7 山奥・古城のマッドサイエンティスト
激しい雨音だけが、周囲を包み込んでいる。
私とロボくんは、その中で見つめ合っていた。
『この世界のこと、好きですか?』
ロボくんの、いきなりな質問。
これ、私、何て答えればいいんだろう?
何て答えれば、正解なのかな?
でも――私の答は、決まっている。
まっすぐに彼を見つめ、この雨にかき消されないように、私は返した。
「うん。好きだよ」
そんな私に、ロボくんは静かにほほ笑む。
「そうですか。じゃあ、たとえば、どんなところがお好きですか?」
「どんなところ……うん、そうだね……たとえば、こんな風景を見せてくれるところ」
私は、目の前の風景を見つめる。
山の上に広がる草原。
そこに降る、たくさんの雨。
その場所に、一本だけ突き出てる古い古い御神木。
なんとなく言ってみたけれど、『なんとなく』ってやっぱり真実。
私、この世界の、こういう風景が好き。
雨と、草原と木々。
空全体に広がる、この世界が割れるんじゃないかと思えるような雷。
「じゃあ、スカイはどうですか? スカイは、この世界のこと、好きですか?」
ロボくんの質問に、スカイがあきれたように肩をすくめる。
「何だ、その質問は? オレはこの山の守り神だ。好きも嫌いもねぇ」
「ねぇ、ロボくん。スカイにそういうことを聞いても意味ないよ。基本、何も考えてないから」
「失礼なこと言うなよ、春世! オレだって、ほら、アレだぞ? この世界が好きな理由くらいある! メシが美味い! うん、これだ!」
「聞いた、ロボくん? ね? スカイに聞いても、やっぱ意味ないでしょ?」
「いや、ちょっと待てよ! オレは今、めちゃくちゃ正直に答えたんだぞ? メシは重要だろうが! それをお前、そんな風に――」
そんなスカイをシカトし、私はロボくんに同じ質問をしてみる。
「じゃあ、ロボくんは? ロボくんは、この世界のこと、好き?」
「もちろん好きですよ」
ロボくんは、即答した。
「じゃあ――どんなところが?」
「どんなところ……そうですね……まぁ、色々あるんですけど、一番好きなのは、この世界のシステムでしょうか?」
「シ、システム?」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!
遠い空から、今までで一番大きな雷がひびく。
どしゃぶりになってきた。
これ、スカイんちに帰ることもムズくない?
空は、真っ暗。
御神木も、その下のぬいぐるみたちも、そしてピクニックシートの下に雨宿りしてる私たちも、すでにびしょ濡れ。
雨の斜線に打たれて、まるでバケツで水をかぶったみたい。
これ、どうやって帰ればいいの?
「ほら、鈴木春世さん。見てください。この世界には、雨が降るでしょう?」
「うん。まぁ、その、今まさにめちゃくちゃ降ってるよね……」
「鈴木春世さんは、雨が降ったらどこに行くと思いますか?」
「どこに行くって……地面?」
「そう。地面に行きますよね。それじゃあ、地面に降ったら、雨は次にどこに行きますか?」
「次に……雨は地面に吸い込まれて……地下水? 川?」
「そうですね。それでは川になるとしましょう。じゃあ川は、次にどこに行きますか?」
「えっと――海?」
「海に行った雨は、結局どこに行くんでしょう?」
「太陽に照らされて……蒸発? 空? 雲になる?」
「その通りです。雨は川になり、川は海になり、海は雲に、そして雨になります」
「う、うん」
「ボクは、このシステムが好きなんです。すごいと思うんですよ。一体、誰が考えたんでしょう? やっぱり神様でしょうか?」
となりでスカイが、御神木を真剣な顔で見上げている。
わずかに首を振りながら、ロボくんに言った。
「やはりダメだな、ロボ。今の御神木の力じゃ、とてもじゃないけど雷は落ちない。このままじゃタイミングを逃しちまう」
「わかりました。スカイ、鈴木春世さんをよろしくお願いします」
「了解だ」
「え? 何? どうしたの?」
とまどう私に、ロボくんがやさしくほほ笑む。
ピクニックシートの下に移動させた竹カゴに手を入れ、中から紙を取り出した。
それを私に差し出す。
「これ、楽譜です。鈴木春世さんの演奏、楽しみにしてますよ」
ロボくんから受け取ったのは、音楽の楽譜だった。
え? なんでこのタイミング?
私、もしかして、このどしゃぶりの中で、アコーディオンを弾くの?
楽譜は――これ、ショパン?
Étude op.10 nº3
『別れの曲』――。
「音楽は、すべてを包み込みます。そして彼らをやさしく送り出す、パワーにもなるんです」
「こ、これを今から、私が弾けばいいの?」
「はい。よろしくお願いします」
そう言って、ロボくんがふたたび竹カゴに手を突っこむ。
中から、小さなプラスチックケースを取り出した。
フタを開ける。
ロボくん、それ、何?
メガネケース?
ロボくん、視力、悪かったっけ?
私たちに背を向け、ロボくんはケースから何かを取り出す。
それを、顔にかけた。
こちらを振り向く。
初めて見る、ロボくんのメガネ姿。
いや、メガネ姿って言うか、どうしたの、それ?
今から、何するの?
だけどロボくんは――めちゃくちゃそれが似合ってる。
イケメンって、何でもハマっちゃうんだね……。
「それでは、鈴木春世さん、スカイ。行ってきます。またあとで」
いつものように、やさしい口調でロボくんが言う。
彼の目には――真ん丸な黒いサングラスがかけられていた。
ロ、ロボくん。
どうして急にサングラス?
しかも、こんなどしゃぶりの中で。
って言うか、サングラスにしても、なんでそのチョイス?
それじゃあ、まるで、古い白黒映画の奇人キャラだよ。
何て言うか――山奥の古城に住んでる、ヘンな研究や実験ばっかしてるマッドサイエンティスト?
みたいな感じ?
ロボくんのキャラを考えると、ハマりすぎです……。
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