第22話 ののしる女


「あらやだわ。女狐じゃないの」


 蝦蟇の出現を通報したら軍人が駆けつけてくれたと聞き、中森家の娘、佳乃よしのはウキウキとようすを見に出てきた。そして軍服のあとをついて廊下を歩く遥香をみとめるなり、そう吐き捨てたのだ。

 ふり向いた遥香が昔と同じ、おびえた顔になる。だが前を歩いていた中森の当主は娘の言葉にあわてふためいた。


「やめなさい佳乃。陸軍の皆さまの前だぞ」

「なんだこれは。品のない女だな」


 チロリと冷たい目をして彰良が言い放った。その視線の先でサアッと頬を紅潮させた佳乃は、まなじりを吊りあげた。


「狐だから狐と申しましたわ。それが何か」

「頭も悪いのか。これのどこが狐に見える」

「ご存じではありませんの? この娘の母親は化け狐ですのに」


 勝ち誇ったように言う佳乃に、遥香はうつむくばかりだった。だが彰良の体がかばうように遥香を隠す。


「稲荷の御使いの狐を粗末にしたのは、この家だと聞いた。罰当たりのすえに蝦蟇に憑りつかれたいか。人をののしる口は、そのうちゲコゲコとしか言えなくなるな」


 真顔で言い切った彰良は、もう佳乃になど目もくれなかった。

 おどおどする遥香と不機嫌な彰良、そして中森の人々を見比べて、喜之助はため息をかみ殺した。面倒くさいが逃げるわけにもいかない。


「ご当主、早く話を」

「申し訳ありません! 佳乃、向こうへ行っていなさい」


 父に叱られて、佳乃は憤然と戻っていった。

 どうして遥香がここにいるのかまったくわからない。冷ややかだが顔のいい男と、やさしげな男。二人の軍人に連れられて、かばわれているのも気にくわなかった。


「あんな女狐、蝦蟇に食べられちゃえばいいんだわ。……ああ、そう……そうよね!」


 佳乃は子どものころからずっと、愛らしい遥香が嫌いだった。自分の方がいい着物なのに、容姿を褒めそやされるのは遥香なのが腹立たしかった。

 中森の総領娘だった母が遥香の父に惚れ、婿にと申し込んだが断られたと聞いたことがある。稲荷を継がなければならないという理由だったが、そちらにはすぐ美人の嫁が来て、母はふられ女と陰で笑われたのだそう。

 その娘の遥香のことが気に入らないのは当たり前だし、遥香をいじめるのは親孝行だとすら佳乃は考えていた。入り婿の父だってそれをとがめはしなかったじゃないか。


「娘がたいへん失礼を……」


 座敷にすわってから、当主はまず深々と頭をさげた。彰良のとなりにいる遥香はとても落ち着かない。この人にはいつも、怒鳴られたり鼻で笑われたりしかしてこなかったから。


「本当に失礼だったな」

「は、はあッ。申し訳ありません」


 静かに彰良が追い打ちをかけるが、遥香にとってはあれが普通なのでよくわからない。でも彰良が言うのならそうなのかもと、やっと思えた。


「彰良、そんなことはもういいよ。俺らは蝦蟇をなんとかして帰るだけだ」

「ぜひお願いいたします……でも、そのぅ、篠田のお嬢さんは何故ここに?」


 話を戻そうとした喜之助だったが、たしかに遥香が来た理由は伝えるべきかもしれない。だが「篠田のお嬢さん」などと呼ばれてモゾモゾしてしまった遥香は自分では何も言えなかった。どうしても気おくれしてしまう。

 それがさすがにかわいそうで、喜之助は代わりに言い返してみることにした。


「遥香さんは、怪異を鎮める異能を持っているんですよ。知らないんですか?」

「い、異能……?」

「お狐さまの力でしょうねえ。いやあ、ここのお稲荷さまは霊験あらたかだったのに、追い出すなんてもったいないことを」

「そん、な……」


 もごもご言って青ざめる中森の当主をよそに、喜之助は彰良にチラと目配せした。

 気に入らないからといって不機嫌にしてみせるだけでは能がない。じわりと嫌味を言うぐらいの芸当ができるようになれよと思ったのだが通じただろうか。


「あれ、中森家ではお稲荷さまを嫌ってましたっけ。どうします、遥香さんの力を借りるのが嫌だと言うなら我々は帰りますが」

「そんな! お稲荷さまをないがしろになど……ぜひともお力を!」

「ふん、調子のいい」


 やはり彰良は真正面から言い放つ。こいつに腹芸を求めるのは無理かと喜之助は苦笑いした。まあ、そういうのは自分が担当すればいい。


「どうするよ、遥香さん」

「え……私はただ、蝦蟇さんをなんとかしてあげたいだけですし」

「うんうん、相手が魔物だろうが救ってやりたいんだよな。遥香さんは本当にやさしくて人間ができてるよ」


 いきなりそんな風にほめられて遥香は居心地が悪かったのだが、中森の当主は面目なさそうに小さくなった。




 さて問題の蝦蟇は、見た者が言うには小山のようだとか。


「んなわけねえよ。来る時に見えた池だろ? あそこに山は入らないって」

「腰を抜かして見上げたんだろう」


 たいした情報もなく中森家を出て、喜之助と彰良は言い合った。

 どうも話が大げさになりすぎていると思う。だがそれなりの蝦蟇だとすると、けっこうな重さと力だ。喜之助の呪符だけでは足どめが厳しいかもしれない。

 豆腐小僧の豆腐などあっさり崩されるだろうし、固くした豆腐だってものともせず跳ね飛ばしてくると思った方がいい。

 水乞みずこいが干物にするにしてもカエルを吸わせるのは申し訳ないし、蝦蟇のうるおいは半端ではなかろう。みっちゃんが育ちすぎて老婆になるのは見たくなかった。

 だから遥香は今回、妖怪の友だちに頼るのをやめようと思っている。

 出現したのが蝦蟇だと聞いた時から考えて考えて、なんとか思いついたのが蝦蟇についての伝承。それと物売りの口上だ。その効果がなければ、彰良に滅してもらうしかない。


「気をつけろ。蝦蟇は足が遅いが、舌だけは速くて強い。おまえじゃけられない」


 舌までも封じるほどに蝦蟇の動きを止めるか、遥香がまったく視界に入らないよう策を講じる。でないと清めるのは無理だ。

 遥香は強がってほほえんだ。


「わかっています。鏡がだめならば、お任せします。我がままを言ってすみません」


 鏡。

 喜之助が重そうに抱えているのに遥香はそっと頭を下げた。これは中森家から持ってきた姿見だ。壊れるかもしれないが供出しろと脅しつけるように借りてきた。

 つまり、蝦蟇をこれで動けなくするのだ。「蝦蟇が鏡に立ちすくみ、あぶら汗をかく」というのが油売りの適当な口上でなければ何とかなるかもしれない。

 望み薄だと彰良は思っていた。なのに試させてやりたくなる。

 それは今日の遥香が、出会ったころのように寄る辺ない、寂しげなほほえみを浮かべていたからだった。


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