第32話 「もう少し待って」

 裏の世界に吐き出された二人は、まず時間稼ぎが出来るように走っていた。

 周りには、様々な武器を持っている男達が、走っている二人を異様な人を見るような目で見ていた。


 後ろを確認すると、骸はいない。

 おそらく、裏の世界に来た時に巻けたのだろうと、二人は足を止めた。


「ったく、おい。もう俺は力が使えんぞ! 何をするつもりだ!!」


 累が聞くと、四季が彼の足のつま先から頭までじ〜っと見る。

 その視線が鬱陶しく、累は「おい!!」と怒り任せに叫んだ。


「まず、陰影さんは体力がまだ残っているように見えますが、どうでしょうか?」


「あぁ? 俺は特に問題ねぇよ。クグツの体力がなくなって力が使えないだけだからな。あと、霊力が足りない」


 クグツは今、姿を消している。

 それで何とか体力を回復しているが、今すぐにまた影刀を出すのは不可能だ。


「待ってよ~」


 後ろから骸の声が聞こえる。

 振り向くと、体位の大きさのあるハンマーを肩に担ぎ立っている、骸の姿があった。


 だが、それだけではない。

 骸の周りには、複数の刃物が漂っている。


「ひっ!?」


 咄嗟に累が四季の頭を押さえつけ、共にその場に倒れ込む。

 襲ってきていた刀やのこぎり、缶切りやハサミなどと言った刃物が地面へと突き刺さった。


「でかっ!」


「走るぞ!!」


 普通の大きさの数十倍はある刃物たちを目にし、四季は驚き思考が止まる。

 だが、すぐに累に立たされ走り出した。


「そんで、何で俺の体力を聞いたんだ?」


「まず、私の力はこっちの世界の方が役に立つかなと思ったのと、陰影さんに体力が残っているのなら、普通の武器でも十分に戦えるんじゃと思ったのですが、どうでしょうか」


「あぁ??」


 ふざけているのかと思い、累は四季を見る。

 だが、彼に向けられる四季の視線は、真剣そのもの。


 ふざけている訳でも、面白がっている訳でもない。

 至って真面目に聞いていた。


 累は眉を顰めながら、周りを見回した。

 大した武器を持っている奴はいない。


 だが、そんなこと言っている場合ではないのは後ろから迫ってきている骸の様子を見てわかる。


「――――はぁぁぁぁぁああああ。まったく――面白いじゃねぇか」


「え?」


 無茶ぶりを言っているのを自覚していた四季は、累が笑ったことに驚いた。


「最初は、何を言ってんだこの女と思っていたが」


「えぇ……」


「それはそれで、命をかけた戦いが出来るし、いいわ。それに、こっちの世界だと武器の調達は考えなくていいし、表の世界のように周りを気にしなくていい。楽しい殺し合いが出来そうだな」


 振り返り、その場に止まる。

 四季も、累の一歩後ろで止まり、振り返った。


 骸は、また大きな武器を宙に浮かべ走り、追いかけてきていた。

 止まった二人を確認すると、骸も足を緩め二人へと近づく。


「ほう、逃げるのは諦めたのかい?」


「別に、諦めたわけじゃねぇよ。ただ、命の懸けた戦いをしたいと思っただけだ」


「おやぁ? おかしいですねぇ。貴方は影刀を出して戦うのが普通で、素手では戦わないのでは? 今は影刀は出せないよねぇ? どうするんだい?」


 骸がコテンと首を傾げ、累を見る。

 クグツがいないことを見るに、力はまだ戻っていないのは骸にもわかっていた。


 何を言っているんだと思ったが、一人だけこの状況を打破できる人物を思い出し、骸はニヤリと笑った。


「もしかして、こちらに逃げたのは、導という男に期待しているのかい?」


「導? あぁ、そう言えば最近見てないな。どこ行ったんだ?」


 累はわざとらしく首を傾げ、問いかけた。


「どこに行ったかはわからないけれど、これは私が持っているので、困ってはいるんじゃないかなぁ?」


 言いながら懐に手を伸ばす。


「っ!」


「そ、それって、導さんの……」


 骸の手には、導がいつも顔に付けている鬼のお面が握られていた。

 しかも、血がついており、何があったのか安易に予想が出来る。


「へぇ、導に会ったんだな。何をしていたんだ?」


「普通に話をしたいなぁと思っていたんだけれどねぇ〜。あっちの殺気が痛くて痛くて……悲しかったよぉ〜。でも、時間も持て余していたし、少しだけ相手をしていたのさ」


「お相手って?」


「それはもう、これを見ればわかるんじゃないかい?」


 言いながら手に持っていた鬼のお面から手を離す。

 地面に落ち、お面はバキンと音を立て二つに割れてしまった。


「おやおや~、割れてしまった。少し痛めつけ過ぎてしまったかなぁ」


 黒い髪をガシガシと掻いて、困ったようにしゃがみお面を拾い上げる。


「まぁ、こんなボロイお面、割れても仕方がないかぁ――おやぁ?」


 骸がしゃがんだ直後、累は音もなく動き出し、地面に落ちていた斧を拾い振り上げていた。

 振り返ると、斧はもう目前。だが、骸は慌てることなく体を捻り、最低減の動きのみで回避した。


 ガキンと音を鳴らし、地面を抉る斧。

 目線だけを上げ、累は黒い瞳を骸に向けた。


「おやぁ? 怒っているのかい? おかしいねぇ。君は、この男を煩わしいと思っていたのではないかい?」


「確かに、煩わしいぞ。めんどくせぇことを思いつくし、何を考えているのかわからんし、色々とうぜぇし」


「なら、今はいなくなったことだし、喜ばしいことではないかい?? なぜ、怒る?」


 本気でわからないのか、骸は首を傾げ累を見る。

 姿勢を正し、累は骸を睨む。


「だが、親っつーもんは、そういうもんだろう。あいつは俺の育ての親だ、いなくなっていいもんじゃねぇんだよ」


 累の言葉に、一番驚いたのは骸ではなく、四季だった。

 驚き言葉を失ったが、それと同時に人を簡単に殺せる累が、導の命を大事にしていることに少しだけ嬉しく思った。


 そんな四季の心情など気づいていない骸は、意外なことを言う累に肩を下げた。


「へぇ、人の命を簡単に奪える君が、そんなこと言うなんて思わなかった。少し、軽蔑したよ」


「勝手に軽蔑してろよ。お前に何を思われていても気持ち悪いだけだ」


 斧を持ち直し、肩に抱える。

 姿勢を低くし、地面を蹴り走り出した。


 急に距離を詰めて来た累に対して驚きつつも、骸は後ろに跳んだ。


 すると、ドカンと大きな音と共に砂埃が舞い上がった。


「ゲホン、ゲホン」


「避けてんじゃねぇよ」


 地面に亀裂を入れた斧は、もう累の力に耐えきれず持ち手部分が折れてしまい、ゴトンと落ちてしまった。


「…………あっ」


「おやおや、なるほど。君ほどの力を持っていると、普通の武器では耐えられないんだねぇ〜。だから、影刀という影で武器をわざわざ作っていたのかい」


 落ちた斧を見つめながら、骸が呟いている。

 そんな彼など気にせず、累は折れた斧の持ち手を落とし、他に武器がないか探す。


 ここは、裏の世界。

 至る所に武器になりそうな鉄パイプや鎌などが落ちている。

 けれど、累の力に耐えられるほどの武器は数少ない。


 その辺に落ちている武器だと、一、二回攻撃してしまうと今回のように壊れてしまう。

 だから、少しでも頑丈で壊れにくい武器が累には必要となっていた。


 そんなことなど知らなかった四季は、驚き顔を青くする。


「まさか、通常の武器が使えないなんて……」


 そんな四季の呟きは、誰にも届かない。

 累が周りに視線を向けていると、骸が立ちあがった。


「少し、人間のような心を持っていて軽蔑してしまったけれど、やはり君の身体は面白い。そんな華奢な体のどこに、そんな力を持っているんだい? どうやって体を動かしているんだい? 魔石はどのように埋め込まれているんだい? 教えてくれよ」


 右手を累へと伸ばすが、すぐに逃げられ空を掴んだ。


「知るかよ、そんなもん」


「そうかい。言葉では説明が出来ないみたいだね。それなら、解剖させてほしいなぁ。体を開けば、筋肉の構造や血液の周り具合。そのほか、色々と隠されている構造がわかるからねぇ~」


「断るに決まってんだろうが、ふざけんな。逆に、お前の身体を開いてやるよ」


 累が言うと、骸は数回瞬きした後に、腹を抱え、大きな声で笑い出した。

 なぜ、そんなに笑っているのかわからず、その態度が不愉快で累の額に血管が浮かぶ。


 近くには、累の力ではすぐに壊れてしまいそうな鉄パイプがあり、拾い上げた。

 掴んだだけで鉄パイプはへこんでしまったが、気にせず思いっきり骸へと投げつけた。


「おっと」


 避けられてしまったが、累はすぐにまた違う鎌や石なども拾い上げ、投げ続ける。


「うるせぇよ、黙れ。不愉快だ」


「おやおや、躍起になってしまったかい? それは無駄だからやめておきなさいな」


「無駄かどうか、もう少し待ってから判断してみろや」


「ん?」


 累が笑みを浮かべていると、どこからともなく人の声が聞こえてきた。

 累の攻撃を避けながら周りを見てみると、この世界の住人が様々な武器を持って走ってきていた。


「おやぁ??」


 流石に事態をすぐに把握できず、骸は汗を流し苦笑いを浮かべる。

 瞬間、四季の存在を思い出し振り返った。


 そこには、祈るように胸元あたりで両手を組み、目を閉じている四季の姿があった。

 それで、すべてを察した。


「ほう、なるほど」


 理解した瞬間、大量の男が骸に向かって武器を振り上げた。

 累はもう投げることはなく、四季の近くへと駆けだした。


 男性の咆哮、武器を叩きつける音。

 地面を踏むたびに砂埃が舞い、骸は避けながらも累から目を離さずに見続けた。


「あの、大丈夫でしょうか。さすがにあの人数は、骸と言う男でも死んでしまうのでは?」


「その方が、俺達にとっては嬉しいんだけどな」


 四季と累が警戒しながら話していると、骸は急に口角を上げた。

 瞬間、嫌な予感が累の頭を駆け回り、四季の腕を掴み骸とは反対側に駆けだした。

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