第五章 光

第39話 ルピルの回想

 ルピルは思い返していた。

 ユリウスの星間車の中で、エリーチェから教わっていた時だ。


「ねえ、ウサギってさ。その『御伽噺』だと、鉄を食べる害獣なんだよね」

「まあ、そうね。動物の方のウサギはその描写が多いわ」

「人の方のウサギも御伽噺があるの?」

「あるわ。私も最近知った、教授の資料の中のひとつだけど」


 エリーチェはユリウスから借りた資料や本を開くが、ルピルにはまだ読めない単語が並んでいる。


「でもね……」

「?」


 エリーチェは、言葉を選んでいるようだった。下を向いたことでやや乱れた前髪を触る。


「…………この昔話に出てくる『ウサギ』は、今で言う労働孤児のような扱いなのよ」

「えっ。王族じゃないんだ」

「ええ。ムーンの文明世界のことなんだけど。人に使われる労働者階級のことを『ウサギ』と呼んでいたらしいの」

「…………ねえ、その御伽噺や昔話ってさ、今の聯球儀イリアステルの歴史と地続きってことで良いんだよね?」

「その、筈よ。じゃないとユリウス教授も資料として研究しないだろうし。私達はさ。学校にも行けてないから、聯球儀イリアステルの歴史を学ぶ機会が無かったじゃない。こうやって自分で勉強するしかないのよね」


 王族として、外見すらも噂レベルでしか広まっていないほど神秘に包まれているのが現在のウサギである。だが、歴史を紐解いていくと、はるか昔のウサギは頻繁に人の前に現れるどころか、被差別階級に近い扱いだったらしいことが分かっていく。


「これ以上は分からないわ。教授の専門は歴史より聯球儀イリアステルとか虚空界アーカーシャについてだもん」

「そっか……」


 ウサギとは何か。王族とは。ルピルは自分自身のことについて、知りたがった。






***






「そうだな。ムーンの古代文明時代はウサギは『社会的弱者』だったと伝わっている」


 そして。革命軍の虚空船ヴィマナにて。同じ質問を、ミミにしていた。


「というか、人間の中で、弱者のことを『ウサギ』と呼んでいたんだ」

「じゃあなんで、今は王族とか言われてるの?」

「……大きな戦いがあったんだ。ムーンは当時、別の勢力に支配されていた。そこから脱却する為に、多数の兵がムーンを離れて戦いに向かった。その隙に、ウサギ達が蜂起したんだ。数だけは多かったからな。兵士の居なくなったムーンを、ウサギ達が勝ち取った」


 月教とは、揉み消されるべき歴史を、真実を密かに後世に伝えてきた密教であった。ミミは出自こそネザーランドのモルモットだが、ネザーランドに捨てられて以降、月教の教主の元で育っている。


「そこから、戦争でボロボロになったムーンを捨てて、聯球儀イリアステルを創ったとされている。言わば新世界の神だ。完成した聯球儀イリアステルでは絶大な権力を誇る。つまりは王族という訳だな」

聯球儀イリアステルはウサギが創ったの? なら、『人工物派タイシャクテン』が正しかったんだね」

「そうだ。というか、人工物それは王族の間では周知の事実だった」

「え。じゃあどうしてネザーランドは『自然物派』なの?」

「…………さあな。あのジジイの考えていることはわたしには分からん」






***






 そして。


「おい待てルピル! 戻れ! 危険だ!」

「大丈夫。僕なら大丈夫だから」


 生きていた。

 ルピルは月面都市グルイテュイゼン突入の際、ユリウス達を見て混乱していた。咄嗟に、拒絶してしまった。

 その後、虚空船ヴィマナから、飛び出してしまった。


「うっ!」


 合わせる顔が無い。怒りに任せて、革命軍の為の武器を加工した。それによって沢山の人が傷付き、死んでいった。敵も味方も。

 とっとと『終わらせたい』。そう考えたルピルは、月面都市グルイテュイゼンの摩天楼へ単身突入し、地下へ向かうエレベーターを発見した。


「…………僕は、何をしているんだろう」


 崩壊の黒幕であるネザーランドを討つこと。それが革命軍の目的。

 その後のことを考える余裕は、この時のルピルにはなかった。






***






 そして。


「……冥土ネザーランドに似てる。けど、とっても広いや」


 月地下都市アガルタに辿り着く。誰よりも先んじて。


「そうか。お前が最初に辿り着くのか。何もかも、我の負けか」

「!」


 そこには。

 白髪の髭を蓄えた、老齢の男性が座り込んでいた。こちらを一瞥して、自嘲気味に溜息を吐いた。


「誰?」

「我はヒマラヤ・ネザーランド。八芒星ベツレヘムの指導者である」

「ネザーランド!」


 その名を聞いて、ルピルの血が騒ぐ。エレベーターの破片を加工して剣を造る。


。お前が『人工物派』の隠し玉だな。我を討つか? 誰に唆された」

「……!?」


 だが。

 ネザーランドから戦意どころか敵意すら感じない。そこには疲れ切ったように見えるひとりの老人が地面に座り込んでいるだけ。


「……『崩壊』で、沢山の人が死んだ。僕やミミさんも利用されて。許せないよ」

「そうか。あの出来損ないは宗教家だったな。人心を操る術を持っていたか」

「…………言い訳があるの?」


 ルピルの放つ怒りを躱すように飄々と話すネザーランド。彼の視線は森の中の遺跡群へと向いている。


聯球儀イリアステルならいずれ滅んでいた。お前も知っているだろう。資源枯渇だ。増え続ける人口に対して、資源が足りん」

「だから人を減らしたって?」

「それだけではない。資源枯渇のそもそもの原因は何だ」

「? 自分で人口増加って言ったよ」

「違う。人は増える。ならばその分、土地が要るではないか。無いのだ。聯球儀イリアステルは。面積が未来永劫決められておる」

「……『階層』は? スフィアはそうやって大きくなってきたじゃん」

「それを建築する星鉄が枯渇しているということだ」

「…………じゃあ、原因って何」

虚空界アーカーシャだ」

「!」


 ネザーランドは、やや上を。青空を。天井を見上げた。


「我々は、虚空界アーカーシャという『檻』に閉じ込められた動物ウサギなのだ。それを破るのが、八芒星ベツレヘムの目標だった」

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