第22話 「ありがとうございます」

 人気のない建物の裏の影がぐにゃりと歪に動き出す。

 その影が膨らみ出したかと思うと、飛び出すように四季と累が現れた。


「また、来てしまった」


「必ず守ってやるから安心しろ」


 彼のセリフは、今の状況ではすごく頼もしく感じるが、累の適当な態度に不安も覚える。

 それと同時に、もっとときめく場面で言ってほしかったと心から思った。


 だが、そんなことを思っていても状況は変わらない。

 四季は覚悟を決めて、手を伸ばした。


 ここでは、どれだけ累から離れずに行動できるかが肝心となる。

 少しでも離れてしまえば、この世界に殺されてしまう。


「…………だからと言って、くっつくな!! 動きにくい!!」


「だって、怖いんですよぉ~」


「くっつかれるとすぐに反応が出来ないから、その方が危険だぞ」


「……はい」


 累の言葉も納得できるので、四季は渋々累の腕を離した。

 今は、歩きながら周りを見回しても誰もいない。


 表へと行く細道を歩いているから、死角から襲われることもないだろう。

 だが、この細道を出た瞬間、殺伐とした世界が広がっている。


 そう思うと、四季は体が震え歩くスピードが遅くなる。

 そんな彼女の様子に、累は深い溜息を吐き「クグツ」と、日本人形であるクグツを呼び出した。


『ドウシタノ、ルイ』


「女の近くに居ろ」


『わかった』


 累の言葉に素直に従い、クグツは歩みの遅い四季の隣へと移動した。

 最初は肩を上げ驚いていた四季だったが、クグツが何もしてこないことがわかり、むしろ安心した。


 クグツは、累と同じで強い。

 近くにいれば、守ってもらえる。


 そう思い、四季の身体に入っていた力が少しだけ抜けた。


「早く行くぞ、こんなじめじめしたところ、少しでも早く抜け出したい」


「裏の世界自体がじめじめしていません?」


「じめじめはしてねぇよ。殺伐とはしているがな」


「…………確かに」


 これ以上は何も言えない四季は、黙って累の後ろをついて行く。

 すると、大きな道にたどり着いた。


 襲われるかもしれない。そう思い、四季は目を閉じ大きな道へと抜けた。

 だが、以前のように襲ってくる人はいない。

 それどころか、人の賑やかな声まで聞こえてきて、思わず目を開けた。


「――――え、ここって?」


 目の前に広がるのは、表の世界のような繁華街だ。


 沢山の人が行き交い、賑やか。

 こんな所で殺人が行われているのかと、疑ってしまう。


「ここは、裏の世界でも安全な場所だ」


「安全な、場所?」


「この場所だけは、裏の世界だろうと殺人は禁止されている。喧嘩などは構わないから、巻き込まれるんじゃねぇぞ」


 累はそう説明しながら歩き出す。

 四季は、周りを警戒しながらも歩き、累について行く。


 前に来た時は、廃村だったため人はいなく、今にも死んでしまいそうな人や襲い掛かってくる人しかいなかった。


 今いる場所は、繁華街と呼ばれるだけあって賑やか。

 暗かったお店が明るくなり、飲食店から店員さんが顔を出す。


 賑やかな世界に、光が灯る。

 昼では見れない光に、四季は思わず笑みを浮かべた。


 だが、さすが繁華街。夕暮れ時の今でもお酒を楽しむ人達や、男性を惑わしに来ているんじゃないかと思う女性が周りを歩いていることに困惑してしまう。


 目のやり場にも困ってしまい、派手な女性の近くを通る時は目を伏せてしまう。

 それでも、まだ見ぬ世界に心が躍り、累から離れないように気を付けながら繁華街を楽しんでいた。


「陰影さん、裏の世界にもこんな所があるんですね」


「まぁな。導が作り出した世界だし、あいつが欲しいと思った場所は大抵作ってんだろう」


 累が適当に言うと、突然遠くから悲鳴が聞こえた。


「な、なに!?」


「ただの喧嘩だ、ほっとけ」


「い、いいのですか?」


「逆に、お前が行って何できる。止められんのか?」


 そんなことを聞かれてしまえば、四季は首を横に振るしか出来ない。

 だが、悲鳴はまだ続いている。どうなっているのか、気になって仕方がない。


「んじゃ、ひとまずどこかの店に入るぞ。個室のある店を知っ――……」


 ――――グイッ


 悲鳴を無視し店に入ろうとする累の袖を、四季がつかみ止めた。


「あぁ? おい、なんだ」


「…………」


 下を向き何も言わない四季を見て、累は眉間に深いしわを寄せた。

 イラつきながら、銀髪をガシガシとかく。


「まったく……」


 ここで言い争っていても意味は無いと感じた累は、四季の手を乱暴に振りほどき歩き出した。


「あっ……」


 何も出来ない自分が、これ以上累のやることを邪魔してはいけない。

 そう自分に言い聞かせ、累の後ろを歩く。


 すると、累は一つの店に入った。


「邪魔するぞ」


「あらぁ、累ちゃんじゃないか。今日も飲みに来てくれたのかい?」


「まぁな」


 累の姿を確認すると、テーブルを拭いていた一人のおばちゃんが顔を上げた。

 明るい声で累に声をかけ、近づいて来る。


「あら、今日は彼女さんがいるのね」


「彼女じゃねぇけどな。それより、消化器ってないか?」


 累がおもむろに消火器の場所を聞く。

 なぜ? と、四季は累の後ろに隠れながら彼の動向を見続けた。


「あら、消化器? こっちにあるわよ」


 何も疑わずに、おばちゃんは赤い消火器を持ってきた。


「どうぞ」


「あんがと」


 受け取ると、また店の外に出てしまった。


「え? 陰影さん?」


 それを、四季が追いかける。

 累がズンズンと進んで行く先には、人だかりがあった。


 先ほど聞こえていた悲鳴も、その人だかりから聞こえて来る。


 累は悪魔の笑みを浮かべ、人込みへと消火器をぶん投げた。

 空中を舞っている消火器に、影から何かが放たれカツンと音を鳴らす。


 瞬間、中から白い煙と共に水が放たれた。


「うわ!!」


「な、なにこれ!!」


 悲鳴とはまた違う、困惑する声が聞こえ始める。


「な、なに?」


「さっきの店に戻るぞ」


 そのまま、何事もなかったかのように戻り始めた。


 累のそんな背中を見て、四季は微笑んだ。

 口ではめんどくさいと言うが、四季が気にしていることを感じ、悲鳴を止めてくれた。


「陰影さん、ありがとうございます」


「なにに対して礼を言っているのかわからんな」


 それだけを吐き捨て、早足になる累。

 四季は驚き「待ってくださいよ!!」と、追いかけた。

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