第31話 「俺との契約が破られるかもしれない」

「今日、友達とお勉強会の予定だったのですが?」


「知らん」


「それに、また両親にもてなしてもらってましたね」


「あっちが勝手にもてなしてくるんだから仕方がないだろ。お前は、人の親切を無下にしろっていうのか?」


 自分の都合の悪い状態になったら一番に無下にしそうな人が何を言っているのだろうと思いつつ、四季は自分の鞄を机に置いた。


「まぁ、いいです。それより、今日はどうしたんですか? また、情報集めますか?」


「いや、もう証拠はいい」


「え?」


 まさかの返答に、四季は目を丸くした。


「今日の深夜、俺との契約が破られるかもしれない」


「え?」


 累の言っている意味がすぐに理解できず、四季は素っ頓狂な声を出してしまった。


「破られるって、果たされるの言い換え、ですか?」


「んなわけあるか。行くぞ」


「え?」


 累がまたしても窓から出て行こうとしたが、それを急いで止めた。

 せめて、玄関から出て行ってと言われ、四季は累を引っ張り玄関から外に出た。


 累の後ろを、四季が静かに歩く。

 今はもう暗い。だから、住宅街なのに静かだった。


 冷たい風が頬を撫で、体が自然と震えてしまう。


「あの、陰影さん。どこに向かっているんですか?」


「依頼人の家だ。無駄に騒ぎにされると俺の立場も巻き込まれかねないからな。さっさと行くぞ」


 累は質問に簡単に答え、歩く速度を速めた。

 四季が「待って!」と言うが立ち止まらず、駆け足になってしまった。


 そんなこともありつつ、一つの一軒家にたどり着き、累はやっと足を止めた。

 四季も息を切らしつつ、足を止める。


「はぁ、はぁ。ま、待ってくださいよ、本当に……」


 膝に手を置き、累の隣で息を整える。

 そんな四季など無視し、累はインターホンを押した。


 だが、反応はない。


「留守?」


「そんなわけはない」


 もう一度累がインターホンを押そうとすると、中から急に女性の甲高い声が聞こえた。


『もうしゃべんしゃないわよ!! この、裏切り者!!!』


 悲鳴にも近い声と共に、何かが割れる音が聞こえてきた。

 流石にまずいと察した累が舌打ちを零しながら、目を赤くし影刀を作り出した。


 迷いなくドアを斬り、中へと突入した。

 四季は呆然としてしまい、一歩遅れる。


「――――はっ」


 すぐに気を取り直し、おそるおそる中を覗き込む。


「これって、不法侵入にならないよね……?」


 今更ながら周りを見て、人がいないかを確認する。

 だが、不自然なほどに誰もいない。


 不思議に思いながらも、四季は累の後を追うようにリビングへと続く廊下を歩いた。


 中からは、女性のかなぎり声と、男性の叫び声が聞こえる。

 声の主は、まぎれもなく優菜と静稀だ。


 怖がりながらリビングへと近づくと、何故か急に声が聞こえなくなった。


「ど、どうしたんだろう」


 何が起きたのかわからないまま、半開きになっているリビングのドアをゆっくりと開いた。


 キィとドアから音が鳴る。

 中を覗き込むと、そこにはクグツの髪で身動きが取れなくなっている優菜と静稀の姿。あとは、壁側で二人の様子を観察している累の姿があった。


 黒い髪の毛は、壁を這い二人を捉えている。

 そんな二人の中心には、クグツが髪を広げ浮かんでいた。


「どうして邪魔をするの!! 貴方は私の味方じゃないの!?」


「おい!! 誰だこの男!! お前も浮気していたんじゃねぇかよ!!」


 もう、収拾がつかない。

 お互いがお互いの会話を聞いていない。

 累は耳を塞ぎ、クグツは不機嫌そうな雰囲気を醸し出している。


 四季は、ただ出入り口で唖然としているしか出来ない。


 今も、動けない。

 ただ罵声を聞き続けるだけ。


 胸糞が悪い、吐き気がしそう。

 頭が痛くなる、眩暈が起きる。


 以前までは愛し合っていたはずなのに。

 好き合っていたはずなのに、今ではお互いを罵り合っている二人。


 こんなにも、醜くなれるんだ。

 こんなにも、相手を陥れられるんだ。

 こんなにも、人間は、醜態をさらせるんだ。


 吐き気がするし、気持ち悪い。

 それなのに、なぜか四季の口角は上がっていた。


 胃から何かがせり上がる感覚があり、体も震えて仕方がない。

 それなのに四季は、笑っていた。


 そんな彼女を見て累は驚きつつも、愉快だと言うように笑った。


「――――厄介ごとを引き寄せる。自分もまた、厄介ごとになっていく」


 罵詈雑言に紛れ、累は呟いた。


『ルイ、モウソロソロツカレタ』


「おっと、それもそうだな」


 累が動き出そうとしたとき、聞き逃せない言葉が優菜から飛び出した。


「何を勘違いしているのか知らないけど、私はあんたみたいに醜い生き物じゃないのよ。浮気なんてするわけないでしょ!」


「なんだと!!」


「この人は私の復讐を――……」


 ――――ザクッ


 優菜が叫んだ瞬間、血しぶきが舞った。

 数秒後にゴトッと音が鳴ると、床には優菜の首が転がった。


 何が起きているのかわからず、静稀は唖然。

 赤く染まる床と、瞳孔が開いている優菜の頭を見るしか出来ない。


「あーあ、俺との契約、果たすだけで死なずに済んだのに。まぁ、いいけど。面白いもんが覚醒したみたいだしな」


 累の視線は、冷や汗を流しながら出入り口に立ち尽くしている四季に注がれた。


「はぁ、はぁ……」


 息が荒く、苦しそうに顔を俯かせている。

 体が震え、立っていられなくなったのか膝をついた。


「おい、何をして――……」


 呆れたように累が四季を呼ぼうとすると、体ではなく肩を震わせていることに気づいた。


「おい?」


「ふふふ、あはっ!!! あははははははははは!!!」


 急に顔を上げたかと思うと、笑い出した。

 そんな彼女を累は、気色の悪いものを見るかのような目を浮かべ見続けた。


「ちょっと!! 何ですかその顔!! 目!」


「いや、なんか、悪いな。俺が色んな所に引きずり回してしまったから、お前の人格が変わっちまったみたいで……」


「それはそうかもしれません」


「おい」


 四季は急に笑い出したが、累の言葉に冷静となった。

 だが、静稀からの異端なものを見る目に耐えられず、ゴホンと咳払いをした。


「え、えぇっと。それより、なんで殺したんですか?」


「違反したから」


「違反していましたか?」


「俺の事を外部に漏らすのは違反だ。お前にも伝えただろうが」


「あー」


 累のことは絶対に漏らしてはいけない。

 それを破ってしまえば、依頼人であれど殺される。


 優菜は頭に血が上っていたのもあり、浮気ではないと言い訳をしようとしたら、累との契約が破られた。

 あまりに滑稽で、四季は思わず笑ってしまった。



「それで、規約違反をした人を殺してしまった場合は、どうするんですか?」


「普通に復讐はやり遂げるぞ。俺は別に、誰かのためにこんなことをしているわけじゃねぇ。俺のためにやってんだよ」


「お金の為ですか?」


「それもある。だが、それだけじゃねぇよ。金稼ぎと言っても、何か楽しい事がねぇと続けられねぇものだろう?」


 振り返りながら言う累を見て、四季は何を言いたいのかすぐにわかり、またいても口角が上がる。


「確かに、そうですね」


 クスクスと笑う。

 この状況で笑っている二人を見て、静稀は恐怖の表情を浮かべた。


 逃げようと体をよじるが、クグツの髪が絡みつき逃げられない。

 そうこうしているうちに、累が目の前まで来てしまった。


 恐怖で体が震え、失禁する。

 それでも、累は止まらず手を伸ばし、静稀の頭を掴んだ。


「グッ!」


 無理やり首の角度を変えたため、骨が変な音を鳴らす。

 痛みで涙を流し、恐怖で顔を青くする。


「これより、復讐代行者の仕事を遂行しまーす」


「ふ、復讐代行者? 遂行? な、何をするつもりだよ!!」


「殺すつもりだよ」


「え……?」


 ――――ザシュッ


 静城が理解する前に血しぶきが舞い、優菜の時と同じように頭が飛んだ。

 数秒後には、床にドサッと落ちる。


 先程までは白く、綺麗だった部屋が血でべったりとなり、赤い部屋が作られた。


「お疲れ様です」


「お前、慣れ過ぎじゃないか? 最初は倒れ込んでいたくせに」


 四季は最初、裏の世界で様々な光景を目にした。

 そのため、頭の収集が追いつかず倒れている。


 だが今は、今までにないほど悲惨な光景が広がっているのに、普通にしている。

 顔が青いわけでもなければ、体が震えている訳でもない。


「なんか、大丈夫になりました。経験は人を強くします」


「覚醒したな。まぁ、そっちの方が俺としては都合がいい」


 累は、笑みを浮かべながら周りを見る。

 赤く染まった惨状にため息を吐きながらも、頭をガシガシと掻き部屋を後にする。


 四季も、「待ってくださいよ〜」と、追いかけた。


 部屋を出ると、もう深夜。

 星空が広がり、月明かりが住宅街を照らしていた。


「先ほどの部屋は、あのままで大丈夫なんですか?」


「今までなら大丈夫と言いきれていたが、導の動きがわからんから大丈夫じゃないかもしれないな」


「え? まさか、特定される可能性があるってことですか!?」


「お前、どこか触ったか?」


「え? えぇっと、ドアを開ける時にドアノブを……」


「あー。それならクグツが壁を張っていた髪で指紋を拭い取ったから大丈夫か」


 累は土足で部屋に入ったのと、影刀で殺したため一切証拠を残していない。

 四季の痕跡さえどうにかすれば特定されることはない。


「なら、最悪俺達は見つからない。特定されたとしても、殺せばいい」


「本当に、最後は殺しだけなんですね」


「それが俺の生き方だ」


 累が言った瞬間、辺りが急に暗くなる。

 月明かりと街灯が、何かによって遮られてしまった。


 瞬間、累の漆黒の瞳が赤く染まる。

 何も見えない空間に影刀を振り上げる。だが、何故か真っ二つに折れてしまった。


 同時に、響き渡るのは誰かの笑い声。

 累はすぐに四季を抱え走り出した。


「な、なにがあったんですか!?」


「知らん!! ひとまず、殺すにもまず場所とタイミングがわるっ――――」


 上から濃い影が降り注ぎ、何かが叩き落された。

 累が前に跳び回避したため、二人は無事。


 後ろを振り向くと、そこには黒髪を靡かせ、白衣を翻し地面へとハンマーを叩きつける一人の青年が、累を見据え立っていた。


「お前……」


「今が一番、絶好のチャンスだと思ったんだけど、駄目みたいだねぇ~」


 笑みを浮かべながら累を見ている白衣の男は、骸。

 ハンマーを肩に抱え、カツンカツンと、二人に近付く。


「これは、まずいな……」


「どうしてですか? 陰影んさんなら普通に殺せるんじゃないんですか?」


「…………今は、無理だ」


 何故か累は、冷や汗を流しながら骸を見ていた。


「な、なんでですか?」


 四季が怖がりながら聞くが、累は舌打ちを零すだけで何も言わない。

 その代わりに、骸が答えた。


「教えてあげよう。陰影累君の力も、無限ではないのさ!」


「え?」


「それに、その力の源になっているのは、君の左胸にはめられている魔石と、その、弱っている日本人形だろう??」


「魔石?? それに、クグツ、ちゃん?」


 四季から注がれる視線に、累はチッと舌打ちを零す。

 それと同時に、右手をポケットに入れた。


「そこまで弱っていたら、私から逃げるのは不可能だろう!!」


 クグツは今、さっきの復讐代行で力を使い過ぎて弱っていた。

 髪を操るのも、累の影操作も今は難しい状態だ。


 髪も影も、体力と霊力が無ければ自由に操作が出来ない。


 霊力は、累の胸に嵌められている魔石に、導が送っている。

 けど、体力だけは累自身の問題だ。


 今回の疲労は、通常であれば一晩休めばどうにかなるレベルだ。

 だが、回復するまで骸が待ってくれるはずもない。


 今はただ、振り下ろされるハンマーから逃げるしか、累達にはできない。

 地面が抉れ、壁は壊れ、街が崩壊していく。


「な、なにか。私に、何かできませんか!?」


「お前みたいなただの人間にできることなんてあるもんかよ!」


 累の言う通り、四季には戦闘に使える力はない。

 ただ抱えられて、累の足手まといになるだけ。


 せめて、迷惑をかけないようにしたい。

 そう思い考えていると、ある事を思いついた。


「陰影さん! 裏の世界に行けませんか!?」


「あぁ!? そんなことをすれば、俺はもう影刀すら握れないぞ!!」


「大丈夫です!! 信じてください!!」


 四季の強い瞳、迷いのない言葉に累は、少し悩みつつも「わかった」と呟いた。


「どうなっても知らねぇからな」


 累は言いながら影刀を地面に突き刺した。

 瞬間、地面に影が広がり、自身と骸を巻き込んだ。


「ほう、面白い」


 何も抵抗することなく、骸も、累達も影の中へと入り姿を消した。

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