第2話 あったはずなのに
旧
古新聞で見つけた「やむすび祭」について、僕は最初担い手がいなくて消滅した祭りか何かだと思っていた。だから当時の話を聞いて「そんなこともあったんですねえ」で終わらせるつもりでいた。ついでにフィールドワークの例として生徒に提示して、再度老婆にインタビューをお願いすることなどまで考えていた。
「やむすび祭……よるのむすび……」
老婆の口から漏れた言葉には不吉な響きがあった。「やむすび」と「よるのむすび」は「むすび」が共通している。更に「や」はおそらく「よる」が変化したものだろう。僕は老婆の態度から直感的に「この祭りには何か良くない事情がある」と察した。
「第一、何故僕はやむすび祭を知らなかったんだろう?」
その事実にドキリとする。高校の社会科教員になったのは、郷土史の研究のためだった。最近では教員の過労死による働き方改革など言われているが、本来教員は地域の知識人として地域に密着した研究をしている者が多かった。郷土史の研究の他に地域の文学者についての調査、その地域にしかいない昆虫の生態を調査したりと実は生徒に勉強を教える以外にもやることはあったのだ。
僕が郷土史を追いかけ始めたときには、既に「やむすび祭」という言葉はどこにもなかった。聞いたことがあれば、絶対記憶に残っている。僕はここで二つの仮説を立てた。
ひとつは、本当に僕が忘れてしまっているだけだということ。そしてもうひとつは、誰かが「やむすび祭」の存在を資料から全て消してしまったということ。
「まさか……な」
自分で想像して身震いがした。山村の小さな祭りの存在を公的にも全て消し去るのは狂気の沙汰と思えたからだ。
「だけど、本当に聞いたことがないぞ」
確かに僕は「やむすび祭」など聞いたことがない。口に出して改めて自分に言い聞かせる。
『今なら引き返せる、止めなさい』
老婆の言葉を思い出したが、ここまで来て引き下がることはできない。僕は徹底的に「やむすび祭」について調べることにした。
***
今のところ「やむすび祭」についてわかっていることをまとめてみる。ひとつは旧渡霧村で五十年ほど前まで七年に一度行われていた祭りであるらしい、ということ。もうひとつは現在どの公的資料にも「やむすび祭」の存在が確認されていないということ。最後に、「やむすび祭」について調べるのは止めろと忠告されていること。
僕は公的資料の確認に図書館へ出向いた。何度も閲覧した『地域の百年』を取り出し、閲覧用のテーブルに置く。五十年前に行われていた祭りなら、この資料のどこかにその痕跡が残っているに違いない。
「旧渡霧村の項目に……やっぱりないか」
やはり資料をひっくり返してみても、「やむすび祭」の記述は見当たらない。
「……待てよ」
そういえば、この資料には修正された跡がいくつかあった。編纂後に誤字でも見つかったのだろうと今までは気にも留めなかったが、いくつもあるのは流石におかしい。
僕は修正された箇所をピックアップする。それは文字ではなく単語単位で何かが修正されているようだ。そして、ある共通点が浮かび上がった。
「全部、旧渡霧村の行事じゃないか」
大体が「全村見回り運動」「村内野球大会」など当たり障りのない言葉に置き換えられていたが、その下にある言葉に僕は心当たりがあった。
「しかも七年に一度、修正されている」
急に心臓を掴まれたような気分になった。他にある閲覧用の『地域の百年』を確認しても、同じような修正がされていた。
「待てよ、新聞なら」
僕は新聞の縮小版を引っ張り出してきた。少なくとも僕の見た古新聞には「やむすび祭」のことが書いてあった。この古新聞が偽物であるなら、今までの僕の活動は徒労に終わる。該当箇所までたどり着く間、僕は祈るような気分でページをめくった。
「……だめだ、畜生」
ようやく見つけた縮小版の記事は、黒く塗りつぶされていた。まさかと思って七年前におそらく開催されただろう「やむすび祭」の記事も探してみた。するとまた不自然な黒塗りがあった。その七年前も、さらに七年前も。
僕は一応司書さんに黒塗りされている理由を尋ねると「あら、誰かのいたずらかしら」と首を傾げられた。「教えてくださってありがとうございます」と礼を言われたが、僕の心臓はそれどころではなかった。
間違いなく「やむすび祭」は消されている。
だとしたら、一体何故。
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