第19話 月沙の姫

「あれ、ルピル?」

「ん?」


 ルピルが居なくなったことに気付いたのは、服屋に着いてからだった。


「まあ、もう子供でもないし戻る場所分かってるし大丈夫か」

「…………いえ。捜しましょう。私の『心配センサー』が反応しています」


 アルテはまず店に入ると、店員を呼んだ。


「エリーチェはここに居てください。集合場所にしましょう。暇なので服を選んでいてください」

「えっ。えっ」

「キルトはあっちへ。何かあったら通信を。私はこっちを」

「分かった」


 ぽすんと、エリーチェが手渡されたのはアルテの財布だった。そしてあっという間に、アルテとキルトはルピルを捜しに行ってしまった。


「…………こういう時、行動と決断が早いの、良いなあ」


 エリーチェはルピルの心配をしつつ、店員に導かれて店内へ入っていった。






***






「お嬢さん」

「え。僕のこと?」


 ルピルは声を掛けられた。図書館を探して、繁華街から外れた所まで来てしまっていたのだ。ここは商業区画らしく、雑居ビルが立ち並んでいる。そろそろ引き返して別の道を行こうと思った矢先であった。


 振り返ると、大人の男性だった。彼の背後にも、仲間のような男性がふたり居る。3人で声を掛けると驚かせると思い、ひとりで来たのだろう。

 作業着ではない。かといって、この区画でよく見るスーツ姿でもない。3人ともばらばらの私服である。この黒髪の男性は、日に焼けた肌がよく見える黒のタンクトップにハーフパンツ。涼しそうで良いなあとルピルは思う。


「いやな。迷子かと思って。どこから来たんだい」


 威圧感も無く優しそうな笑顔だった。


「図書館を探してるんだよ」

「どうして?」

「調べ物」

「何を?」

「王族について」

「…………」


 男性は少し驚いたが、すぐに表情を戻した。


「お嬢さん。俺達も丁度、八芒星ベツレヘムの王族について知りたかったんだ」

「ほんと?」

「ああ。仲間に結構詳しい奴が居てな。ほら、図書館だけじゃ中枢の規制で中々学べないだろ? 良かったら来るか?」

「良いの?」


 ルピルは労働孤児として決して良くない環境で生きてきて、大人から不遇にされてきたのだが。何故だか、こういう場合に警戒をしないのだ。これまでは周りに仲間が居て、そもそも都市には年に一度しか来ていなかっただけである。簡単にユリウスの話を受けた理由でもある。


「お嬢さん、名前は?」

「僕はルピル」


 その時。


「待て待て。何をやっとんじゃ貴様ら」

「!」


 もうひとりの、少女の声がした。口調は老人のようだが、声色は可愛らしい幼い女声。

 純白のワンピースを着た、白いサイドテールと赤い瞳の少女が、呆れた様子でこちらへやってくる。


「…………お姉さん?」

「違うよ」


 男性がルピルに確認する。

 ルピルも驚いていた。自分と同じ髪と瞳の人間を初めて見たからだ。さらに、それが王族の特徴だと知った今。


「明らかに誘拐じゃろうが。図書館を探しているのならそこへ案内して終いじゃ。何を連れ去ろうとしておる」


 少女はルピルではなく男性へ向かって言った。男性は面食らったが、またしてもすぐに立ち直る。


「…………心外だな。俺達は――」

「革命軍、じゃろう?」

「!」

「えっ」


 細い人差し指で男性を差す。図星を突かれた男性の表情に、少女は口角を上げる。


「丁度、妾も貴様らに訊きたいことがあった。答えよ。『鍵』とは何のことじゃ?」

「は?」


 この場に似つかわしくない、ふたりの白い少女と、作業着でもスーツでもない男性達。にわかに注目を集めつつある。人が増えてきた。


「貴様ら革命軍は……。いや。リーダーは何を考えている。どこから何を知った。答えられんか?」

「……何言ってるか分かんねえよ。チッ。おい面倒だ。無理矢理攫っちまえ」


 男性は明らかに苛立っていた。他ふたりに声を掛け、少女に迫る。


「えっ」

「動くなよ」


 まず、ルピルの腕を掴んで、手錠を掛けた。当然ながら星鉄製。機械式の手錠であった。


「ちょっ」

「大人しく来るなら手荒にはしねえ。お前も来い『お姫様』」


 手錠を掛けられたルピルは男性の仲間のひとりに預けられ、肩をがっちりと掴まれて身動きが取れなくなる。


 タンクトップの男性は次いで、サイドテールの少女へ手を伸ばす。ふたつ目の手錠をハーフパンツのポケットから取り出した。


「馬鹿め。王族砂ウサギに気安く触れられると思うな」


 少女は一切怯むこと無く、その手錠へ向かって手を翳した。


「ああ?」


 スイッチを押せば起動する筈の手錠が、沈黙した。


「ほれ。貴様の目鼻にもやろう」

「!? がはっ! ごほっ!」


 直後に男性が目と鼻を押さえながら咳き込む。よほど苦しいのか、その場にしゃがみ込み、崩れ落ちてしまう。


「おい!? どうした」


 仲間のひとりが駆け寄る。


「ごーっほ! ごほっ! げほっ! うが」


 止まらない。これでもかというくらい自分の目を擦っている。


「連れて行け。清水で丁寧に洗い流せ。放っておくと失明するぞ。それとも3人纏めて失明させようか。肺や器官に入れば呼吸機能も破壊するぞ」

「……うっ!」


 その無慈悲な言葉と赤い瞳に気圧されたふたりは、なおも苦しむ男性を担いで去っていった。


「…………えっ」

「馬鹿者め。月沙レゴリスも纒わずに王族が外縁部へ出るなど。貴様には危機感というものが無いのか」


 一部始終を呆然と見ていたルピル。少女が彼女の手錠にも手をやると、星鉄機器に異常を来し、拘束が解かれた。


「凄い。魔法?」

「は? 貴様……。月沙レゴリスを知らぬのか? まさか希少種鉄ウサギか? いや、にしてもありえぬじゃろ。どこの出だ。名は?」

「えっと。僕はルピル。助けてくれてありがとう」

「ルピル。家名は?」

「無いよ。……いや。知らないって言った方が、正しいのかな」

「…………詳しく話せ。場所を変えるぞ。付いてこい」

「うん」


 少女の目には、ルピルが余りにも無知に見えた。訝しみ、しかしその髪と瞳は間違いない。

 手を取って、男性達が逃げた方向と逆に歩き始めた。

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