無気力社畜、魔王軍とファミレスバイトしてみた!(2)
ヴァルのファミレス勤務が始まって、一週間。
俺とライナは土曜の昼下がり、またもその店を訪れていた。
理由は単純だ。面白いからである。
いや、本人に言ったら「我は見世物ではない」と返されるのはわかっている。でも、元魔王軍参謀がハンバーグランチを運んでくる光景なんて、普通は人生で一度も見られない。これを楽しまない手はない。
* * *
入店すると、店内はほぼ満席。土曜のランチタイムはファミレスにとってのラッシュアワーだ。
厨房からのオーダーの声、ホールを走り回る店員たち、呼び出しベルの音がひっきりなしに鳴る。まさに戦場。
その戦場のど真ん中で、ヴァルは悠然と動いていた。
「こちら、和風おろしハンバーグになります」
テーブルに皿を置く動作は寸分の狂いもなく、姿勢も崩れない。トレーの上のドリンクまで氷一つこぼさない精密さだ。
だが、その一方で事件は起きた。
「すみませーん! これ、注文と違うんですけど!」
甲高い声の女性客。パーマのかかった髪を揺らし、メニューを突き出している。
ヴァルはそのテーブルへと足を運び、深く一礼した。
「失礼いたしました。すぐにお取り替えいたします」
「いや、そうじゃなくて! 最初からちゃんと聞いてなかったでしょ? こういうのが一番困るのよ!」
――あー、これは面倒くさいパターンだ。
こういう客は、商品が違ったこと自体よりも「自分が不快になったこと」を強調したがる。謝罪して交換するだけじゃ収まらない。
ヴァルは落ち着いた声で返す。
「ご不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ございません。お詫びとして、お会計からお料理代を引かせていただきます」
「あら、最初からそういう対応すればいいのよ」
女性客は鼻で笑い、満足そうに腕を組んだ。
ライナが小声でつぶやく。
「中村殿……あやつ、完全に“懐柔の術”を使っているな」
「いや、単に社会経験豊富なバイトリーダーっぽいだけじゃ……」
しかしヴァルはその後もすごかった。
別のテーブルでは、子どもがスープをひっくり返して泣き出した。普通なら親があやし、店員はモップを持ってくるだけだろう。だがヴァルは、笑顔で「こちらに新しいスープをお持ちしますね」と言い、厨房に戻るや否や新しい器に注ぎ直し、温度まで少し下げて運んできた。
子どもは泣き止み、親は何度も頭を下げた。
* * *
それでも、この日の本番はまだ先にあった。
午後二時を回った頃、客足が一瞬落ち着いたタイミングで、厨房から店長が顔を出した。
「ヴァルくん、ちょっと頼める?」
「何でしょう」
「今、人手が足りなくてさ。デザートの盛り付け、やってもらえる?」
「承知しました」
ヴァルは慣れない厨房に入り、パフェグラスにアイスを盛り、フルーツを配置し始めた。軍の作戦図でも描くかのような精密さで、盛り付けが進む。
……が、その時。
「店長! ホールがパンクしそうです!」
ホール係の女子社員が駆け込んできた。見ると、入口付近には新規客が数組待っているのに、テーブルの片付けが追いついていない。
店長が慌てて指示を飛ばそうとした瞬間、ヴァルがすっと前に出た。
「私が行きます」
「え、でも……デザートは?」
「厨房の者に引き継ぎます」
ヴァルは厨房のスタッフに簡潔な指示を出すと、ホールに飛び出した。
その動きはまるで、戦況が急変した戦場で部隊を指揮する将軍のようだった。
* * *
それからの五分間は圧巻だった。
テーブルの片付け、客の案内、オーダーの受付、飲み物の提供――そのすべてを、ほぼ一人で回していく。
動きに無駄がなく、他のスタッフに的確に役割を割り振る。誰も混乱せず、客も苛立たない。
俺は思わず呟いた。
「……なんでこいつ、ファミレスで指揮系統を完全に掌握してんだよ」
「さすが元参謀だな」
ライナは感心しきりだった。
* * *
落ち着いた頃、店長がヴァルに声をかけた。
「ヴァルくん……正直、君が来てから店の回転率が上がったよ。まさかバイトでここまでやれるとは思わなかった」
「いえ、私はただ与えられた任務を遂行しているだけです」
「任務ねえ……。よかったら、このまま長く働いてくれないかな」
「……検討します」
そう答えるヴァルの表情は、わずかに柔らかかった。
もしかすると、彼はこのファミレスを新しい居場所として認識し始めているのかもしれない。
* * *
店を出た帰り道、ライナが俺に言った。
「中村殿……やはり戦場は選ばずとも、戦士は戦士なのだな」
「いや、あれは戦ってるっていうか……働いてるだけだろ」
「働くことこそ、この世界の戦いなのだろう?」
――たしかに。
会社でも、ファミレスでも、結局やっていることは同じだ。与えられた役割をこなし、周囲と連携し、成果を出す。
違うのは、その舞台と武器だけ。
そしてヴァルは、たぶんどこに行っても戦える。
……俺はどうだろうか。
そんなことを考えながら、俺は駅へと向かう足を少しだけ速めた。
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