第30話 『どこも寄らずに家に帰れ』

「導、いないのか?」


 累は、裏の世界に来て導の名前を呼んだ。

 いつもは、名前を呼んだ瞬間に導が現れていたのだが、誰も現れない。


 こういう時は、導が表の世界に行っている時のみの現象だ。

 累は浅く息を吐き、クグツと共に歩く。


 行先は、森。

 カサカサと草木を踏みしめながら歩くと、立っている木の近くで足を止めた。


「――――裏の世界でも襲われなくなったし、表の世界ではめんどくさいもんに目を付けられるし。しかも、なぁんか、いやな予感がするんだよなぁ、あの印……」


『イヤナヨカン?』


「ああ。早くあの印をどうにかしないと、危険な気がする」


『ルイノチョッカンハアタル、イソイダホウガイイ』


「んー」


 急いだ方がいいと言われても、何をすればいいのかわからない。

 ひとまず、導がいないのであれば裏の世界にいても意味は無い。


 今すぐに表に戻って、依頼を遂行することにした。


「クグツ、表の世界に戻るぞ」


『ワカッタ』


 すぐに影を踏み、表の世界まで移動した。


 出てきたのは、どこかの路地裏。

 飛ぶように出てきて、着地。周りを見て誰にも見られていないことを確認すると、すぐに歩き出した。


 クグツは、すぐに姿を消した。

 累は一人で、表通りに出る。


 今は、夕暮れ。

 辺りがオレンジ色に輝き、眩しい。


 累も思わず目を細め、夕暮れを見た。

 すると、視界の端に見覚えのある人物が映り、振り向いた。


「――――何をする気だ?」


 そこには、今回の依頼人である優菜が、フラフラな足取りで歩いていた。


 どこか普通ではない様子に、累は思わずついて行く。

 道中、どこにもよらずに真っすぐ目的の場所に進んでいた。


 住宅街に入ったため、知り合いでもいるのかとも思ったが、どこにもよらずに真っすぐ進み住宅街を出る。


 その奥にあるのは、以前事故があったショッピングモールであることを累は思い出し、眉をひそめた。


「…………ここは、なにか思い出の場所なのか?」


 よくわからないまま累も中へと入り、普通の客として振舞いながら優菜を追いかけた。

 一直線に向かった先は、転落事故が起きた場所。


 今は、立ち入り禁止となっており、コーンが置かれていた。

 そのコーンに手を置き、奥を見る優菜の様子は、普通ではない。


 まさか、自殺しようとしているのか?

 そう思うものの、なにかが違うと感じた累はすぐに動き出せるように目を赤くし、影刀を作り出した。


「……乗り越えた」


 コーンで道を塞いでいたがそれを乗り越え、奥へと向かった。

 何をする気だと思っていると、今は動いていないエスカレーターの下を覗いた。


 変な事を考えてもすぐに反応できるように見ていると、優菜は何事もなかったかのように姿勢を戻す。

 すると、またコーンを跨いで戻ってきた。


 累は、気づかれないように柱の影に隠れ、やり過ごした。


「なんだか、空気が怪しいな」


『アノオンナ、ルイトノヤクソクマモルカナ』


 クグツまで姿を現し、優菜を見届ける。

 完全にいなくなったのを確認し、累は柱から出て歩き出した。


「さぁな、知らん。どっちだろうと、約束を果たさなければ殺すだけだ」


『ソウダネ』


 クグツはまたしてもすぐに姿を消し、累は人込みへと姿を消した。


 ※


 四季がお昼ご飯を凛と一緒に食べていると、急にメールが届いた。

 確認すると、文字化けしていたため、誰からなのかがすぐに分かった。


 すぐにその場から離れ、教室から廊下へと出た。

 周りに人がいない階段下まで移動し、やっとメールを確認した。


『どこも寄らずに家に帰れ』


 またしても命令口調で、端的な文章が書かれている。


「…………家の中に入って待っているのだけは、本当に勘弁してほしいんだけど」


 そう返信したくても、このメールはなぜか四季から返信が出来ないようになっている。

 返信しようとすると、文字化けして戻ってきてしまうのだ。


 それを累に確認したことがあるが、彼は「知らん」の一点張りで、四季は諦めるしかなかった。


「はぁ、もう……」


 今日は放課後、少し残って勉強会をしようという話になっていたが、断らなければならなくなってしまった。


 四季は楽しみにしていた分ショックが大きいが、累には逆らえない。

 渋々教室に戻り、今日は早く帰らなくてはならなくなったと凛達に伝えた。

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