終章 五
「女心を考えないあたり、遺伝しているのかもしれないな」
魁人のつぶやきに、逢子は身震いした。落ちつきがすぐに取り戻せたのは、衣服を隔てても伝わってくる魁人の体温があったからだ。広い背中はいくらでも密着が許される。完全に生身の肉体ではないと教えられても、ぬくもりが感じられた。手とは違い、とてもあたたかい血肉を持っている。
「そういうわけだ。おれにバカ高い金を払って魔除けのお札を作ってくださいなんて頼むよりは、さっさとこいつのガキを産んだほうが得策ってわけだ」
病院へ赴くにあたり、美静からは魔除けの札となる電子記録プレートを受け取っていた。病院は生死の境だから、その辺よりもはるかに呪いの根幹となる怨念が多い。逢子が訪ねれば、間違いなく体が使い物にならなくなる。先を見据えた美静が、緊急事態だからとくれたこれにすら金を取る気だったなんて、初耳だ。……決して、悪い男ではないのだと思いたい。
「よかったな、魁人。片目失ってもちんこ守りきって」
「俺が下半身に固執していたみたいに言わないでくれ」
「本気で固執したおれがバカみたいってか? なあ、逢子。どう思う? おれはバカか? 下半身を守り抜いて両目を義眼にしたおれはバカか? なあ」
魁人の肩に腕をおいてくる美静に、逢子ははっとして目を向けた。眼鏡をかけた、その奥の瞳を観察しようと、視線の焦点を合わせるのに。そういうときに限って美静は目を細めて笑うから真偽を探れない。
「人工眼球に生きてた視神経をつないだ上、狙撃も夜戦も精度向上を目的としてなんでも見える目になっちまった。だから強化プラの障子程度、おれにはあってもないようなもんだったんだぜ。見る気になればな」
「……見る気にならないでくれて、ありがとう」
「気にはなったがな」
逢子がふふと笑うと、魁人もははっと高笑った。
唇に煙草をくわえたままだった美静は、魁人の頭をつかんで背伸びをして、むしり取った眼帯の奥の空っぽの眼窩に火のついた先端を差しこんだ。
痛覚はあるのだという。
「鬼か!」
背負われている逢子は振り落とされないようにしがみついているのが精いっぱいだった。美静から距離を取った魁人だが、近づいてくる眼鏡の男とは、どうしても離れられない。
「おれを笑った。万死に値する」
「さすがにもう、万死は避けたい」
「万がつくほど死んだ記憶はないだろ」
「せいぜい十数回か」
眼帯は逢子に返された。魁人の後頭部からつけ直してやっていると、わざわざ煙草を指で挟んで口笛を吹く男がいる。これが物心ついたころからの友人なのだと、魁人が言って、美静も笑って否定しなかった。
悲しむ身内もない者同士。機械人形の反乱をとめる若い手が欲され、戦火に身を投じた。致命傷を負って死にかけた彼らは、救われたところで恩に着る家族もいない。使い捨ての駒としてはうってつけの男たちは、瀕死の重傷を負えば捨てられて、死ぬはずだった。
高圧電流を用いた、機械人形破壊のための電磁刀や電磁銃を作成し、担い手となる人と機械人形との複合人間の人体実験となるべき者が探されていなければ、彼らは今ごろこうして、地に足をつけていられなかった。
二人を含めた男たちは機械人形開発局に拾われた。生身の体と高圧電流にも耐えられる特注の代替四肢や損傷した臓器を入れ替えられて命をつないだ。絶縁体の皮膚で体内に電流が侵入することはなく、肌をすべる電流を地面に流すブーツが彼らの共通点として今も残っている。
そうして生き返させられた彼らが、人形大戦を終わらせたのだった。
人でありながら人としては一度死に、機械の体に作り変えられて生き直した。そんな彼らを、開発局の人間たちですら人扱いしない者もいた。国を救った功績がたたえられなかった理由も、そんなことからだった。
「向こうが勝手に俺たちを利用するために救ってくれただけだ。それなのに開発者だ恩を返せだ、恩着せがましいってのはこういうことを言うんだろうな」
「ま、命を救ってもらった恩がないことはないさ。おかげで自警団の一員になれて、好きな娼婦を好きなだけもみくちゃにできるんだ。生きてなきゃ味わえない極楽に囲まれて、おれはしあわせだよ。助けてくれとは頼んでないが、ありがたくないとも言っていない」
「たまに君の言いまわしに救われるよ」
「そうだろう。もっと褒めろ。逢子、お前もだ。お前の伴侶はこうやって生き延びたんだからな」
皮肉な関係性に、逢子は、村から唯一逃げおおせたのは自分だけだったのかと知った。
「いずれすべての臓器を人工的に、臓器はおろか骨も神経も脳もすべて造り直せるかもしれない。そうなったら、古びた体のパーツを自分の新しいパーツを入れ替え続ければ、人は死なずに済むかもな」
「本当に死ななくなったら、俺たちも機械人形と変わらなくなる」
もしもそんな未来がきたら、人と機械人形の差なんてもう、なくなってしまう。それとも、心も永遠の命も手に入れた人を、機械人形は嫉妬するだろうか――考えて、逢子は、ないなと思った。嫉妬は心ある者にしか分からないから、そんなことはない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます