幕間4 散りゆくメイド【後】


 蚩尤が目を覚ましたところは、真っ黒な場所だった。

 狭く身体を自由に動かす事もできない。

 一先ず、ここが何処なのかを知るためにも、蚩尤は直ぐ目の前にある天井部分に両手を添え、魔力を溜めて撃ち抜いた。

 光が差し込んできたことで、蚩尤は自分がいた場所が棺桶の中であったことを知る。

 身体を起こして周りを見回すと、そこには無数の棺桶が無造作に配置されていた。


「なに……ここ」


 大剣で貫いた身体の痛みを抑えながら、蚩尤は立ち上がった。

 周りの雰囲気からして、冥界であることは分かるものの、この場所が何処なのか蚩尤は知らない。

 少しずつ拡張されている冥界の全てを知っている訳ではないが、こんな場所があれば同冥内で話題にあがるハズである。

 それがないということは、同冥の誰も知らない場所の可能性が高い。


 ふらつきながら蚩尤は他の棺桶を開けた。

 一箱目は――空。

 二箱目も――空

 三箱目を開けると、そこには同冥が眠っていた。いや、死んでいる。


「流石、私だ。ムダに生きしぶとい」


 いきなり気配が背後に現れた。

 聞き慣れた声。しかし放たれるのは禍々しい気配。

 蚩尤は思わず「屍山血河しざんけつが」を使用して攻撃を行った。

 だが、蚩尤は止める気は無かったが、自分の意志とは違い、まるで身体が攻撃を拒否するかのように、寸前で攻撃を止めてしまう。


「――ッ。なん、で?」


「同冥は私に攻撃できないようにしているから、例え私を殺したいほど憎んでいたとしても、私に危害を加えることはできない」


「なに、それ? 私は、私達は、そんなこと誰も知らない」


「それはそう。誰にも言ってないし、誰も知らないこと。知る必要もないことだからね」


 目の前にいる同冥は、つまらなそうに答えた。

 蚩尤の横を通り過ぎて、棺桶の前に立つ。

 すると棺桶の中で死んだように眠っている同冥は、僅かに光り輝くと光の粒子になり、棺桶の前に立つ同冥に吸収されたことで、死体は初めからなかったように消え去る。


「ここは、冥界の中でも私だけの空間。他の同冥たちは自らの意思で入ることは出来ない。ここに来ることが出来る同冥は、死んだ同冥か、私が招いたものだけ」


「それじゃあ、ここにある棺桶の中身は――」


「空箱もあるけど、入っているのは全部同冥だよ」


 蚩尤は周りを見回した。

 ざっと置かれている棺桶の数は、10000以上はあるだろう。

 その中に、死んだ同冥たちが入っているのである。

 自分たちは十六夜冥夜のアバターであるため、死後は術式によって回収されていることは知っていたが、こんな所に呼び寄せられているまでは知らなかった。

 オリジナルである十六夜冥夜の影響も多少はあって、死後のことを気にすることはあまりなかったからだ。


「……さっきの現象はなに。まるで同冥が、還っているような感じだったけど。そんなことありえない。どう見ても、お前はオリジナルじゃあない」


「そうだよ。私はオリジナルじゃあない」


「それじゃあ、さっきのは――。同冥にあんなことはできないッ」


「うん。同冥はスキル【アヴァターラ】を持っていないから当然だね」


 オリジナルである十六夜冥夜とアバターはほとんど全てのスキルが共有されて行使可能であるが、冥夜が持つスキル「アヴァターラ」だけは同冥には使えないようにしていた。

 理由としては今ですら把握が難しいのに、ネズミ講方式で無限に増えていきそうな増殖を止めるためである。

 故に「アヴァターラ」のスキルを持っている目の前の同冥は、十六夜冥夜ということになるのだが、それは蚩尤の魂が拒否した。

 十六夜冥夜から生み出されたアバターは、十六夜冥夜がオリジナルでいうことを感覚で把握できるが、目の前の同冥からそれをまるで感じない。


「……お前は、一体、なにもの?」


「教えてあげてもいいけど――。それは蚩尤。当代に勝てたらね」


 そうメイドが言った瞬間。

 上空から蚩尤に向かって大量の武器、銃弾、弾丸が降り注いだ。

 いつもなら余裕で回避できた筈であったが、蚩尤は自害するためにつけた自傷のダメージがある。

 痛みから思わず膝をついてしまった。


「クッ。……メタモルフォーゼ――「レイラ・J・ドラゴン」!!」


 蚩尤は黒いとんがり帽子を被った如何にも魔女風の女性に変化した。

 アメリカランキング3位。「デストロイ」の二つ名を関する女性である。


「END・THE・WORLD」


 杖を向けた先の空間の色が反転。

 降り注ぐ大量の武器、銃弾、弾丸が黒い粒子となって、レイラに届く寸前で消え去った。

 そしてメタモルフォーゼで変化していたレイラ・J・ドラゴンの姿から、元々の蚩尤へと戻る。


「さすが先代。瀕死の重傷とはいえ、これぐらいじゃあ殺せないかぁ」


 パチパチパチと拍手しながら、新しい同冥が現れ、その姿を見た蚩尤は愕然とした。

 同冥はアバターとはいえ、本人たちには分かる態度の微妙過ぎる違いはある。

 しかし、目の前に現れた同冥は、蚩尤から見ても、自分そのものであった。


「――そんな」


「はじめまして先代。私は当代、冥土蚩尤。あなたの後任です」


「こう、にん?」


「そうだよ。ナイアルラトホテプの策略にハマり、無様に主を殺されたダメダメの出来損ないメイドの後任。当代は先代と違い、きちんと己の職務を務めあげられるように調整してある。――だから、安心して滅びる死ぬと良い」


 メイドはなんの感情も乗せずに、ただただ当たり前の事を言う。


「それじゃあ、こんな風に中途半端に甦らないように、きちんと殺してあげますね」


 当代・蚩尤は、拳銃を手に持つと、先代・蚩尤の額へと銃口を突きつける。


「……ああ、先代。一つ教えてあげる。同冥が死んでも、主と同じところには逝けないよ。人は死ねば集合的無意識へと還るけど、同冥は死ねば還るのは個人的無意識。死に別れた時点で、二度と会えないんですよ」


「――」


「さようなら、先代」


 当代・蚩尤は引き金を引き、先代・蚩尤の頭を吹き飛ばした。

 身体は先程の棺桶に入っていた同冥の死体同様に光の粒子となって、今度は当代・蚩尤へと吸収された。


「ありがとうございます、オリジン。これで、先代の体験もデータとして受け継ぐ事ができました」


「別にいい。その一体ぐらい私に還さなくても、他にもいい体験をしてくれた同冥は多くいる。それに当代が死んだときに、私に吸収すればいいだけだしね」


 周りを見回しながらオリジンはいう。

 同冥たちは経験やスキルなどはほぼ全て共有されているものの、記憶や体験はその限りではない。


「さて、蚩尤。最初に言っていた通りに、ここでの出来事の記憶は消す。どうやらナイアルラトホテプとオルタナティブ、他にも一部の同盟は、私の存在を怪しいんでいるようで、どこから漏れるかわからないからね。――まあ、知られてもいいけど、メイド業務以外の面倒事は余計なんですよ。ほんとに面倒くさい。私の人生は一分一秒全てメイド道に注ぎ込むと決めてあるのに。

 ああ、そうだ。蚩尤の次の奉仕先は見つかっている。魄霊虚さまが同冥をご指名だよ。先代を罠に嵌めたナイアルラトホテプと、それに加担したシヴァ。双方の主にちょっとした因果がある相手だ。きっと応報するチャンスも来ることだろうね」


「――!オリジン。ありがとう!!」


「お礼はいいよ。ただ――先代みたいに無様は晒さないでね?」


「は、はい。オリジンの期待に背かないよう、きちんとご主人様へ奉仕します」


 身体を若干震わせながら蚩尤は答えるのであった。





*―――――――――*


■補足

オリジンが先代蚩尤に冷たいのは、自分の主を奸計に嵌められた末に殺されたからです。

ナイアルラトホテプとシヴァが組んでいたと分かった時点で、例え主の意思に反したとしても撤退するべきでした。

仮に、そのことで主から糾弾された末に殺されて、今回みたいに蘇ったとしていたら、オリジンもチャンスはあげていました。


■補足2

同冥の強さはほぼ互角であるため、凡戦になりやすく、2対1だと、よほどの事が起きない限り確実に2人の方が勝ちます

そのため同冥1人を自ら引き離して、残った同冥1人と主と仲間で戦わせるというのは、普通であれば悪くない判断ですが、相手はトリックスターとして有名なナイアルラトホテプの名を頂くメイド。

計略で自分と自分の主をbetする以上、絶対に負けない程度の仕掛けは施していたということです。




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