Episode8 聖国フローム




 陽翔はるとは、雫月しずくを連れて基地ベースに戻った。

 雫月しずくはノア達が生まれたときから、一緒に育った幼馴染のような関係のため、再会はとても喜ばしい事だった。


 ノアが学習している戦闘技術の元データは、雫月しずくから採取したそうだ。そのため、ノアとのイネーブルはUbfOSで省く設定になっている。


 実戦において雫月しずくは、ノアより圧倒的に強いため邪魔になってしまうからだ。


 したがって、雫月しずくはノアとイネーブルできない。しかし、現在の状況からすると雫月しずくとノアが、基地ベース内だけでしかコンタクトできないのは痛い。二人がリンクできるように設定変更したいが、権限は蒼井教授にしかなかった。


「ちょっと待って」


 ノアの動きが止まる。

 シアンからメッセージが届いたのだ。


 雫月しずくと合流したタイミングと重なる。

 それとも、暴漢に襲われた事と関係あるのか?



 シアンは恐らく基地ベースの場所も、陽翔はるとの行動も全て掴んでいる。

 相手が先手を取っているようで、少し気分が悪かった。


「シアンに雫月しずくとの接触を掴まれた。ご丁寧にアドレス付きで招待状が届いたよ」







 ✽✽✽








 Full DiveフルダイブSpheriumスペハリウム (フルダイブ球体空間)から、シアンの世界『misora』へ旅立つ。


 ノアとイネーブルできない雫月しずくは、VR空間にダイブすることができないため、今回は留守番だった。


 シアンは何が目的でこんな事をしているのか、今度こそは突き止めたい。


 陽翔はるとにとっては、親友も帰る場所も大切なものである。それを理不尽に奪うなんて我慢できない。




 宇宙空間を移動しているような浮遊感の後、急に重力のようなものを感じ、足が大地を掴んだ。


 全身を金色のエフェクトが包み、光はだんだん薄くなっる。

 視界が明確になると、陽翔はるとは草原に立っていた。





 遠くに切り立った岩山を望み、目の前には城壁に囲まれた街が見える。遅れてノアが金色の光に包まれながら大地に降り立った。


 ノアは魔法使いのような姿で杖を持っている。

 陽翔はるとは学識者のようなローブを纏い、機械仕掛けの弓を持っていた。


「なにこれ、ここは?」


「はぁ、―――シアンはRPGをつくるのが好きなんだよ。よく博士と二人でつくってたな」


「お父さんの事?」


「うん、そう。テストプレーをよろしくって、いつもオレが真っ先に放り込まれた。無理ゲーの時もあってヤバかったよ。自分でやれよって何度思ったか」


 ノアは死んだ目で遠くを見ていた。


 数々の悲惨な事が思い出されたのだろう。

 相当酷かったのかもしれない。

 先が思いやられる。


 その反面、父と母は辛いことばかりではなかったように思えて少し嬉しい。

 ノアたちと雫月しずくが、両親の傍にいてくれたからだと思った。



 どこまでも続く城壁と通用門の前には、街を守護する緑色の髪をした兵隊。

 上空には幻想的なオーロラ。

 見たことのない白い鳥たちが空を飛ぶ。


 どこまでも続く地平線に、緑豊かな大自然の美しい風景。

 シアンの『misora』は、ファンタジーRPGに姿を変えていた。







 足元ではココアが陽翔はるとを見上げ、お座りをしている。

 頭の右側に蛍光グリーンの文字が浮かんでいるのが見えた。


 ≪白夜の聖獣ココ。闇属性、破壊攻撃不可、オートマティック機能搭載≫


 ゲームのステータス表示そのものだ。

 続いてノアをみる。


 ≪PARTY、魔道士ノア。レベル1 FP45、MP30≫



 蛍光グリーンの文字はしばらく静止した後、迫ってくるように大きくなった。


 びっくりしているうちに、みるみる小さくなり、左上のパーティリストに表示し直される。


 自分自身はどうなっているのだろう。

 パーティリストに表示されている名前にタップした。


 ≪研究者ハルト。レベル1 FP55 MP35≫





 ノアと陽翔はるとはゲーム参加者で、ココアは自由に遊んでいればいいらしい。

 弱そうな研究者となると、どうしたらいいのだろうかと首をひねった。


「ココアは非戦闘員みたいだけど」

「当然だろ。怖い思いをさせたくない」

「僕も戦わないのかな? 研究者だし」

「パーティの先頭に表示されているから、むしろリーダーだろう。弓も持ってるしな」



 JOBの説明を見るために『研究者』の文字をタップする。



 ≪魔術・科学・兵学の研究家、軍師、武器の発明家、支援魔法エキスパート、聖獣取得によりヒーラー、学術書を使い魔法を発動させる≫



 なんだか賢そうな事が書いてある。

 聖獣? ココアのことかも知れない。

 陽翔はるとは、じっとココアを見た。

 少なくとも回復系の魔法は使わなそうである。



「ヒーラーを兼ねた、戦うバフ使いって感じだな」

「僕、争いは嫌だなぁ」

「観念するんだな。研究者かぁ、陽翔はるとにぴったりだ」



 シアンにも陽翔はるとは、『戦士』とか『騎士』とかが似合うようには見えなかったみたいだ。

 だから『研究者』となったのかと、少し複雑な気分になる。

 それにしても、イピトAIはココアには過保護だと思う。

 可愛いからしかたないけど。



「ノアはココアとリンクはできるの?」


「ん? ああ、リンクはできるけど、動かせない。視覚の共有、呼び出し、位置の把握はできるみたいだ。迷子になったら困るからな」


 ノアにはかなりの機能制限がかかっており、イネーブル状態でも干渉があまりできないようになっていた。


 また、この世界ではゲームルール以上の事はできない。

 イピトAIのノアも、陽翔はるとと変わらない通常のプレーヤーだった。


「右上の地図アイコンをタップすると地図がでるみたい」


 目の前の城壁の国は『翠龍の国 聖国フローム』と表示されている。





 城門に近付くと門番が話しかけてきた。


「関所を通るなら身分証明書を出してくれ」


 視界の右隅のほうには、[所持金]と[装備・アイテム]というボタンが表示されている。


 タップするとアイテムの中に身分証明書があった。

 ドラッグし手を離すと、巻物のような羊皮紙が実体化して手の中に現れた。


 操作方法はスマートフォンと同じようだ。


 決まりごとのように門番が身分証明書を確認した後、城壁の上にいる衛兵に門を開けるように合図を送った。




 上にいる衛兵は滑車を回す。

 鎖がこすれ合う金属音と門が引きずられる振動で、砂埃が舞い上がった。

 地響きを立てながら、翠龍のエンブレムで装飾された大きな門が開け放たれる。




 わくわくとした夢の世界への入口のような広場。

 賑わう声と国民の雑踏とともに、中世の石造りの街並みが広がる。

 大通りから細く枝分かれした道は、建物と建物の間に飲み込まれるように奥へと続いていた。




 いたるところに花は咲き乱れ、人々が軽快に行きかう。

 遠くには玉ねぎに似た形をした、緑色の屋根の白亜城はくあじょうが見える。

 広場に入ると、花売りの少女が笑顔で出迎えてくれた。



「ここは、聖国フローム。母なる大地の国へようこそ。お花はご入用ですか?」






 ---続く---






補足:VRRPGの『misora』は、拙作の異世界ファンタジー小説「インティ・ゴールド」の世界を元にしています。ご興味のある方はぜひ、ぜひ。


『インティ・ゴールド-夜の神は魔術師に導かれ金色の龍を探す-』


https://kakuyomu.jp/works/16818093078418095919

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る