第24話 「優菜さんの不妊です」
四季は後日、累に言われた通りの時間に、言われたカフェへと出向いた。
今日は土曜日。学校が休みの時を指定できてよかったと胸を撫でおろす。
スマホで時間を確認すると、14時50分。
待ち合わせは15時なので、少し早くに着いた。
店の中に入るとお互い初対面なため、見つけられないかもしれない。
そう思い、四季は店の前で待つことにした。
事前に累から渡されていた、福島優菜の情報が書かれている資料を読み込み、時間を潰す。
今も、緊張している為、読んでいるようで頭の中に内容が入らない。
それでも、何度も何度も家で読み直している為、問題はないはず。
そう自分に言い聞かせ、深呼吸した。
「陰影さんは、事情を話しているとは言っていたけど……」
こんな、プライベートな話を進めるには、話術が必要だろう。
そう思っているとふと、累の行動と言動を思い出した。
あの人に、話術なんて持ち合わせているわけがない。
そう思った四季は、なんとなく肩の力が抜けた。
「まぁ、どうにかするしかないか」
深呼吸して、時間になるのを、資料を眺めながら待っている。
すると、時間ぴったりに声をかけられた。
「こんにちは、神崎さんですか?」
「は、はい!」
いきなり声をかけられ、思わず声が裏返ってしまった。
振り返るとそこには、女優と錯覚してしまうほどの美人が立っており、四季は目を丸くしてしまった。
「初めまして、私は福島優菜と言います。貴方が、陰影さんの言っていた助手さんですか?」
「は、はい。あの、今日はよろしくお願いします!」
明るい茶髪を内巻きカールにしている女性。
スーツを身に着け、肩にはビジネスバッグをかけていた。
仕事が出来る綺麗な上司、そんなイメージの女性だ。
こんなに綺麗で、凛々しい女性に四季は今まで会ったことがないため、緊張してしまう。
顔を赤くしながらも、挨拶はしなければならないと思い、腰を90度に曲げ挨拶をした。
その様子がおかしかったのか、優菜はクスクスと笑う。
「では、中に入りましょうか。個室を予約しているの」
「え、福島さんが予約したんですか?」
「そうよ。なんか、前金がどうと言われたわ」
お店のドアを開けながら遠い目を浮かべる優菜を見て、四季は全てを察した。
累は、誰が相手だろうと、変わらない。
年上だろうと、誰だろうと。
累の性格は、四季と接している時となにも変わらない。
「なんか、すいません」
「大丈夫よ」
大人の余裕。
こんな大人になりたいと四季が思っていると、店員が来て席に案内された。
個室に案内され、四季は席に着くように言われたから言葉に甘え、座る。
向かいに優菜も座り、メニュー表を開いた。
「好きなのを選んでちょうだい。私が出すわ」
「え、でも、それは申し訳ないですよ」
「今回は、私が依頼した側よ。依頼金と思ってちょうだい」
優菜の立ち居振る舞いに、四季は感動していた。
それと同時に、困惑もしていた。
こんなに余裕のある大人が、人を殺したいと思う程に恨みを抱えているなんて思えなかった。
それほどまでに、恋というものは人を狂わせてしまうのか。
そう思いながら、四季はカフェオレを頼み、優菜は珈琲を頼んだ。
それから数分後に、二人の飲み物が届きお互い気持ちを整理させるように一口飲んだ。
「――――それにしても、思っていたよりかわいい子が来て安心したわ」
「っ、え?」
こんなに綺麗な人に可愛いと言われ、四季は思わず頬を染める。
「だって、陰影さんって、少し変わっているでしょう?」
「あ、あはは……」
”少し”と言っている部分に、優菜の優しさが現れていると、四季は一人で感動していた。
「だから、どんな子が来るのか少し緊張していたけれど。安心したわ」
「い、いえ。そんな……」
「それに陰影さんは、人の話を聞かない下僕だから用心するようにと言っていたから、流石に驚いたわ」
「くそが……」と、四季は優菜に見えないところで拳を握り、怒りを抑える。
「ところで、今回は陰影さんに伝えたお話を言えばいいのかしら」
「あっ、はい。その話に加え、もう少し詳細を話していただくかもしれませんが、それで大丈夫でしょうか?」
「構わないわ。私は、どんな手を使ってでも復讐をやり遂げたいの。そのためには、手段は選ばない」
――――ゾクッ
今の優菜の視線に、四季の身体が震えた。
その目に込められているのは、復讐に燃え上がる炎。
それと同時に、どこか諦めているような瞳。
その瞳を、四季は知っていた。
「では、お話しさせていただきますね。できるだけ詳しく。そこで何かご質問があれば、教えてください、お答えします」
「よ、よろしくお願いします」
ここから優菜は、今までの生活と、浮気に気づいた経緯。そして、復讐劇に至るまでの道を教えてくれた。
※
「ほう、話は聞けたらしいな」
「は、はい……」
優菜の話を聞き、四季は気持ちがずーんと沈んでいた。
思っていた以上に残酷で、子供の四季からしたら胸が締め付けられるような話だった。
今は、公園で待ち合わせをした累と共に、裏の世界を歩いていた。
三回目だろうと、周りには今にも死にそうな親子や、鎌や斧を持ち構えている人達がいるため怖い。
だが、四季の気持ちはそれどころではない。
優菜からの話が頭の中を反すうしており、気持ちが落ち込むばかりだ。
そんな彼女を無視し、累は森の中へと向かった。
「とりあえず、ここで話すか」
「…………ここって」
また、以前の居酒屋にでも連れていかれると思っていたが、今二人がいるのは緑に囲まれた森の中。
こんな所で話をするの? と思いつつ、四季は累を見た。
「ここは敵に狙われる心配はないんだよ。ここの奴らはなぜか、この森を嫌がるからな。それに、余計なことにお前がつられないでも済む」
最後の言葉に、四季はポカンとする。
すぐに累の言葉を理解できなかったが、繁華街での出来事を思い出し顔を赤くした。
「すいませんでしたね!! 余計なことにつられてしまって!!」
「わかったんならいいわ。んじゃ、話せ」
「…………わかりました」
木に背中を預けた累に、四季はむかつきながらもスマホを取りだした。
流石に、今日聞いた話をすべて頭の中に入れるのは難しかったため、スマホのメモアプリを使っていた。
「えぇっと、まず。優菜さんは今、二十九歳。結婚歴は五年だそうです」
「ほう」
「最初の三年は、お互いに良い家庭を築いていたみたいです。ですが、ある事が発端で徐々にぎくしゃくしていったらしいです」
累は相づちを打ちつつ、話を促した。
「その、ある事。それは、優菜さんの不妊です」
「ほーう?」
「お二人が早くに結婚した理由の一つが、子供が欲しかった。でも、優菜さんは不妊だった。それからだそうです、旦那さんである静稀さんが家に帰らなくなったのが」
スマホの画面をスクロールしながら、四季は話を続けた。
「最初は、仕事が忙しいと言う言葉を信じていましたが、徐々に怪しむようになった。ですが、まだ調査などはせずにいて、信じ続けていたらしいです」
「そこで、偶然浮気現場を見つけた、ねぇ……」
累は話を聞きながら、空を見上げた。
「不妊に関しては、聞いてねぇなぁ」
「やはり、男性には話しにくかったんじゃないでしょうか」
「まぁ、そうだろうな。ここで情報として聞けたからいいけど。んで、他にはなにか情報はないのか?」
「これ以上は……」
「あんだろ、話せ」
「…………深呼吸してからで」
四季は、大きく深呼吸をした。
話そうとすると、心臓がバクバクと音を鳴らし、頭がぐるぐるになってしまう。
それでも、出来る限りメモをした。
それを見て、震えながらも四季は累に伝えた。
「浮気現場を見て、問い詰めた後、家に帰った静稀さんは、優菜さんを部屋に監禁したらしいです」
「…………はぁ?」
累は、思ってもいなかった情報に片眉を上げた。
「私も、信じられないと思ったのですが、スーツで隠していた腕には、今も痣が残っていました。それだけではなく、足首にもなにかで縛られていたであろう跡も残されていて……」
思い出しただけでも痛々しく、体が震える。
優菜は、監禁されていた時、どんな気持ちだったのか。どれだけ怖かったのか。
想像すら、できやしない。
「なんで、監禁されたんだ?」
「静稀さんが優菜さんを離したくなかったらしいです」
「ほーん、めんどくせぇ独占力といったところか」
そういう累だが、どこか納得できていないように眉をひそめる。
「……なぁ、なんでそんなに顔を青くしてんだ?」
「だ、だって、人が人を本当に監禁するなんて思えなくて……。それに、あんなに酷い痣まで付けて……。愛していたはずなのに……」
思い出しただけでも身震いしてしまう程の痛々しさ。
アニメやドラマだけではない、現実。
四季は、思考と気持ちが追い付かずに顔を俯かせる。
「まぁ、その話が本当だったら、人間じゃないよなぁ~」
「……え、本当だったら?」
その言い方だと、まるで優菜が嘘を言っているように聞こえてしまう。
けれど、四季はこの目で見ていた。痣や、拘束されていた跡。
あれが偽物だとは、到底思えなかった。
「今は何とも言えねぇ。だが、調べるもんはわかった」
「調べるもん?」
「ここからは俺の仕事だ。だが、お前にも付き合ってもらうぞ」
「…………明日から、普通に平日なんですけど」
「知らん」
「学校には行きますからね!!」
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