第49話 伊勢の海賊 再び
鬨を刻むような太鼓の拍子音が海上に響く。
岬の向こうから厳つい装甲をあしらった大型漁船が姿をあらわした。
その装甲船は錦の旗をはためかせ、数艘の鯨船を従えながら動きを止めた軍船に急接近する。
装甲船の甲板に軍旗が掲げられた―――。
現れた船団は素早い動きで船を左右に展開し、三艘の軍船を取り囲んだ。
一本の
それを合図に次々と
「綱、引けえええええっ」
勇ましい男の掛け声が遠雷のごとく伝波する。
「よっしゃあ―――引けっ! 引けえええっ!」
軍船に突き立った何本もの銛からのびた綱がピンッと一直線に張り、編み込まれた綱がギシリッと音を鳴らす。
男たちの勇ましい掛け声が一斉に湧き上がる。
動きを止められた軍船が左右に揺れ始めた。
やがて軍船は右に傾いたまま船団に引き寄せられ、しだいに双方の距離を縮めていく。ついに船体が接触しそうな程に軍船と鯨船が横に並んだ。
鯨船に乗った男たちが、銛を肩口に構え重心を落とし狙いを定める。
船と船が衝突し揺れる。
気勢のかけ声とともに、男たちが横付けした軍船に次々と乗り移っていく。
船上では声が上り、人が弾き飛ばされるように海に飛び込んでいく。
わずか数刻。次々と船上の兵士たちは海に放りだされ、海面にしぶきが上がる。
やがて敵の軍船の船首に、大漁旗と軍旗が掲げれた―――。
小さな漁船のからその不可思議な光景を見ていた皆は、そのはためく鮮やかな色に口を開けたまま目を見張った。
そして軍船を離れた装甲船が、ミナトたちの乗る船に近づいてきた。
装甲船の船首に立つ男。鯨船団の団長が大きく手を振った。
「ミナトおおおーぃ」
「こっちの船に移れやっ!」
「俺たち鯨船団が、お前たちを三河港まで送ってやるぜ」
◇◆◇◆ 伊勢の海賊
装甲船に乗り移ったミナトたちは船室に招かれていた。
「団長。助かったよ」
団長は上機嫌で笑う。
「俺とお前の仲だ。みずくさい事を言うなって」
「しかし、どういう事だ?」
「京では何やら軍勢が集まってるというし……」
「うちの年寄り連中から調べる様に言われてな、俺らは情報を集めていたところよ」
「雲の旅籠に立ち寄ってみたら、お前たちが京から連れて来た客を三河国に送り届ける為に、漁船で発ったていうじゃなええか」
「それで、急ぎお前の後を追って来たって訳よ」
「そうしたら、この有様だ」
腕を組んで話していた団長が、上機嫌な顔で目を弓なりにし満足気に口をほころばす。
「しかし団長。こんな事をして大丈夫なのか? 相手は北畠軍だろ」
「後々、問題にならないのか?」
ミナトの言葉が、火に油を注ぐように団長の機嫌を高揚させた。
「ミナトよっ」まさに悪童が目を輝かす様に団長が肩を揺らす。
「ふっふふ。北畠の水軍とは古い因縁があってな」
「奴らぁ俺の標的よっ」
「くわっはっはっはっはぁ」
「しっかしよう。今日は見事に奴らを叩けたぜ」
「ざまあみやがれっ。俺の海で好き勝手にゃあさせねえぜ」
また上機嫌で笑いあげた。
「しかし、
「こんな所に付いて来て、よっぽどのお転婆娘だな」
「玄爺が愚痴をこぼしてたぞ。『早く二人を追いかけろ』と言ってな」
ひとり上機嫌の団長の姿にミナトとナギは目を合わした。
上機嫌で話す団長の間に伝八郎が入ってくる。
「この度は、力添えかたじけない」
「私は徳川家臣、永井伝八郎と申す」
「儂は石川康勝だ」
この狭い船室に厳つい男たちが顔を突き合わせ並び立つ。
「まあ、あんたたちも気にしなさんな」
「ミナトの客人は、俺の客人って事でな」
「ふーん」
と団長が顎髭をさすりながら康勝たちの風体を目で追う。
「俺はこの鯨船団の団長をやってる、伊勢の鬼平次ってもんだ」
「鯨船団? 伊勢の鬼平次?……」
伝八郎のがその名を復唱し記憶を巡らす。
「もしや貴殿は伊勢の近海を縄張りにしている熊野水軍の一柱と噂される。あの熊野水軍。游撃船団の海軍大将か」
「俺もあんたの噂は聞いた事があるぜ」
三吉が話しに入ってくる。
「ほう、知ってたかい」
「まあ組織的には水軍なんてものもやってはいるが、本職は鯨突きをやってるがな」
「あんたらこそ……」
団長が口元をニヤリと上げた。
「徳川家の重臣の名ばかりじゃねえか」
◇◇◇
「しかし、さすが三河武士の腕前は凄いな」
「あの距離から船上の帆柱を撃ち崩すなんてよ」
「あんたら化け物か?」
「あ、あれは……」
とミナトを横目で見た。
「しかし、嫌な事を思い出させてくれる」
団長が遠い目をしながら言葉を続ける。
「俺が水軍に加わって間もない頃のことだ」
「俺らは大阪湾の海上から城へと攻め込んだんだがな……」
「そこには海岸線から鉄砲で狙撃してくる騎馬鉄砲隊がいてな」
「恐ろしく狙いすました射撃の浴びせられて、海岸には全く近寄れない」
「あげく、海岸に近づいたところを大筒までぶっ放しやがって、味方の船が何艘も沈められて散々な目にあった」
「確かぁ奴ら『蒼鷹』とか名乗っていたが」
「ありゃあ、とんでもねえ奴らだったぜ」
「鉄砲騎馬隊を率いる大将は、同い年ぐらいと噂だったが……」
「あの織田信長も
「奴らの後ろ盾には南蛮国がいるらしくてな、その国の女神と崇められる女が手を貸しているって話しだった」
「南蛮国にも、女神はいるんだ……」
於義丸が小さな声で拳を握る。
「団長っ。それでっその『蒼鷹』はどうなったの?」
「わからねえ……」
「その鉄砲騎馬隊も隊を率いる大将も突然、姿を消したって事だ」
「結局あの戦の後、周辺の国々は全て信長が制圧してしまったからな……」
「
団長が一言。
「俺にとって、あの『魔王』と恐れられた織田信長と戦で何度も渡り合うなんざぁ」
「
「逢ってみたかったぜ。その大将がどんな奴か」
ナギが鼻をグスリッとすすった。
ミナトの腕に触れたナギが微かに震え、見えないよう袖口からミナトの手を握った。
「バカ……」と手を強く握った。
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