16.ファーストキス(☆)

「足元、気を付けてね」


「……はっ、はい……」


 リカさんと一緒に土手みたいなところを登っていく。あれから10分近く経つけど、手の方は依然として繋がり合ったままだ。


 好奇と驚きに満ち満ちた視線を喰らいまくったせいで、俺の精神は最早瀕死ひんし状態。一方のリカさんはといえば、腹が立つぐらいケロっとしていて。手繋ぎウォーク=牽制けんせいってことなのかな? ははっ、まさかな?


「優太、ほらっ見て」


「っ! うわぁ!」


 土手を登り切るとそこには水田が広がっていた。猫草みたいな稲が、青い水鏡の上で小さく揺れている。いや、でもちょっと待てよ?


「さっき精米してましたよね?」


「天候と土壌を制御しているんだ」


「なっ、なるほど! 飢饉ききん知らずってわけですね!」


 だけど、リカさんにかかる負担は相当なもんなんだろうな。しっかりとを果たしていかないと。


「さてと」


 手が離れた。何をする気だ?


「よいしょっと」


 芝生の上にごろーんと寝転び出した。真っ白な着物に紺色の羽織と、相も変わらず高そうな着物を着てるっていうのに。


「優太もやってごらんよ」


「でも……」


「気持ちいいよ」


 頭の上にはパラソルみたいな大きな木が。おまけに穏やかな風も吹いてきている。うん。これは確かに気持ちよさそうだ。


「よしっ」


 リカさんの隣に寝転んでみる。借り物の高そうな着物のままで。


「…………」


 鼻の中が草の香りでいっぱいになる。芝は思っていた以上にやわらかくて、何だか包まれてるみたいだ。見上げれば、キラキラとした宝石みたいな木漏れ日が差し込んでくる。


「サイコー」


「でしょ?」


「自由ですね」


 何にも縛られず、ただぼんやりと過ごす。無駄遣いとも取れるけど、それだけに堪らなく贅沢だなとも思った。


「優太は元いた世界でも頑張り屋さんだったんだね」


「迎合してただけですよ。仲間外れにされたくなくて、クラ……学友を見捨てたこともあります」


「そう。だから、君は一生懸命なんだね」


「空回ってばっかですけどね」


「そんなことない。君は立派だよ。やり直しの機会を与えられたところで、誰しもが君のように熱心に取り組めるわけじゃないもの」


「えっ?」


 不意に手を握られた。寝転んだままの状態で。


「何――っ!」


 金色の瞳から目が離せなくなる。またあの目だ。背中にぞくりとくるようなあの目。


「あっ」


 リカさんが顔を近付けてきた。吐息が俺の頬や唇を撫でていく。


「っ! ちょっ、ちょっと待って!」


「ん?」


「なっ、何で急に? さっきはシなかったのに」


「あの時は熱に浮かされてたし、それに……まだちょっと迷いがあったでしょ?」


「っ!? リカさん、心も読めるんですか!?」


「残念だけど君のはまったく。心も記憶もまるで読めない。十中八九、神が制限をかけているんだろうね」


 ……ってことはつまり。


「俺が自爆したってこと?」


「まぁ、そうなるかな?」


「~~っ!!! あっ!? ちょっ、待って」


 俺の腕が縮んでく。どんどん、どんどん。リカさんの胸に押されて。


「ふふっ、まだ何か?」


「リカさんはちゃんと俺のこと……~~っ、どっ、同情なら止してください。俺はその……本気なので」


「同情なんかじゃないよ」


 顔を包まれる。両手で。そっと優しく。


「君が欲しい。独り占めにしたくて仕方がない」


 そんなに俺のこと……っ。


「好きだよ、優太」


「っ!」


 唇が重なった。あったかい。やわらかい。これがキスか。


「んンっ!」


 俺は慌てて目を閉じる。その直後はむはむしてきた。下唇、上唇の順で食んでちゅーっと吸い付いてくる。


「ふっ♡ ……んんっ……♡」


 キスが止まない。俺はただされるがままで。~~っ、俺も! 俺もちゃんと応えたい。


「んっ、……ふふっ……」


 固く目を瞑ったままリカさんの真似をしてみる。食んだり、舐めたり、吸い付いてみたり。口のまわりはもうベチャベチャだ。重なり合う度に はぷっ、くちゅっ、とやらしい音が立つ。エロい。ムズムズする。何だか耳まで犯されていくみたいで。ヤバい。ヤバいぞ。これ以上やったら俺……。


「んんっ、んっ!」


 俺は堪らずリカさんの胸をノックした。すると意外にもあっさりと解放してくれる。


「けほっ! ゴホッ!」


 顔を俯かせて咳込む。くっ、苦しい。これやっぱ現実なのか。どうしよう。俺、リカさんとキスしちゃった。それもあんなにたくさん。


「抱きたい」


「へっ?」


 囁かれた。顔なんて絶対に見れないと思ってたのに、気付けば俺はリカさんと目を合わせていた。


「……っ」


 途端に魅せられていく。熱を帯びた金色の瞳に。



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