Episode27 完成したAIと不穏の影





 陽翔はるとがノアにプログラムの構想を伝えると、瞬時に実行可能なタスクとして抜き出しテスト環境が整えられる。


 陽翔はると雫月しずくはそれをシュミレーションし、新たに発生する問題点を確認した。


 仮想シミュレーションに合格すると、ノアがガイドラインに沿ってベストプラクティスする。


 イピトAIノアをアシスタントにしてのプログラミングは、過去の事例に基づいたものなら、完璧にプランを実現することがでた。


 陽翔はるとに今回課せられたのは、機能制限版のイピトAIの生成どぁるため、ノアが出力する長文のコードの解読と出力環境の見直しをコツコツ進める必要はあったが、微調整程度でプログラミングは完了した。







 いよいよ樹希いつきがつくったハードにイピトAIを移植する日が来た。


 ノアのプラネタリウムスタジオに関係者全員が集まる。



 樹希いつきはカッコよくハードウェアを創る。

 本当にセンスがあるのだ。

 陽翔はると樹希いつきを尊敬していた。



 ゲームの中で使われていたモチーフのランタンだと思っていたが、今回は少し違った。


 なんと、小型の水槽くらいの大きさの丸いガラス瓶のテラリウムだった。





 降るような星空と赤い花が咲く花畑が背景になっている。

 鈴菜が母親とみたプラネタリウムの投影映像の中で、一番印象に残っている風景だと説明された。

 樹希いつきは、いつでも抜かりがない。新しいものには敏感であるし、自分の目で見て考えるという事を、怠ることは無い。そういった努力は良いデザインに繋がっていた。


「あまりにファンタジー感満載だと大人になってから困るだろう?」


 倫理監査AI『くれない』から、外への持ち出しは禁止されているので、部屋に置けるような大きめサイズにしたようだ。


 そのテラリウムに鈴菜は感嘆の声を上げる。オーダーメイドなので、しっかりと依頼者の好みにも合わせてある。



「すてきー」


 鈴菜は瞳をキラキラさせ感嘆の声を上げていた。樹希いつきに頼んで本当に良かったと思う。ハードウェアは利便性と見た目のカッコよさが大切だと陽翔はるとは思っていた。


 陽翔はるとはマイクロチップを取り出し専用の接続トレイにセットし、ガジェットをはめ込んだ。


 樹希いつきはハードの電源を入れる。


 キュイーンと響く起動音を立てて、花畑の中にいつか見た紅龍の女王が現れた。


「鈴菜。ただいま」

「お母さん……」


 鈴菜は感動のあまり大きな瞳から大粒の涙を流す。

 言葉を失っていた。


「あらあら、まぁ、大きくなったのね。でも、泣き虫は変わらないわね」

「おかえりなさい」


 感動のあまりその言葉しか出てこなかった。

 そんな鈴菜と対照的に、鈴子は腰に手を当てとんでもない事を言い出す。


「鈴菜、ノワール君から転送された部屋が汚いのだけれど、昔からお掃除とお片付けが苦手だったわね。ちゃんとお掃除しなければ、お母さんは帰りたくないわ。早くお片付けしなさい。こんな素敵なものをもらっても、埃だらけにするだけでしょう?」


 鈴菜は真っ赤になって周りを見渡す。


 学校で人気ナンバーワン、憧れランキング一位の、意識高い系と思われていた女子生徒の部屋が汚部屋とは。

―――意外過ぎてみんながフリーズしていた。


 鈴菜がノアに視線を合わせる。ノアは思わず視線を反らした。


「ノアぁ、内緒にって言ったよね!」


 美少女の顔が怖い。

 陽翔はると樹希いつきはおののく。

 雫月しずくだけ意味がわからなくてポカンとしていた。この子は意外と天然なのだ。



「違うよ。イピトAIの保有情報は引継ぎの際に全て共有される。偽装することはできないだろう」


「ひどい! みんなの前で言わなくたって!」



 鈴菜は膝から崩れ落ちた。

 雫月しずくが慌てて支える。




雫月しずくちゃん。悪いんだけど、この子に掃除と片付けを教えてあげてくれないかしら。掃除道具を選ぶのもできないみたいで。キチンと掃除ができるようになるまで、お母さん帰りませんよ!」

「そんなぁ」


 完璧美少女優等生がイメージガタガタな感じで泣き崩れていた。

 鈴菜は思ったより親しみやすい。

 交わされる親子の会話は、まるでボケと突っ込みの夫婦漫才のようだった。


 陽翔はるとが吹きだしたのを封切りに、その場が笑いに包まれる。


「鈴ちゃん、誰にだって苦手なことはあるよ。みんなで買い物に行こう」


 陽翔はるとがそう言うと、雫月しずくも頷いて同調する。

 ある種のやさしさで樹希いつきは、さり気なく部屋を出て行った。樹希いつきらしい気配りである。


 鈴菜の母親がいつまでも帰れないのは大変だと、慌てて三人で買い物と掃除にでかけた。





✽✽✽





 雫月しずくの書いた買い物メモを見ながら陽翔はるとと鈴奈はホームセンターに来ていた。


 雫月しずくは鈴菜の部屋に残り、細々とした片付けをしている。

 余りにも散らかっているので、綺麗好きさんのお片付け心に火が付いたのである。

 



 陽翔はるとは、鈴菜の部屋に入った時の光景を思い出し身震いした。

 雫月しずくの瞳がハンターのようになっていた。

 お仕事モードに入ってしまった雫月しずくの雰囲気は、今にもられそうで怖かった。


 無表情で買い物リストを渡され「これを買ってきて」と言われた時、陽翔はるとも鈴菜も思わず、「はい、喜んでー」と叫んでしまった。


「えっと、モップにちりとり、収納箱。だいたい買ったかな?」

「うん、買えたと思う」


 間違えたら怖そうなので、二人とも真剣にメモ用紙をチェックする。身体能力的に怒らせたらシャレにならないと思う。

 さらっと事前に逃亡した樹希いつきは、本当に要領が良い。


 樹希いつき陽翔はるとも保護者が忙しい環境で育っていたので掃除は苦にならないが、硬派の樹希いつきは女性の部屋に入らないようにするために気を使ったのだろうと思う。


 鈴菜は陽翔はるとには気を許しているが、同じように幼馴染でも樹希いつきには少し構えたところがある。異性として多少は意識をしているのだ。


 だからってサボるのは許せない。


 今晩の晩御飯は樹希いつきの当番にしようと、陽翔はるとは携帯でメッセージを送っておいた。


 不貞腐れたタヌキの了解スタンプではあったが引き受けてはくれそうだ。

 雫月しずくには手土産にドーナツを買う。

 久しぶりにゆっくり日常を楽しめたような気がした。










 ひたり、そんな表現が似合う粘着質な視線。

 偶然目にした光景に、通りの男はニヤリと唇の端を上げた。


「蒼井陽翔はるとと七瀬鈴菜。あの二人はなかなか親密そうだ」


 砥綿井とわたいが満足そうに頷いた。

 何かはかりごとでも考えついたのだろう。

 邪悪な気配だけを残し、人波に消えて行く。



 ---続く---

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