第26話 「人間ではぁ、ありませんねぇ~」

 電柱が二本、人間ではありえない力でへし折られているニュースでいっぱいの朝。

 四季は、他人事のように学校の準備をしていた。


 そんなニュースを聞いていた母は、不安そうに眉を顰める。


「何があったのかしらぁ」


「さぁ」


 母の言葉に、四季はチラッとニュースを見た。

 見出しには『天変地異の前触れか!?』などという、ありえないような内容が描かれていた。


 母は不安そうにしているが、四季には思い当たる人物がおり、苦笑い。

 気にすることはやめて、いつものように鞄を持って家を出た。


 外に出て一人で歩いていると、やはり先ほどのニュースが頭を過ぎる。

 一度ため息を吐き、ポケットからスマホを取りだした。


 検索画面を開き、先ほどのニュースを探す。

 人間技ではない、どのように電柱を動かしたのか。そのような見出しのサイトばかり。


「人間技じゃない……」


 もし、累が絡んでいるのであれば、人間技ではないのはうなずける。

 ここで悩んでも仕方がないし、どっちだろうと四季にとってはどうでも良かった。


 ニュースも気になるが、それより昨日の監禁話の方が四季の頭を埋める。

 残されていた痣が浮かぶ。


 一人でいると、昨日の出来事が蘇り恐怖が襲ってくる。

 自身の震える体を自らの腕で抱きとめた。


 すると、後ろから自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「おはよう、神崎さん!」


「っ、あ。お、おはよう」


 後ろから声をかけてくれたのは、今では一番の友達である神楽坂凛だった。


「どうしたの? 震えているけど。もしかして、寒い?」


 四季が自分の身体を擦っていたから、凛は寒いのかと勘違いしていた。

 そんな彼女に四季は、慌てて弁解する。


「な、何でもないよ」


「そう? それならよかった。何かあったら言ってね、出来ることは限られてしまうけど、何かはやるから!」


 その、曖昧だけれど、何故か心強い言葉に四季は笑った。


「ありがとう。私も、何かあればできることは少ないけど、なにかはするよ。だから、言ってね?」


「うん!」


 二人は笑いながら学校へと向かう。

 途中、他の友達とも合流して、四季の頭からは昨日の出来事が消えた。


 ※


「…………ん」


 累は、ぼろぼろの部屋で目を覚ました。


『ッ、ルイ。ダイジョウブ?』


 ずっと累が目を覚ますのを待っていたクグツは、累の声が聞こえて顔を覗き込んだ。

 すぐにムクリと体を起こし、累は眠気目で周りを見た。


「…………裏の世界か」


『ソウダヨ』


 まだ眠たい目を擦り、累は伸びをする。

 体に痛みはない。すぐに立ち上がり、首を鳴らしながら外に繋がる扉を開いた。


「あー、ここか」


 いつもの、寂れた場所。

 ボロボロの家が立ち並び、今にも死にそうな親子や今にも喧嘩をふっかけてきそうな男どもの集まる場所。


 累にとっては、身近すぎて逆に落ち着く場所となっていた。

 外を見回し、誰かを探すそぶりを見せる。


 だが、目的は見つけられなかったようで、いらだつように舌打ちをした。


「――――おい、導。聞こえてんだろ、来いや」


 何もない空間に呼びかけると、どこからともなく導が風と共に姿を現した。


「目を覚ましたみたいで何よりですよぉ~」


「何があった」


「挨拶もなしですかぁ~。ではぁ、まず中に入り直しましょぉ~」


 導に肩を押され、部屋の中に戻される。

 不服ながらも、累は不貞腐れながら元の位置へと腰を下ろした。


 導も累の前に正座をし、クグツは胡坐をかいている累の膝の上に座った。


「不機嫌なところを見るとぉ~、昨日の出来事はぁ~、覚えているみたいですねぇ~」


「あんなもん、忘れられるわけねぇだろうが」


「一応、催眠をかけたんですけどねぇ~。まぁ~、累には効かないと思っていたのでぇ~、大丈夫です~」


 導は背筋を伸ばし、累を見た。

 空気が固くなる。


 累もつられるように真面目な表情へと切り替えた。


「あの男ぉ~。こちらで調べてみたのですがぁ~、情報が一切遮断されているらしくぅ~、なにもわかりませんでしたぁ~」


「導でもわからないのか?」


「そうですねぇ~。ですがぁ、名前だけは判明しましたよぉ~」


「名前?」


 片眉を上げて、累は聞き返した。


「名前はぁ~、むくろ。人間ではぁ、ありませんねぇ~」


「人間ではないだろうな。お前と同じ土俵なんじゃねぇの?」


「それは勘弁していただきたいですねぇ~。もし~、私と同じ土俵に立っていたのであればぁ~、表の世界は崩壊してしまうかもしれませんよぉ~」


 当たり前のように自分は世界を崩壊できるんだよと言い切っている導に、累は苦笑いを浮かべた。


「けどぉ、あながち間違っていないような気がするんですよねぇ~」


「そうなのか?」


「一切の情報を遮断されているとはいえ~、感覚的な何かは感じているんですよぉ~。身近な何かをぉ~、感じるんですよぉ~」


 うーんと、唸り、空を見る。


「…………過去の記憶に~、なにかあるような気がするんですよねぇ~」


「どうしても思い出せないのか?」


「思い出そうとしているのですが~、なかなかに思い出せませんねぇ~」


 腕を組み、眉間に深い皺を寄せる。

 頑張って思い出そうとしているが、やはり無理らしい。


「…………まぁ、そこは今はいいわ。それと、あいつが俺に目を付けたのはわかったし、今後どうすんだよ。俺、これを抜き取られると生きていけないんだけど」


 言いながら、累は自身の左胸を指した。


「そうなんですよねぇ~。累の身体に埋め込んだ魔石はぁ~、貴方の力の源ぉ~。それが無ければぁ~、貴方はクグツとの繋がりもなくなりぃ~、ただの人間に戻るぅ~。もしかしたら、代償としてぇ~、すぐにポックリと逝ってしまうかもしれないんですよねぇ~」


「怖いこと言うんじゃねぇよ……」


「事実ですからぁ~」


 わかってはいるが、それでも言葉にされると怖く、累の顔は真っ青になる。


「たくっ。人の命は簡単に奪えるが、自分の命が奪われるのはごめんだっつーの」


「累の方が酷い事を言っている気がしますねぇ~」


「そんなことはねぇよ。人間なんて、大体そんなもんだろ」


「累がそう思うのは、仕方がありませんねぇ~。何度も親に殺されかけて生きてきたのですからぁ~」


 累は、元々は普通の生活をしていた。

 親とは仲が良く、平凡な生活をしていた。


 けれど、父の会社が倒産したことで、その生活が狂ってしまった。

 父は飲んだぐれになり、母は父から受ける暴言などで溜まったストレスを、息子である累にぶつけるようになる。


 累は何度も殴られ、殺されるのではないかという恐怖を毎日毎日感じていた。

 そんなある日、家の奥にはお札が張られている部屋があるのを思い出し、向かう。


 それが、クグツとの出会い。

 お札の部屋には、クグツが封印されており、累は新しい友達と出会えた喜びで一緒に遊んでいた。


 それが、両親にばれてしまった。

 男が人形と、しかも呪われた日本人形で遊ぶなんて気持ち悪い。


 母は、そんな息子の奇行を目の当たりにして、完全に心が壊れてしまった。


 その晩、家に火がつけられた。

 犯人は、母。無理心中を図ったらしい。


 だが、運がいいのか悪いのか、累だけが助けられてしまった。

 そこからは新たな地獄が始まった。


 親戚にたらい回しにされ、腫れ物扱いされ。

 元々心が不安定だった累は、壊れる寸前だった。


 乱れる思考を何とかするため、一人で夜の外に逃げ出した。

 もう、どうでもよかった。どうなってもよかった。


 そんな時に出会ったのは、いつの間にいなくなってしまったクグツと、鬼の面を着けた導だった。


「懐かしいですねぇ~。あの時の累は、人生に失望していたぁ~。あの時は、私にとっても救世主でしたよぉ~。貴方が私の相棒になってくれてぇ~。いえ、息子になってくれて本当にうれしかったですよぉ~」


「ふん。まぁ、お互い様だな。だが、いまはどうでもいい!!」


 床をバンッ!! と叩き、累は話を戻す。


「んで、結局、どうすんだよ、あいつ。さすがに、放置してていいのか?」


 最初に話していた骸の話に戻すと、導はまた難しい顔を浮かべた。


「放置はよくないでしょうねぇ~。また、襲われてしまいますよぉ~? 心臓魔石を取られてしまいますよぉ~?」


「…………普通に戦えるのであれば、問題はないんだけどな。なぜか、体を拘束された」


「そうなんですよねぇ~。そこが、一番のネックなんですよぉ~」


 導は腕を組み、わざとらしく「うーん」と悩む。

 だが、深く考えているようには見えない。


 累は、導の様子を見て舌打ちを漏らし「おい」と呼ぶ。


「何でしょうかぁ~?」


「どうせ、もう解決策なんかは、今話しているうちに思いついてんじゃねぇのか? そんなめんどくせぇ三文芝居やってねぇでさっさと吐けや」


 累に言われ、導は口角を上げた。


「そうですねぇ~。累ならぁ、視覚はいらないかなぁと思いましてぇ~」


 導から視線を感じ、累は顔を青くした。


「何を考えているんだよ」


「累は、戦う時目だけを頼りにしているのですかぁ~??」


「いや、目だけを頼りにしている訳じゃねぇけど……」


「それならぁ、問題ありませんねぇ~。次はぁ、クグツの目を借りて戦ってください~」


 鬼の面でわからないが、ニヤニヤしているのは口調だけでわかる。

 それに苛立ちつつも、累は深呼吸し気持ちを落ち着かせた。


「まぁ、クグツがいるなら問題はない。だが、クグツにも効くだろう。拘束」


「効いても問題はないでしょう~?」


「…………それもそうか」


 クグツが累を見上げる。

 その頭を撫でた。


 その目は優しそうに細められており、今までの累の態度からは考えられない。

 それほどまでにクグツのことは大事にしていた。


「クグツも、累に頼られて喜んでいますねぇ~」


「ふん」


 導にそんなことを言われて、累の表情はすんとなる。

「あらら~」と、導は残念そうに肩を落とした。


「それでは、とりあえず私は~、骸の方を監視しておきますねぇ~。累の方は~、早急に依頼をこなしてください~」


「わかったっつーの」


 めんどくさいと思いながら銀髪をガリガリと掻き、累は立ち上がった。

 クグツも浮かび、累の横を飛んだ。


「んじゃ、俺は行く」


「わかりましたよぉ~」


 累はそのままボロボロな家を出て、表の世界へと向かった。

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