7 漢方屋のひとりごと

第25話 怪しげな漢方屋

 南雲センパイが藤堂を連れてきたそこは、商店街から少し離れた、人通りの少ない裏通りだった。

「ついた。ここだぜ」

 そこは古びたお店だった。「築五十年の駄菓子屋」と言っても納得してしまうだろう。おばあちゃんが一人で子ども相手に趣味で店をやっている。そんな雰囲気の店だった。

 南雲センパイはそんなお店の扉をガラリと開ける。

「らっしゃーい……って、アンタか」

「相変わらず愛想がないな」

 店の中には店員が一人いるだけだった。その店員は意外なことに若い女性だった。といっても、藤堂たちから見たら大分お姉さんだが。

「なんだい孝和、勃起薬でも買いに来たのかい?」

「それは不能になったら買わせてもらうよ」

 店員の姉ちゃんは南雲センパイの背後にいるちびっ子に気づいた。

「ほほう、ガキをこさえたか。孝和、アンタも年貢の納め時だね」

「残念ながらこの子は俺の子じゃねえんだ」

「養子かい?」

「ソイツもノーだ」

 姉ちゃんはカウンターで頬杖をついて、思案している。

「この子は俺と同じ三英傑の一人だ」

「ほへえ、意外だね。そんなちびっこがねえ」

 すると藤堂は前に出て姉ちゃんに反論した。

「ちびっこじゃねえ! 藤堂希望だ!」

 姉ちゃんは「ふーん」と、気のない感じで返事をしたが、その目は藤堂を品定めしていた。

「ふーん……ウサギかい?」

「カエルだ」

「オレは藤堂だ!」

 ちなみに今の藤堂の発音する「オレ」は「ボク」の発音でだ。「オ」のところにイントネーションが来るタイプだ。

「で? ウサギは? 学校で授業中か。そうかそうか」

 姉ちゃんはなんだか楽しそうだった。

「そうかそうか、三英傑も全員が会えたか」

「今日は饒舌だな」

「ん? 黙った方がいいかい?」

「饒舌なアンタも捨てがたい、と言いたいんだよ」

 姉ちゃんは「へえ」と、少し口角を上げる。

「ところで、藤堂を見てくれ。コイツを見てどう思う」

「すごく……ちびっこ……じゃないな。どうしたお前、呪いか?」

「どうも、シロウサギに魔法をかけられたらしい」

 納得した姉ちゃんは再び藤堂を見る。

「ちびっこ」

「藤堂だ!」

「わかったわかった。キーキーわめくな。なるほどな。それで? どうして欲しいんだい?」

「コイツをとりあえず診てほしい」

 姉ちゃんは頭をボリボリやる。

「あたしゃ医者じゃないんだけどねえ……」

「頼めるか?」

「そっちの態度次第だね」

 姉ちゃんはカウンターの向こうから出て来ると、藤堂の手をとる。

「ふひひ」

「ちょっと我慢」

 脈をとった後首筋を触り、最後にちびっこ藤堂の胸に耳を当てて心音を聞く。

「ふーん。大分立派な術式だね……」

「くすぐってえよ」

「我慢をおし。うんうん。確かに呪いの一種だねこりゃ」

「はい、ありがとう」と、藤堂を離した姉ちゃんは、立ち上がり南雲センパイを見上げる。

「コイツをどうしろと?」

「アンタの薬の力で治せないか?」

 すると、姉ちゃんは笑みを浮かべる。大人の余裕を感じさせる笑みだ。

「処方できないことはない。ただし」

「なんだい?」

「キッチリ対価はもらうよ」

 姉ちゃんは南雲センパイの胸に人差し指を突きつける。

「ほほう……で? 何を払えばいいんだい?」

 姉ちゃんは「金か?」と聞いてくる南雲センパイを「そんなもんいらない」と一笑に伏した。

「そうだね。対価はアンタだよ孝和」

「ほほう。いいぜ? ただし藤堂が治ったら……だぜ?」

「決まりだね」

 姉ちゃんはカウンターの奥へと入っていった。

『ふぁ〜孝和……大丈夫かなぁ?』

「まあ大丈夫さ。生きてればなんとかなるってもんだ」

 と、藤堂は周囲を見回す。

「ねえ、アレ何?」

「ん? ああ、アレは漢方の一種だ」

「カンポーってなんだ?」

 南雲センパイは少し考える。

「東洋医学で使う薬草なんかの総称さ」

 藤堂は「ふーん」と、わかったのかわからないのか判断つかないような顔をしていた。

 そうこうしているうちに、姉ちゃんが戻ってきた。

「コレだね」

「それは?」

 桐の木箱の中には、乾燥キノコが一本まるまる入っていた。かつては赤地に白の水玉模様のキノコであったろう面影をわずかに残していた。

「コレを、どうするんだ?」

「食べるのかい?」南雲センパイの素朴な疑問を、姉ちゃんは否定する。

「そんなことさせられないよ。少し切って煎じて飲むんだ」

 納得する南雲センパイに対し、藤堂は一言だった。

「オレ、キノコ嫌い」

 それを聞いた姉ちゃんは、ニヤリ口角を上げる。

「そうかい。そら食わせ甲斐があるねえ」

 笑う姉ちゃんは底意地が悪そうだった。

「なあ、帰っていいか?」

「どうしたい? 怖いのか? 大丈夫だ。俺もついている」

 藤堂を見おろす南雲センパイの握る手は熱く、そして硬かった。それは逃さないために固く握っているわけではなかった。

「アンタ、けっこう熱いんだね」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないの」

 すると姉ちゃんは桐の箱にフタをする。

「準備する。ちょっと待ってな」

「どれくらいかかる?」

 姉ちゃんは不適な笑みを浮かべ「すぐだよ」と、奥へと行ってしまった。

「おいアンタ! 亀がいる! ぶら下がって……って、干物かぁ」

「すっぽんかな?」

 とりあえず、二人は店内を見てまわることにした。奇妙なものがたくさんある。

「こっちはなんだ?」

「松茸……かな?」

「これは?」

「乾物の……なんだ? あわびか?」

 やはり不思議だった。

「アンタら何しているんだい?」

「店内の物色」

 南雲センパイの答えに、姉ちゃんはいい顔しながったが、納得はしていたらしい。

「で? どれくらいでできる?」

「そうだね、あと四半刻ってところだね」

「三十分くらいか。どうする藤堂、外で待つか? おもしろいからここにいるって? 流石だな」

 南雲センパイはその辺にあった椅子に腰掛ける。

「ところで孝和、学校はどうした?」

「ああ、退学になった」

「はあ? 退学? なんでまた」

「ん? モンスター退治したら退学になった」

 意味がわからないとは思ったが、そのままを伝えた。

「ま、こっちとしても、あの『勉強をしなくてよくなった』ってのは楽でいいがね」

「なんでもいいさ。おいちびっこ、そんなところをあさるんじゃないよ」

 なんて南雲センパイと姉ちゃんがだべり、藤堂が探検しつつの三十分が過ぎた。

「そろそろだね」

 姉ちゃんは奥に行き、年季の入っていそうな急須と、これまた年季の入っていそうなおちょこを持ってきた。

「年代物かい?」

「百円均一だよ。さあ、ちびっこ、コイツをお飲み」

「ジュース?」

「茶みたいなもんだよ」

 藤堂はなんだか納得しないまま姉ちゃんが手渡したおちょこに手をかける。

「熱いからゆっくり飲みな」

 おちょこに一杯、煎じ薬を飲み切った藤堂は突如昏倒した。

「おい、藤堂!」

「落ち着きな! さっきのキノコを使った煎じ薬だから魔法がびっくりしたんだろうねえ」

「……」

 南雲センパイはただ、その言葉を信じつつも、何も手が打てない不甲斐ない自分の手が白くなるまで拳を握るしかできなかった。

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