第35話 「上出来じゃねぇか」
累は今、木の陰に隠れ、クグツを膝の上に乗せて休ませていた。
今は、寝息を立てスヤスヤと安心そうに寝ている。
姿を消している時より、姿を現し思いっきり寝た方が回復が早い。
今は、四季を信じ回復に集中している。
「――――人の気配。あいつ、死んだか?」
クグツを抱えながら、立ちあがる。
さりげなく影を操ろうとしたが、まだ影刀を作れるほどの力は戻っていなかった。
すぐに足音をたてずに気配から離れた。
今はまだ、戦えない。
舌打ちを零しながら気配を消し、走る。
すると、前からも気配を感じ足を止めた。
隠れようとするが、姿を現した人影により足が止まってしまった。
「――――お前、何をしてんだ?」
累の前に姿を現したのは、四季ただ一人。
腕と額からはまだどくどくと血が流れており、早く止血しないと危険となってしまう。
累にとっては、正直どうでもいい話し。
だが、自分のために囮になったという経緯が、累の思考を鈍らせる。
「――――あぁ、忘れてた。そんな印をつけられていたな」
額の印が淡く光っており、累は思い出した。
骸に付けられていた印の意味はまだ分かっていなかったが、今の四季の様子を見てなんとなく察する。
「人形さんになっちまったかぁ。どうすっかなぁ~」
と、言いながらもどこか余裕そうな累。
周りを見て、何かを待っているような態度に、四季は地面を蹴り駆けだした。
四季の身体能力からは考えられないほどのスピードと、繰り出される蹴りの威力には驚く。
木の上に逃げたが、四季も駆け上がる。
木を伝い逃げるが、四季はそれを追いかける。
その間も、血はポタポタと落ちていた。
顔色も悪くなっており、このまま回復するまでは待ちきれないと悟った累は、クグツに謝り姿を消してもらった。
すぐに振り向きつつ、自身の上着を脱ぎ袖をちぎった。
枝を蹴り、四季との距離を詰めた。
急な方向転換に、四季はすぐに反応できない。
そのまま累に頭を鷲掴みされて、木から落ちた。
だが、累が体を支えたため地面に叩きつけられる事はない。
次の動きに移行する前に、まず出血がひどい腕に引きちぎった袖を巻き付け止血。
次に額にもう片方の袖を巻きつけようとしたが、四季があばれてしまい逃げられた。
「おいおい、死にてぇのかぁ? とか、今言っても意味はねぇだろうけど」
額から流れ出る血を拭いながら、四季が累に向かって走り出す。
簡単に避けられる攻撃、累は四季の動きを観察しながら隙を伺う。
「――――呪いかぁ」
額に刻まれている印を見て、累はふと、なにかを思い出し後ろを見た。
「印って、落とせっかなぁ」
呟きながら、木を伝い逃げ続ける。
四季の身体能力では考えられない程に、ついて来る。
累は、その事に対し少し懸念しながらも、ある場所へと向かっていた。
「――――おい、お前は俺を殺すつもりかぁ? 意思は完全にないのかぁ?」
視線だけを後ろに向け、問いかける。
けど、四季からの返答はない。
表情も変わらず、累を追いかけ続けた。
「そうか、無言か。それはそれでいい。お前が俺を襲い続けるのであれば、殺すだけだ。俺を追いかけるとは、そういう事だ、わかってんだろ?」
殺すという言葉に反応を示した四季。
累は、にやりと笑う。
「そうか、殺されたくはないか。それなら、頑張って呪いを解くんだな!!」
急に累が方向転換した。
振り返り、四季の身体を掴み、共に下へと落ちた。
――――バシャン!!
いつの間にか、下は湖になっていた。
累と四季は、そのまま沈む。
四季は累を探し泳ぐが、背後に彼が回り込んでおり羽交い絞めされた。
身動きを封じ込められたのと、息が出来ずに四季は大暴れ。
累は、息を止め四季の動きを見ていた。
体を大きく動かし、叫ぼうと息を吐き続けている。
そんな状態の四季が、長く湖に潜り続けられるはずがない。
四季の最後が近くなる。
苦しく藻掻く行為は、自分で自分の首を絞めていた。
累は、動きが鈍くなり始めた四季から手を離し、額の印を試しにゴシゴシと袖で拭ってみた。
「――――っ」
印は、薄くなる。
これは、四季の死が近づいているからなのか、それとも拭ったからなのかはわからない。
だが、ひとまずもう少しだけ四季に頑張ってもらおうとゴシゴシと拭き続けた。
すると、四季の動きが止まった。
瞼を閉じ、沈む。意識を失ったらしい。
累は、四季を引っ張り、地上へと這い上がった。
「――――プハッ!!」
四季の服掴み、這い上がり息を整えた。
彼女は肺に水が入り、呼吸が出来ていない。
流石に放置できないため、累は舌打ちをしながらも心臓マッサージをした。
すると、水を吐き、意識を取り戻す。
襲い掛かってくるかなと思い警戒したが、額の印はいつの間にか完全に消えていた。
ゆっくりと瞼を開け、四季は「あれ……」と、体を起こしながら周りを見る。
「わ、私って……」
「ひとまず、額の血をどうにかしろ。水にも入ったし、そのままだとお前ならすぐに死ぬぞ」
言いながら累は自身のシャツの裾を破り、額に巻き付けた。
その際に、四季の視界に累のちらりと見える腹部に、少しドキッとしてしまう。
「え、えぇっと」
「ひとまずはこれで止血は出来ているだろう。だが、早くどうにかしねぇとな――何赤くなってんだ?」
「男性のお腹を見たのは初めてで……」
累は、止血する事しか考えていなかったため、気にしていなかった。
だが、指摘されたことで視線が自然と下に移動する。
自身の腹部あたりを見ると、げんなりとしてしまった。
「変態」
「見せてきたのはそっちです。それにしても、鍛えられているんですね」
「うるせぇよ。ひとまず、そこまで元気なのなら問題ないな。さっさと立て」
服の水を絞りながら累が言った。
四季もふらついてしまうが立ち上がり、周りを見た。
その時に、またしても自分は失態をしてしまった事を思い出し、顔を青くした。
「結局、私はただ陰影さんを振り回しただけで、何も出来なかったんですね……」
二回も累を振り回すだけ振り回して、終わり。
なにも役に立てなかった事実に、四季は何を言えばいいのかわからず視線を下げる。
――――どうしよう、どうしようどうしよう。殺されても仕方がない。受け入れるしか、ない
累に何を言われても、四季には何も出来ない。
もう、どうなってもいい。
そんなことを思って覚悟していると、累からは意外な言葉を投げかけられ困惑した。
「時間稼ぎ、上出来じゃねぇか」
「…………え?」
顔を上げ笑っている累を見ていると、カサカサと音が聞こえた。
「――――やれやれ。まだ未完成だったとはいえ、湖に落として生死をさ迷わせ印を落すなんてねぇ。一歩間違えればその子、死んでいたよぉ?」
現れたのは、肩を落とし面白くなさそうな顔を浮かべている骸だった。
「えっ、そうだったの?」
四季は自分が死にそうになっていたことに気づいておらず、前に立つ累を見た。
そんな視線を無視し、累は骸を睨む。
「これで無理なら殺していたんだ。生死をさまよっただけで済んで良かっただろ。さ迷うんじゃなくて、地獄に逝っていたかもしれねぇんだから」
「なんで地獄に行く事前提なんですか!?」
四季が抗議するが、その声すら無視。
累は、自身の影を見てにやりと笑った。
「――――さてさて、ここからはやっと、俺の出番だ」
「なんだって?」
累は、にやりと笑い、地面に右手を向けた。
「ま、まさか……」
骸がなにかに気づき、目を開き一歩下がる。
四季は、骸とは対照的に目を輝かせ、安心したような笑みを浮かべた。
「お前は、時間を使い過ぎた。――――あいつも、来るぞ」
累は地面に映っている影から、愛刀である影刀を出した。
累の右目は赤く染まり、方あたりには元気になったクグツが現れた。
「あいつ? それって――……」
――――シュッ
疑問を口にしようとした骸だったが、最後まで続かなかった。
累が瞬時に動き出し、骸の首を斬った。
頸動脈を切ったため、血の雨が降り注いだ。
すぐに骸は首を抑えるが、血は止まらない。
「さて、足止めはしたぞ。早く来いや、導」
累が言うと、上から降るように導が現れた。
「えっ、導さん!? 大丈夫なんですか!?」
「大丈夫だよぉ〜。累もぉ~。お疲れさまでしたぁ~」
導は、背中を向け累達にねぎらいの言葉をかける。
そんな彼の隣に累が移動し、骸を見る。
「こいつ、まだ死んでねぇのかよ」
その場にしゃがみ首を抑えている骸を見て、累は再度刀を振り上げようとした。
だが、それを導が止めた。
「ここからはぁ~、私に任せてくれませんかぁ~?」
導が累を見て言った。
四季の角度では、導がどんな顔をしているのかがわからない。
どうするのだろうと思っていると、累が舌打ちを零しつつも影刀を影に戻した。
四季の方へと戻り「行くぞ」と、導を置いて行こうとする。
四季は困惑し導を見るが、骸を見下ろしているだけで何もない。
大丈夫かと心配したが、累に「おい」と急かされたため、もう彼について行くしか無かった。
森を歩いている時、累の様子を見る。
特に怪我をしている様子はない。でも、四季は自分の失態に関しても気になっており、問いかけた。
「あ、あの。大丈夫なんですか?」
「何がだ?」
「体調、とか……」
「そんなもん、お前の方が重症だろうが。俺は怪我してねぇ」
累に指摘され、改めて自分の現状を見る。
腕と額を斬り、出血している状態。
どっちかと言うと、四季の方が体調を崩していてもおかしくはなかった。
「人の心配ばかりしてないで、自分の心配をしてろ」
「そうかもしれませんが……。結局私は、陰影さんの役にたてなかったので、おこがましいかなと」
「あー?」
後ろから嫌な気配を感じ、累は立ち止まり振り向いた。
「私は、私の力を使い、少しでも陰影さんの役に立ちたかった。でも、助けられてばかりで、結局何も出来ずに終わってしまった。私、貴方と一緒にいてもいいのでしょうか」
その場に立ち止まり、四季が今にも泣き出しそうに聞く。
彼女の様子を心底めんどくさいと累は思い、大きく息を吐いた。
「お前は、俺に役に立ったと言ってもらいたいのか? それで、慰められたいと?」
「そ、そういう訳ではありませんよ。本当に、私は何も出来なかったと後悔して………」
「なら、そこに立ち止まってないで、今回の出来事を振り返り、改善できる箇所を探せ」
それだけを言うと、累は再度歩き出してしまった。
四季は、視線を下げつつ「わかりました」と歩き出す。
だが、その重い空気が累にとっては苦痛だった。
深い溜息を吐きながら振り返り、四季の頭を乱暴に鷲掴みにした。
「な、いたたたたたた!! ななななな、なんですかぁぁ!?」
力が込められていて、痛い。
涙を流し、叫んでいると累が顔を近づけてきた。
「さっきも言ったが、時間稼ぎはお前がしたんだ。そこだけは変わらねぇ」
「でも、時間稼ぎができたからと言って何かできたわけでないでしょう? 導さんが来たのも偶然でしたし…………」
言うと、累がポケットから一つの魔石を出した。
「な、なんですか。これ」
「俺を監視する石だ。これで導を呼んだ」
「え、そうなんですか?」
「あぁ。力が尽きた俺一人では、導が来るまで時間は稼げなかったし、影刀も出せずに死んでいた可能性が高い。お前――――四季が時間を稼いだから生きてんだよ。それだけは覚えておけ」
累は言い切ると、照れ隠しのように手を離し顔を逸らした。
そのまま森の中を歩き出す。
ぽかんと、掴まれていた頭を押さえ、四季が歩いている累の背中を見た。
「まさか、慰めてくれたの? しかも、やっと名前を呼んでくれた……」
累は、今まで名前で呼んでこなかった。
普通にめんどくさいからなのだろうと思っていたが、もしかしたら今回の件で認めてくれたから呼んでくれたのかもしれない。
そう思うと、なんだかうれしくなり、四季の口元に笑みが浮かぶ。
「置いて行くぞ」
「ま、待ってくださいよー!!」
四季は、さっきまでの重たい気持ちが少しだけ晴れ、累に置いて行かれないように追いかけた。
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