学校

 僕は、刈穂町で唯一の県立高校に編入することが決まっていた。ここにやってきたのが金曜の夜のことで、月曜日の今日が初めての登校になる。

 週末は、あらかじめ送っていた荷物の整理をした。荷物の整理といっても、叔父が家具を手配してくれたこともあり、荷物はせいぜい段ボール三つ分で、作業は一時間もかからなかった。あとは食材を買いに出たり、送られていた高校のパンフレットに目を通したり、面白くもなんともないスマホゲームをしたりしてすごしていた。つまり、なにもしていないに等しい二日間だった。

 事前に学校の説明を受けるために、編入前に一度来校してほしいと高校側から言われていたけれど、ここへ引っ越しするタイミングを考慮してもらって説明は編入と同時に行われることになった。だから僕が所属先のクラスに紹介されるのは、四限目の開始前ということになっている。

 試着もしておらず、今日初めて袖を通した制服は、黒い学ラン。中にセーターやカーディガンを着込んでも良いとのことだったけれど、外はうんざりするほど晴れ渡っていて、十一月とは思えない陽気だ。

 学校へは徒歩で十五分ほど。方角的に駅とは反対方向のようだけれど、それだけこのアパートは程よい立地であるようだった。

 同じ制服の集団に混じり、特に迷うことなく門をくぐる。みんなイヤホンをしながらスマホを触るか、連れ立っている相手と話しているかで、異分子であるはずの僕を来にしている様子の生徒は独りもいなかった。

 事務員に案内された応接スペースで待っていた僕のあとから、担任教師がやってきた。英語を教えているという小田教諭は、四十を迎えたあたりの細面の男だった。簡単に自己紹介を済ませると、「保護者の方は今日も来れそうになかったか」と嘆息した。

「すみません、忙しいようで」

「いや、羽場が謝ることはないんだが」

 当然といえば当然なのだけれど、小田のその気遣いが透けて見える物腰から、僕の家庭環境は学校側もしっかり把握しているのだということが伺えた。別に知らない大人にこちらの情報を一方的に握られていることはどうでもよかったけれど、そういった形で僕の身に起こったことが事実なのだといちいち思い知らされて、やはり気が重くなってしまう。

 小田による学校の説明というのはパンフレットに沿った紋切り型の内容で、その後の校内の案内も含めて僕がなに一つ質問を投げかけなかったこともあり、二限目が終わるチャイムが鳴る頃には一通りの段取りを済ませてしまった。

「どうする? 予定よりも早くなるが、教室に行くか?」

「お願いします」

 前倒しになろうが待機を命じられようがどちらでもよかった。まるでAボタンを連打して退屈なゲームを進めるかのように、選択肢に対してノーを突きつけることが億劫だったという、それだけのことだ。

 小田が三限目の授業を担当する物理教諭と話をつけている間、職員室の前で待つ僕の頭に浮かぶのはこれから自分が入ることになる教室の様子だった。おそらく、以前通っていた高校よりも狭く、机の数も少ないのだろう。そこに座っているクラスメートの顔は、当たり前だけれど全員靄がかかっているかのように上手くイメージができない。

 そんな中で、一人だけはっきりと思い浮かぶ顔があった。あの夜、刈穂駅の駅舎で僕を不意に抱きしめた、ユキと名乗る女の子。もしかしたら同い年かもしれない。この狭い町だったら、同じクラスという巡り合わせも起こりうるかもしれない。

 僕はごく自然にそう考えていた。そして、すぐにその可能性を打ち消す。くだらない妄想はやめろ、と自分に言い聞かせる。まるで、再会を望んでいるみたいじゃないか。

 職員室から小田が出てきて、「待たせたな、行こうか」と僕を促した。教室へと向かう途中、僕の緊張をほぐそうとしてか、小田は僕の履いている靴について言及してきた。

「フォームポジットなんて、渋いバッシュだな。普段履きにしているやつは初めて見たよ」

 僕は、自分が履いている紺色のスニーカーを見下ろす。

「履き慣れてるので」

「羽場はバスケ部だったのか?」

「中学までは」

「そうか。俺と同じだな」

 そう言って小田は笑った。そこから会話が発展することもなく、一年二組の教室に着くまで、僕たちはお互いに黙っていた。

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