「テケレッツって何ですか？」

　中に入ると、ふららちゃんは早速（さっそく）ふたりにたずねてみました。

　と申しますのも、ふららちゃんの町ではテケレッツなんていう物は、どのお店でも見たことがなかったからです。それに、お母さんからも、ただ、「テケレッツを買って来て」と頼まれただけでしたので、それがどんな物だか少しも知りませんでした。

「ほら、道路工事（どうろこうじ）のときに使うアレさ」

　予言者さんが教えてくれました。

「信号の水漏（も）れにもよく効（き）くし」

「コーヒーや肉じゃがの隠（かく）し味に使うといいわ」

　と、お姉さん。

「算数が解けない時にも便利なの」

「斑猫（ハンミョウ）を飼（か）うなら必需品（ひつじゅひん）じゃな」

「…」

　ふららちゃんは、こけたくなかったので、それ以上考えるのをあきらめました。

「ほら、ここじゃよ」

　目の前が売り場です。見ると、カウンターの上に、フルーツ・ジュースを作る小型ミキサーのようなガラスのドームが三つ、並んで立っていました。中身はからっぽです。

「何か用？」

　ふららちゃんより二つか三つ年下らしい男の子が、カウンターの向こうから、生意気そうな目つきでふららちゃんをにらんできました。店員さんなのでしょうか。

「あの 、テケレッツを下さい」

「上？下？」

「？」

「右まわり？左まわり？」

　何のことでしょう。

「さっさと注文しろよな」

　ふららちゃんは、知らない年下の子にこんな口のきき方はされたくありませんでしたので、　できるだけがまんしながら、

「それはまことに心外（しんがい）な申（もう）されようです」とふんがいしました。このあいだ教科書で習った言い方なのです。

「これだからいちげんさんはいやなんだ」

　男の子はやれやれというふうに小さく頭（かぶり）を振（ふ）り振り、小さなオモチャのトンカチをふきげんそうにふららちゃんに突き出して言いました。

「いいか、一度しか言わないぞ。これからぼくがこの機械で、一番普通の、何にでも使えるテケレッツを発生させてやる。三つの真空びんのうちのどれかにテケレッツが誕（うま）れたら、こいつでそのびんの頭をたたくんだ。うまくやらないといつまでたってもつかまえられないぞ」

　そう言って手もとのコントローラーの目盛りを合せました。

「行くぞっ」

　スイッチが入ります。

　すると、からっぽだったガラスの真空びんたちが不思議な音を上げはじめ、一番右手のドームのなかに、何だかよくわからない、もやもやした霧か稲妻のようなものが現れました。

「えいっ！」

　ふららちゃんは、急いでガラスびんの頭をピコン！とトンカチでたたきました。だけど、その時にはテケレッツはもう消えたあとです。そして、あっという間に今度は左端のドームのなかに現れてきました。

　えいっ！

　ふららちゃんはあわててたたきましたが、また失敗です。

　待てっ！そらっ！

　右に逃げ出し、左に移ったかと思うと、それきりしばらくどこにもいなくなります。そして、突然、ふららちゃんの待ち構えていたのとは違うびんの中へ戻って来たりするので、ひとすじなわではいきません。

　男の子はしばらくこちらの様子（ようす）を眺（なが）めていましたが、ちっともらちがあかないものですから、困っているふららちゃんの手からトンカチを取り返すと仕方なく手を貸（か）しました。

「ちがう、こうするんだ」

　そう言うと、やる気のない仕草（しぐさ）で、ろくに狙（ねら）いも定（さだ）めないまま、真ん中のガラスびんの頭を軽くはたきました。

　ピコン！

　命中です。当り前のように一瞬で仕（し）留（と）めてしまいました。発生装置（はっせいそうち）が動きを止めました。

「すごい！」

　ふららちゃんは心から感動しました。

「まちがいなくトンカチのチャンピオンだわ！」

　尊敬（そんけい）の目で見つめて、拍手します。

「そ、そうかな … 」

　男の子は、口ごもって急にうつむいてしまいました。何だか耳がまっ赤です。

「えぇ、『称賛（しょうさん）に値（あたい）する』名人芸（めいじんげい）だわ」

　男の子は、さっきまでの態度（たいど）が嘘（うそ）のように照（て）れてしまって、うれしそうにもじもじしています。

「お前、いい奴（やつ）だな … 」

　ぼそっとつぶやくと、男の子はテケレッツを取り出して紙袋（かみぶくろ）に入れて渡（わた）してくれました。

「これ、おまけ … 」

　ふららちゃんからわざと目をそらして、受け取ったお金と引（ひ）き換（か）えに三人分の福引券（ふくびきけん）までくれました。

「有難（ありがと）う」

　ふららちゃんが言うと、男の子はくるっと背（せ）を向けて、急いで逃（に）げて行ってしまいました。

　「それほど悪い子じゃなかったでしょ？」

　お姉（ねえ）さんがふららちゃんにクスクス笑（わら）いかけます。

「ただ、みんなストレスでイライラしているだけなの」

「ストレス？」

「１階にいるといつまでたっても大人になれないから」

　ふららちゃんも、さっきから確（たし）かに変（へん）だと思ってはいたのです。１階のフロアにいるのは、皆（みな）、子供（こども）ばかりだったものですから。お客さんも、店員さんも、ふららちゃんより年下の子供（こども）たちばかりでした。

　でも、ふららちゃんも、この町での暮（く）らし方がだいぶ呑（の）み込（こ）めてきましたので、むやみに「どうしてかしら？」と悩（なや）んだりせず、見なかったことにしておきます。

「さて、次は２階じゃが」

　千里眼（せんりがん）さんが案内（あんない）します。

「チョッキを見ておきたいので、ご苦労（くろう）じゃがつきあってもらえるかね」

　けれど、三人がエレベーターの前まで来（き）てみると、とびらには「修理（しゅうり）中」の札（ふだ）がはられていました。

　　　【百年間お待ち下さい】

と書いてあります。

　仕方なく、エスカレーターをさがします。ですが、こちらにも、

　　　【おとといお乗り】

と立札（たてふだ）がありました。

　結局（けっきょく）、階段（かいだん）で行くしかないようです。

　ところが、上（のぼ）り切って着いたかと思ったら、そこは何と32階でした。もう一階上（のぼ）ると今度は７階のフロアに出て来（き）てしまいました。外から見た時は三階建（だ）てでしたのにどうしたことでしょう。もう一度上（のぼ）って、ようやく２階までたどり着きました。

　ふららちゃんは念（ねん）のためにこのフロアのようすも観察（かんさつ）しておきます。この階には子供（こども）はひとりもいないようです。皆（みな）、ふららちゃんより年上のお兄（にい）さんやお姉（ねえ）さん、おじさん、おばさんたちばかりでした。

　ここがチョッキ屋さんの売り場です。様々な色や大きさのチョッキが吊（つ）るされて並（なら）んでいました。

「あった、あった」

　千里眼（せんりがん）さんは、その中からまっ黒なチョッキを見つけ出しました。

「お求め、まことに有難（ありがた）し」

　居合抜（いあいぬ）きのような袴（はかま）すがたの店員さんです。たすきをかけて、鉢巻（はちもき）もしていました。

「イニシャルを入れてもらえるかい？」

「何とお入れいたそう？」

「Lの字を頼（たの）むよ」

　聞くが早いか、店員さんは「いざ」とかけ声を入れ、足元のバケツに立ててあったそれは立派（りっぱ）な大筆を両手でかかえ上げました。筆先にはまっ黒な墨（すみ）がたっぷりと吸（す）われています。店員さんが、床（ゆか）の上にチョッキをひっくり返して広げました。それから、ものすごい気合で、背中（せなか）いっぱいに「L」と一気に書きなぐりました。

「いかが？」

「うん、大した達筆（たっぴつ）だ」

　千里眼（せんりがん）さんは満足（まんぞく）げにうなずいています。が、まっ黒なチョッキの背中（せなか）にまっ黒な墨（すみ）でサインを入れても、ふららちゃんとお姉（ねえ）さんの目には、それが「L」なのか「A」なのか、それとも何も書かれていないのか、少しもわかりませんでした。

「おほめにあずかり、いよいよもって痛（いた）み入（い）る。ついてはお代のかわりに、詩をひとつ暗誦（あんしょう）して行かれたし」

「これはしたり」

　千里眼（せんりがん）さんが顔をしかめました。困っています。きっと、今、持ち合わせがないにちがいありません。ふららちゃんは千里眼（せんりがん）さんの代りに歌ってあげることにしました。

「では、わたしが歌います。『お洒落（しゃれ）』という詩（うた）を聞いて下さい」

　そう言うと背筋（せすじ）をしっかり伸（の）ばして、少し上の方を向き、こう歌っていきました。

　　　　　　　

　　　　　壊（こわ）れたてのラジオを首から下げて出かけても

　　　　　職務（しょくむ）質問（しつもん）されるだけ

　　　　　女の子は「キャッ」と叫（さけ）んで逃（に）げ出すし

　　　　　兄（あん）ちゃんたちは吹（ふ）き出すし

　　　　　縁（えん）なき衆生（しゅじょう）は度（ど）し難（がた）く

　　　　　お洒落（しゃれ）を知らない奴（やつ）ばかり

　　　　　1４年まえのゴシップとか

　　　　　おとといはずれた天気予報（てんきよほう）とか

　　　　　レアな話題（わだい）でいっぱいさ！

　　　　　壊（こわ）れたてのラジオを首から下げて出かけても

　　　　　道でポストが赤いだけ

　　　　　こんなに　壊（こわ）れたてなのに