第11話 忍び草④

 玄爺たち三人は、三国屋の居る奥の部屋へと進む。

 人の気配と微かに匂う血の香り。

 与四郎は障子の向こうを探る様に耳を動かす。

 

 三人……と指で告げる。

 その時、閉じられ障子紙を突き破り手裏剣が飛び出してくる。


 手裏剣を寸でかわした与四郎が障子を蹴破り、体ごと部屋の中に突っ込んでいく。


 目の前には、蒼白な顔の三国屋主人・清兵衛。

 そして黒装束の男が二人。


 清兵衛と黒装束の一人が刀を抜き合い、対峙している。

 既に清兵衛の着物は血に染まり、肩を上下させ息が荒い。


 刀を抜いて構える小柄な男。

 もう一人の男も体格こそ小柄だが、目つきが鋭く近寄りがたい風韻気を滲ます。


 玄爺の低く重い声が響いた。


「お前たち風魔の者か?」


「この辺りは甲賀わしの縄張りだ」

「風魔党だろうと勝手は許さんぞ」


「何だとっきさまあっ」


 若い男の声だ。

 刀を抜いている男の方が若い声色を張り上げた。


「風魔と知っていて一戦やらかす気かあ?」

「甲賀の忍びごときがっ」


 男は挑発気満々に刀を握る構えを変えて見せる。


 もう一人の男が枯れた声をだす。


「この地。うわさには聞いていたが……」

「あんたが甲賀の忍び『雲の玄蔵』か?」


 目つきの鋭い男は玄蔵を値踏みするように目を細める。


「ほおっほっほっ」

「まさか、雲の玄蔵本人が出てくるとはのう」

「怖い怖い……」


「爺っ何を言ってるんじゃ」

「こんな奴ら俺がひとひねりだ」

「ささっと仕事を片付けちまうぞ」


「まあまあ待て待て」


 目つきの鋭い男は、玄蔵たちに向けられた刃を片手で払い下げと、若い男の血気をいなす。

 そしてあごをしゃくる。


「これは風魔の問題だ。あんたら甲賀には関係の無い話しだ」

「こやつ風魔党の裏切り者。我らのおきてに従って始末する」


「風魔党のおきてなんぞ知ったことじゃねえ」

「これは甲賀わしの縄張りで起こったごたごただ」

「よそ者には手出しはさせねえよ」


 今度は玄爺が拳を握り気勢を吐いた。


「何だと爺さんっ」


 若い男が肩口に刀を振り上げ、前に一歩出ようとした。

 

 瞬間。与四郎の刃が横一閃。鋭く風を斬った。


 血しぶきが舞う―――。

 与四郎の一太刀が、三国屋・清兵衛の胴を薙いだ。

 よろめいたところにさらに刃を一突き。

 鮮血が床に散り、清兵衛が床に倒れ込んだ。


 刃を引き抜くと、そのまま風魔の二人に斬りかかろう間合いを詰める。


 その動きに風魔の二人が思わず後ろに飛び退り、壁ぎわに押し込まれた。


 与四郎の握った抜き身の刃は鞘に納められている―――。

 左肩を突き出し、重心を深く落とし左手で剣柄を握る構え。

 次にくり出す一撃に並々ならぬ剣気を放つ。


「左の居合斬り」


「またお前か? 度々、儂らの邪魔をする」

 若い男は舌なめずりする様に腰を屈め、両手に刃を持って構えた。


「待てい。与四郎」


 玄爺の一括に、二人の間の張りつめた空気が一瞬で圧せられる。


「しかし御頭。このままでは奴ら」


「風魔のぉ。ごたごたの原因はもう斬って捨てた」

「おめえたちの目的も果たせただろう」

「今回の件はこれで終りにしようや」


「きっさまあっ」

 若い男の方が、体を前のめりに技を繰り出そうと腰を沈め、ジリジリと詰め寄る。


「いいかっ。良く聞けっ!」

「ここは甲賀忍び、雲の玄蔵の縄張りだ」

「この地で忍び働きをする奴は許さねえ」

「戻って風魔党の統領にもそう言っておけっ」


 気勢を吐く玄爺の両脇には既に与四郎と弥助が立って身構えた。


「ほおっほっほっ……」

「もうよい。引くぞっ小十郎」


 目つきの鋭い男が若い男に短く命令する。


「しかしっ爺っ!」


「小十郎っ……」


「ちっ」若い男はその命令に素直に刀を引いた。


 目つきの鋭い男は、胸の前で手の平を合わせると指で印を結ぶ。

 口術を唱えた。

 暗闇が二人を包む……。

 そして二人は己の背を見せず、闇の中に溶け込むようにその姿を消した。


「雲の玄蔵……その名、しかと覚えたぞ……」

 闇の中から呪言のごとき声が響き、そして消えた。


 その引き際の鮮やかさに玄蔵と弥助はお互いに目を合わせた。


「弥平よ……」

「物分かりのいい奴でよかったな」

「風魔なんぞと争いにでもなったら、ちょっと面倒だからな」


 と玄爺が一言。まずは安堵の息を吐いた。


 ◇◇◇


「お父様っ。お父様あああっ」


 お仙の背後から小春が飛び出し、床に倒れている清兵衛にすがった。


 小春の叫ぶ声に清兵衛が、はたと目を開けた―――。

 びくりっと体を跳ねさせ、息苦しそうに何度も何度も大きき息をする。


「お父様っ」


 顔と着物を血に染めた清兵衛がゆっくりと体を起こした。


「こんなに血がっ」と小春の声が震えている。


「心配するな」

「これは事前に仕込んでいた血糊ちのりだよ」


「えっ!」


「私は、雲の御頭に助けられたんだ……」


 清兵衛と玄爺が互いにうなずく。


「実はな。風魔党の刺客が襲って来る事を雲の御頭から聞かされてな」

「策を講じて私らで一芝居を打ったのだ」


「おかげで、私は斬られて死んだ思ったであろう」


「お、お父様っ」

「良かったっ!」

「ほんとうに良かったっ!」


 父娘の二人は抱き合って涙した。

 娘は何度も何度も涙をぬぐう。


「それでは、また一緒に暮らせるの?」


「ああ。そうだよ」

「これでもう追手から逃げなくてもいいんだよ」


 ◇


「三国屋さんや」

「これで一件落着だな」


 泣き合う二人の前に玄爺がしゃがみ、声をかけた。


「交わした約束の件は頼んだよ」


わかってます。判ってますとも」

「私はできる限りの協力はさせて頂く」


「それでは……」

 と玄爺が懐から紙を手渡した。


「では三国屋さん。これから宜しく頼むよ」

「これは町内会の行事と会報だ」

「これから町内会の一員として、この地で暮す民の為に協力してもらいたい」


 清兵衛は何度も何度も大きくうなずいて見せた。


 ◇


「与四郎さまっ」

 小春が涙を拭いながら皆の後ろに立つ与四郎に声をかけた。


「与四郎さまの……あの言葉」

「あの言葉はうそだったのね」


「お嬢さん、怖がらせて本当にすまなかった……」

「あれは、の為に仕方なかったんだよ……」


 日頃、表情を変えない与四郎が珍しく困った顔をして小晴に謝っている。

 まるで女房からしかられる旦那のように首を引っ込め、言葉を失う姿が妙に可笑しく、お仙がたまらず笑いだす。


 ひとしきり笑ったあと、玄爺の袖口を小さく引っ張った。


「御頭っ。これで一件落着ですね」

「町内会の温泉旅行。ゆっくりと行けますねっ」


 と、お仙は上機嫌で両手の平で口元をおおうと、ふふっと愛らしく顔を隠した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る