Chapter8 本質の意味は? 隠された少女はプリンセス?

Episode38 ファイナル版もプロトタイプのノアに及ばない事もある





 陽翔はると基地ベースのコックピットで目覚めた。


 ふと奥を見ると、内部の機械が露出している分解中のコックピットがあった。下からスラックスを履いた足だけが見えている。

 呆然と眺めていると、林教授がローラシートを転がして仰向けのまま整備士のように下から這い出してきた。


「祐輔のシステムのハードウェアは、全部僕が造るって言っていたのに。こんな面白いものを他の奴に造らせるなんて……」


 ぶつくさと文句を言っていたが、陽翔はるとに気が付と、いつもの優しい笑顔を向けた。


陽翔はると。元気だったかい?」


 林教授は、樹希いつき陽翔はるとには優しい父親である。選挙を勝ち抜き教授となる前は、仕事から帰ると子供たちと食事をし風呂に入り、一緒に過ごしていた。


「おじさん、どうしたの?」

樹希いつきを家から連れて来たので、中に入れてもらえるようにセキュリティ・カメラに交渉したらやっと入れてもらえてね。そしたらここに面白いものがあったから、ついね」


 樹希いつきも目を覚まし、陽翔はるとと父親の会話を聞いて安堵していた。自分が良く知る父の笑顔がそこにあった。


「バカかよ。どんだけ心配したと思っているんだよ」


 樹希いつきは林教授の胸に軽くグーパンチをする。

 林教授は「こんなに信用無いと思わなかったよ」と頬を緩ませていた。


 アグリがコックピットより降りてくる。

 よくよく見ると整った顔立ちに、雫月しずくの面影があった。


「何かわかったことはありますか?」


 林教授は切り替えるように息を吐き、顎に手を当てる。


「うん、専門家としての意見を言わせてもらうよ」




 林教授はまるで講義をするように少し俯き、歩きながら話を始める。砥綿井とわたいの正体に関する推論を話し始めた。



「正体不明の男。砥綿井とわたいは、ENABMDイネーブミッドの開発に携わった人間だ」


 シアンは、開発者の子供である陽翔はるとの情報が洩れているのをいち早く察知していた。それは、シアンは陽翔はるとを保護することが役目の一環として与えられていたからである。

 だが、どこから漏れているのかが掴めなかった。そのため仕方なく陽翔はるとに成りすまし、敵の動向を探っていたのだ。



「僕は陽翔はるとに、保護者として伝えなくてはならないことがある」


 まだ確認中だが、数日前にENABMDイネーブミッドのハードウェア障害による事故が起きた。


 それを踏まえて林教授はENABMDイネーブミッドの再解析を行った。


 林教授は2年以上に渡りシアンと共同で、ENABMDイネーブミッド内蔵型のヒューマノイドを開発している。

 その工程の中で、既存のENABMDイネーブミッドの解析もしていた。


 手元にあるENABMDイネーブミッドに、事故につながるような不具合は見つけられなかった。

 事故を起こした原因となるチップが搭載されていたのは、事故を起こしたその一台だけだったからだ。


「違う側面からもう一度考えてみよう」


 林教授は立ち止まり、陽翔はるとたちに視線を送る。

 シアンはイピトAI周りの情報が漏れていることに最初に気付いた。

 漏れないはずのUbfOSの次期所有者の情報がコピーされ抜き取られている痕跡は発見したからだ。


 蒼井夫妻を監禁していた組織のセキュリティは頑健だった。イピトAIを含むUbfOSの開発チームの管理は特に徹底している。


 インターネットからの情報のインプットは可能だったが、アウトプットに関しては厳重に管理されていて、外部の人間との接触は不可能と言っていいだろう。



 また、最初にアグリに接触したブラウは、ENABMDイネーブミッドのハードウェア的な欠陥を利用して外部の人間と接触した。それも、今回事故を起こしたハードウェアだった。


 ブラウは雫月しずくのために、必死で手を貸してくれるような協力者を探した。探しているうちに、同じく妹を探していたアグリを見つけたのだ。


 つまり、その外部への接触が可能となる欠陥は、意図的につくられたものと考えるとすべての辻褄が合う。


 結論からすると、恐らく砥綿井とわたいは、組織が外注したUbfOSのハードウェアの制作に携わった人間だと思われる。しかも、かなり中枢にいた人物だ。だが、あの男にこの設計は不可能だろう。黒幕になるような研究グループがバックに控えていると考えるのが妥当である。



 複数あるENABMDイネーブミッドに『使用履歴のログ』を、機能が搭載されているモデルがあったと仮定する。


 使用履歴なので、UbfOSについては詳しく知ることができない。

 ウイルスのように潜むICチップを利用して、積極的にデータを抜くことを試みた結果が、今回の事故に繋がったと結論づける事ができる。


 林教授は陽翔はるとの前に立つと、真剣な眼差しで視線をしっかり合わせた。


「僕は陽翔はるとの保護者として、君に伝えなければならない事がある。陽翔はるとの両親はICSPOによって保護されている。それは知っているかな?」


 陽翔はるとは首を横に振った。

 陽翔はるとはまだ何も知らされていない。


「お父さん? かもしれない人には『misora』で逢ったよ」


「そうだね。祐輔だけでは無く、お母さんの未空みくちゃんにも逢っているよ。イシュタルが未空みくちゃんだった」


 予感はしていた。

 枯れたオアシスの国のイシュタルに実態が感じられなかったのだ。明るくて綺麗なイシュタルはもう居ないと漠然と感じていた。


「おじさん、僕はもう覚悟できているよ。話して」


 試作第二号機である、ENABMDイネーブミッドを装着し、ブラウとイネーブルしていたのは陽翔はるとの母親の未空みくだった。


 なぜなら未空みくは自分の体を使って、精神干渉の実験を繰り返していたからだ。


 未空みくはこの試験に関して、一切の研究データを残していない。悪用されると危険だからだ。






 その日、未空みくはブラウとARリンクし会話をしていた。

 悪夢のような出来事は、未空みくENABMDイネーブミッドを装着するのを待っていたかのように起きた。


 突如ENABMDイネーブミッドは、未空みくの脳を媒介にハッキングを仕掛けてきたのだ。

 情報の逆流が起こり、ブラウの持つデータを探し始める。探しても未空みくはデータを残していない。最後にブラウそのものをコピーしようとしてきた。


 仕組みはノアが地下墓地で繋がれたときと同じだ。

 だが、一つだけ違っている。

 生きている人間の脳を経由していた。


 人間の脳がそんな情報の逆流に耐えられるはずは無い。

 ブラウを形成している情報を抜き出される前に、未空みくはそれを止めるように操作をした。


 結果、情報の流出は止まったが、未空みくの脳は深刻なダメージを受け損傷した。

 具体的に言うと、ブラウの情報が未空みくの脳にコピーされ、未空みくとブラウが一体化されてしまったのだ。




 事実を聞き陽翔はるとはショックを受け体はこわばる。母親の未空(みく)医師は現在はどんな状態なのだろうか? 陽翔はるとの事も認識できない状態であると推測できる。

 肩に優しく手が置かれた。樹希いつきも寄り添ってくれている。



「気休めにしかならないかもしれないが、祐輔と僕を中心に医療チームが結成された。僕と祐輔が絶対にお母さんを助ける」



 陽翔はるとは頷いた。

 林教授はそれに頷き返し、白衣のポケットからヘッドセットを取り出し、陽翔はるとに差し出した。



「これは、僕が作った最新型のENABMDイネーブミッドだよ。シンクロ率が約5割は上がっていると思う。そんな駄作は捨てて、これを使いなさい」


 前のものよりはるかに小型になり、デザインも洗練されていた。装着するとノアが目の前に現れる。


「さすが林教授。比べ物にならないくらい陽翔はるとと一体化している」

「ノア!」

「ああ、そうだ。機能追加しておいたから後で共有しておいてね。ノア」



「教授、ラジャー! 陽翔はるとの指令を実行するためのプランは準備できている。行こうか」

「うん」

「シアンとオレではプラン実行の実績が違う。AIは経験がものを言う。シアンには負けない」


 アグリが慌てて陽翔はるとを止める。


陽翔はると君。だめだ。こちらに任せなさい。危険なことはさせられない」


 陽翔はるとはきっぱりと言った。


「これは、僕では無いと解決できないことです。ノア、ヒューマノイドは無力化した?」

「もちろん」


 普段の陽翔はるとでは考えられない、卓越した反射神経でアグリを払い除けてから駆け出す。


陽翔はると君!」


 陽翔はるとを追い駆け、アグリは廊下に出る。エントランスにはもう誰も居なかった。


「この広い東京のどこに行けば、妹に逢えるのだろうか」


 ブロウが接触してきたときは、半信半疑だった。

 映像を見せられて確信した。

 彼女はベルトラン家特有の髪と瞳の色をしている。おまけに母親によく似ていた。


「アグリのおっさん、まずはイネーブルしてみろよ」


 とっくにENABMDイネーブミッドを装着している樹希いつきが呆れたように言う。


「おっさん? 私はまだ二十歳はたちだが」

「そんな若くてICSPOの刑事になれるの?」

「家族を奪った犯人を見つけ出したくて、努力して飛び級したからな」


 アグリはENABMDイネーブミッドを装着した。





---続く---

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