絶の言葉を口にすると東山葵は膝から崩れ落ちた男子生徒を気にする事なく置き去りにし一人その場を後にしたのだという。あまりにも無慈悲な結末に誰もが恐れ戦いたことは言うまでもない。

 一人の男子生徒が示した決意も覚悟も勇気も全て砕け散り無情にも彼女持ちの青春という楽園への扉は閉ざされてしまった。蚊帳の外でことの顛末を見届けた第三者からしてみればやっぱりダメだったかと納得の結果だとうなずき、玉砕したのが自分ではなくて胸を撫で下ろす生徒が大半を占めたのだろう。だが無謀と笑われても仕方のない挑戦が新たなバトンを次なる英雄へと受け渡していたのもまた事実。誰もが足を踏み入れられなかった地へと特攻してみせた一番槍に続かないでどうすると、どんなに冷たくあしらわれる結果になろうとも望み薄だろうと次なる男子生徒が切り開かれた道を進み東山葵に挑んだのだ。

 二人、三人と脱落し片手では収まりきらない人数が苦杯を喫していくなか、七人目にしてついに東山葵が首を縦にふったのだ。数撃てば当たるではないのだろうが見事栄光を掴み取った男子生徒の凱旋は自他ともに喜ばしく手洗い祝福がもてなされた。こうして短くも話題に尽きない男子生徒による東山葵争奪戦に終止符が打たれ幕を閉じた。

 身に余る思いは人によって様々あっただろうが終わったと誰しもが東山葵を諦めようと思ったはずだ。あわよくば在学中の三年間でもう一度好機が巡って来たらと淡い期待を抱いて。しかし三年と言わず一年、いや半年、どころか一週間もいらないわずか二日というあまりにも短い期間で破局したという一報が一年生の教室を瞬く間に駆け抜けた。高校生とはいえ、むしろだからこそと言うべきか世の中そう上手くことが運ぶとも限らないらしい。

 あまりにも早すぎる別れではあったが、後塵を拝していた男子生徒にとっては願ってもいない千載一遇のチャンスが舞い込み天から一筋の糸が降りてきた気分だったこと間違いなし。手を伸ばさない生徒などいるはずもなく、さらに成功事例が出来たことも相まって今後の争奪戦は激化すると予想された。しかし二人目の恋人は一人目の挑戦で嘘のように呆気なく決まってしまったのだ。予想外の結末には息巻いていた男性生徒たちは肩を落とし、興醒めする感覚にさえ陥ったかもしれない。

 長く続きますようになどと願うのは恋人となった当人だけであり、他の誰もが次なる悲報ろうほうを待った。数多の男子生徒の一丸となったまるで呪いのような願いはときに凄まじい力を発揮するようで、翌日登校すると彼らが待ち望んだ速報が耳へと舞い込んだ。二人目は一日で関係を断ち切られてしまった。そして三回目の挑戦はまたも一人目で見事に成功してしまった。ここまで告白に成功した三人に共通点は見出せず東山葵が何を基準に取捨選択しているのかは謎だ。

 人が変わったように告白を受け入れる東山葵に最初の冷たい態度はなんだったんだと門前払いされた男子生徒は頭を悩ませ更なる追い討ちをくらっているだろうか。それとも一回目のことなど忘れ厚顔無恥にも今ならいけると再度東山葵の前に立つのだろうか。男子生徒たちに東山葵の意図など理解できなくとも、自身にとって都合の良いことなのだから裏でどんな思惑があろうともお付き合いできるのであれば些細なことでしかないと告白ラッシュが続いた。

 

 三人目は二日だった。

 四人目は三日だった。

 五人目は一日だった。

 六人目も一日だった。


 容姿も性格も色とりどりな彼ら全員に共通していたことは必ず一回で告白が成功したということだ。顔が整っているとか頭脳明晰だとか運動が得意とかは意味をなさないのか、それとも東山葵の許容範囲が広いのか成功者が増えても共通点は未だ見当たらない。誰にでも可能性があるとなれば自信がなかった男子生徒たちは目の色を変え積極的に告白の機会を狙うようになった。東山葵へ告白する生徒は後を絶たなかったが、三日目以降を迎えた生徒は一人たりとも現れず夏休みを迎えようとしていた。

 一人目の恋人関係から始まったクラス内外を問わない告白の成功率は一学期最終日を迎える今でも百パーセントとという驚異の数値を誇っている。だが序盤こそ誰もが真剣に向き合い真摯に紳士に思いを告げていたのだが、いつからか男子生徒たちは遊び半分で何日付き合えるかという邪な気持ちを抱き、さながらゲーム感覚で東山葵と付き合いだし始めたていた。

 一月も過ぎ去れば告白する人数も相対的に減っていき最終的に神聖な儀式ともいえた告白の貞操などみる影もなく、ただの娯楽に成り代わるという結末を東山葵はどのように受け入れているのだろうか。東山葵に向けられていた男子生徒たちの羨望の眼差は遊び半分の好奇な目に成り下がり、女子生徒からは軽蔑する視線が送られるという入学当初から悪い意味で印象を大きく変えた女子生徒、それが一年三組に籍を置く東山葵の一学期における総括だ。

 今となっては付き合うことができても何の賞賛も得られないというのに。明日から夏休みという一学期最後の日にもう何人目かも見当が付かない恋人志願者として僕は東山葵の前に立つのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る