第28話 「醜い生き物なんだよねぇ」
「なんだか、楽しそうに浮気調査しているねぇ~」
「そんなことはありません」
「いやいや~、ニヤニヤしていたでしょう~」
「気のせいです」
骸に突っ込まれながらも冷静に静稀達について行く。
すると、ショッピングモールの奥までやってきた。
もう、お店はない。
休憩用の椅子と、エスカレーターしかない場所に辿り着いた。
こんな所で何をするのか、まったく想像できない。
身を隠すところもないため、四季は少し離れた場所の柱にしがみ付き、顔を覗かせた。
数分は、普通に二人が話し合っているように見えていた。
だが、徐々にヒートアップしているらしく、何を言っているのかわからないが女性の甲高い声が聞こえた。
顔を出し、会話を聞き取ろうとするが、さすがにわからない。
言い争っていることしかわからず、もやもやする。
そんな四季の心情を察した骸は、彼女の肩から顔を出し、耳元で囁いた。
「耳をお貸ししましょうか?」
耳がぞわぞわし、叫び出しそうになったのを何とか抑え、振り向いた。
「えっ? ど、どういうこと?」
「言葉のままだよ。耳を貸してあげる」
「そ、そんなの。どうやって……」
「ひっひっ。こうやってだよ」
四季が困惑していると、骸が顔を近づけてきた。
すると、おでこに柔らかい感触を感じた。
その感触で想像できるのは、一つ。
四季はすぐに骸を押し返し、顔を赤くし、おでこを抑えた。
「な、何をするんですか!!!」
「ひっひっひっ、おでこにキスをしただけじゃないかぁ」
「ひどすぎる!!」
骸は、顔を赤くしながらおでこを抑える四季を見て笑いつつ、顎で静稀達を指した。
「怒っている暇は無いんじゃないかい? ほれ、集中すれば聞こえるぞ」
「え? …………はい」
まだまだ文句を言いたかった四季だけれど、これ以上は時間の無駄だと思い諦めた。
すぐに、言われたように耳に集中した。
すると、先ほどまで聞こえなかった二人の言い争いが聞こえてきた。
『どうしてそんなことを言うの!? 意味わかんない!!』
『だから、さっきも言っただろうが! 嫁にばれかけてんだよ!! このまま浮気がばれたら慰謝料請求されるんだぞ!!』
『そんなの、あんたが上手く隠さないのが悪いんでしょ!! というか、私が一番だって言っているくせに、なんで嫁とは離婚しないのよ!!』
『うっせぇな!! もうお前は用済みなんだよ!! いいから今日で別れろよ。最後に、お前の理想のデートをしてやったんだからよ!!』
どうやら、別れ話をしていたらしい。
それにしても、酷い喧嘩だ。
近くに投げる物があればお互いに投げ合っているのではないかと思う程に、醜く、酷い喧嘩をしていた。
四季は、さっきまで聞こえていなかった声が聞こえていることに驚きつつも、このまま別れるのであれば復讐をするまでもないんじゃないか。
そんな迷いが生まれてしまい、いまだに言い争っている二人から目が離せない。
『なんでそんなことを言うのよ!! さっきまで私が一番だって言ってくれていたじゃない!!』
『そう言った方がお前は色々サービスしてくれるからなぁ、だから言ってただけだっつーの。大体、お前は顔と体の相性で選んだんだよ。金なら今の嫁の方が稼いでくれるし、おめぇは俺を満足させるだけの女で良かったんだよ!!』
『はぁ!?』
話を聞いているだけでも、吐き気がする。
こんなドロドロな喧嘩は、小説の世界だけではなく現実でも存在したのかと、驚愕するばかりだ。
胃からせり上がってくる気持ち悪い感覚を押し戻し、吐かないように口を押さえた。
そんな四季の御姿を後ろから見ていた骸は、ニヤニヤと笑いながら口を開いた。
「人間という者は、醜い生き物なんだよねぇ」
「え?」
骸がいつものように「ひっひっひっ」と笑いながら、四季を見下ろした。
「自分の欲のために他人を利用し、興味がなくなればポイッと捨てる。それが、人間でしょう??」
ニヤリと口が歪に歪む。
そんな骸を見て、四季の顔はさらに青くなってしまった。
「まぁ、今はそんなことを言わなくてもいいねぇ。ほら、面白いことになりそうだよ」
「お、おもしろい、こと?」
四季が顔を向けると、いつの間にか取っ組み合いの喧嘩にまで発展していた。
「あ、あぶないんじゃ……」
「でも、私達には何も出来ないんじゃないかい? それとも、君が二人の喧嘩を止めるかい?」
骸に聞かれ、四季は何も答えられない。
すぐに頷けないということは、結局四季も自分がかわいくて仕方がないんだ。
怖い思いをしてまで二人のために動く必要があるのか。
二人のために、四季が動くのに何かメリットがあるのか。
気まずい空気から顔を背けていると、女性の叫び声が辺り一帯に響き渡った。
「な、何がおきたの!?」
声が聞こえた方を見ると、不自然な光景に四季は「へ?」と、素っ頓狂な声を漏らした。
「な、なんで、静稀さんしか、いないの? それに、エスカレーターを覗き込んでいるのは、なんで?」
疑問に思っていると、静稀が周りを見回し始めた。
骸は、すぐに静稀の視界から消えるように四季の腕を掴み、柱に隠れた。
下が騒がしい、何が起きているのかわからない。
四季は、骸に口を押さえられている為、何も出来ない。
困惑し動けないでいると、静稀が頭をガシガシと掻き、何事もなかったかのように歩き出した。
ちょうど、骸が柱の影に隠れたため、二人は見つからずに済んだ。
そのまま静稀は、鼻歌を歌いながら人混みへと姿を消した。
「――やれやれ、罪悪感すら感じなかったなぁ。実に、面白い」
ニヤニヤしながら静稀が消えた方向を見ていると、腕の中に閉じ込めていた四季の身体が震えていることに気づいた。
「おやぁ?」
すぐに解放されると、四季は体から力が抜けその場にしゃがみ込んでしまった。
「はぁ…………。い、今のって……」
「横目で見ていたが、男が勢いのままに女性を下の階に落としたな」
「そ、そんな。まさか、し、しんで……」
「さぁな。頭から落ちていたように見えたから、奇跡が起きない限りは死んでいるだろう。それか、重度な後遺症が残っているかだな。何にしろ、無事ではないだろう」
冷静にそんなことを言う骸を、信じられないというような目で四季が見上げる。
そんな視線を感じ、骸はゾクゾクと体を震わせ、顔を赤く染めた。
「面白い視線だ。愉快愉快」
骸は四季に手を伸ばし、頬に添える。
「――――そうか、君は人が死ぬ瞬間を見ると、そんな顔を浮かべるのか。なら、もっと絶望させるには、もっともっと、人が死ぬところを見せればいいのかい?」
何を言っているんだ。
そんなことを思っているが、喉が締まって声が出ない。
撫でられている頬が気持ち悪い、蛇のように絡みつく視線が気持ち悪い。
逃げたいのに、この手を払いのけたいのに、体が蛇に縛られているかのように動かない。
骸の手が、頬からもっと下に移動しかけた。
「――――おっ」
――――シュッ
瞬間、四季の頭の上を、黒い刀が横一線に横切った。
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