リョウ
父の弟である叔父――僕の保護者となってくれたその人とは、まったくと言っていいほど面識がなかった。
詳しくは知らないけれど、常に海外を飛び回っている職業をしているということで、彼は父の葬儀にすら顔を出さなかった。ただ何度か電話連絡があり、自分が僕の保護者になるということや、そのために必要な手続きについて教えてくれた。実際に家庭裁判所の審査官という人たちも僕のもとへやってきたから、少なくとも叔父というのは実在する人物なのだろう。
そんなわけで、僕は叔父と一度たりとも対面することもないまま、彼が刈穂町に所有するアパートに住むことになった。
最後に電話で話したとき(叔父はなぜかヨハネスブルグから電話をかけてきた。どうしてそんな危険なところにいるのか、僕には検討もつかなかった)、自分はあくまでも後見人であり、君の父親になったわけではないよ、と念を押してくれた。
駅舎の外には、想像していた通りの光景が広がっていた。寂れた商店街と、狭苦しいロータリー。特筆すべきものと言えば、僕の背よりも高い台座に載せられている、人をかたどったような形のモニュメントだった。暗がりの中にそびえ立って曲線を描いているそれは、ずっと眺めているとなんだか不安な気持ちにさせられそうだった。夜空には、想像以上に大きく、寒々しいほどにクリアな満月が浮かんでいる。
一刻も早く、アパートにたどり着きたかった。バックパックから、住所などがプリントアウトされた用紙を取り出して、外灯の薄明かりを頼りにどうにかマップアプリに住所を入力していると、まさに手にしていたスマホが振動した。知らない番号からの着信だった。父の死後、面識のない相手と何度となくやり取りをしていたこともあり、僕はなんの抵抗もなくディスプレイをスワイプした。
「もしもし」
「羽場未来君か?」
聞き覚えのない、男の声だった。
「……はい」
「今、刈穂駅の前にいるな?」
「誰ですか、あなた」
一方的に居場所を特定され、さすがに気味が悪くなってそう訊ねると、前方から「そんなに警戒しなくていい」と声が聞こえた。ほんの僅かにディレイして同様の音声が耳元から聞こえた。
「君の叔父さんから、世話を頼まれてる者だ」
外灯の明かりが及ぶ範囲に、少しずつ男性のシルエットが浮かび上がっていく。細身のその男は、さっきの女の子とはまた違ったベクトルで洗練された容姿の持ち主だった。色白の肌に、自然に伸びた背筋。男にしては長めの髪は自然なスタイリングで緩やかに纏まっている。身に纏っているグレーのセットアップは、オーダースーツなんかに縁がない僕にも、完璧な採寸によって作られたものであることが容易に想像できるものだった。歳は僕よりもいくつか上だろうが、そう離れてもいないだろう。彼はスマホを耳に当てながらこちらに向かって歩いてくる。
「叔父からは、なにも聞いてません」
「そうか。連絡しておくとは言っていたんだけどな。まあいい。俺はリョウ。よろしく」
スマホを胸ポケットにしまってから、彼はとても自然な流れでこちらに右手を差し出してきた。そのどこまでも余裕ある佇まいに呑まれたわけではないけれど、僕は無言のままその手をとってしまう。
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