第19話 「関係者とかじゃねぇだろうなぁ?」

 裏の世界に来ていた累は、いつものように悠々と歩いていた。


 周りには、病気で弱っている人や、泣いている子供がいる。

 それだけで精神が抉られてしまいそうな世界だが、累は慣れている為、一切気にしない。


 こっちの世界では、クグツも周りの目を気にせず自由に動けるので好きだった。

 フヨフヨと、空を自由に飛ぶ。


「クグツ、あまり離れるなよ」


『ワカッタ』


 クグツは、すぐに累の言葉に従い彼の肩辺りをフヨフヨと漂う。


『ドコニイクノ?』


「導の所だ。一応、今回の件を報告しようと思ってな」


 累が導に会いに行くことは、滅多にない。

 だが、彼がどこで生活しているのか。大体どこら辺にいることが多いのかは把握していた。


 累が向かっている先は、緑が茂る森。

 廃村のような場所を抜けた少し先には、動物たちの住む自然豊かな森が広がっていた。


 裏の世界は、導が作った世界なため、森や川、街や廃村などの配置がおかしくなっていた。


 廃村の隣に森があったり、表の世界にあるような賑やかショッピングモールが森の隣にあったりする。


 導の理想と妄想が入り乱れているのが、裏の世界。

 表世界を知っている累は、最初こそ違和感しかなかったが、今はもう慣れて場所も把握し、真っすぐ目的地へと歩けるようになった。



 森の中へ入ると、自然の風が累の頬を撫でる。

 銀髪が流れ視界を遮られたため、髪を耳にかけた。


「――――導」


「はいはい~。累、どうしましたかぁ?」


 名前を呼ぶと、上から声が聞こえた。

 向くと、木の枝に座り手を振っている、鬼の面を付けた導の姿があった。


「報告だ」


「そうですかぁ、上きますぅ~?」


「い、いや……」


「スズカぁ~」


 導が呼ぶと、黒い髪で顔を隠しているスズカが現れた。

 流れるように累を抱き上げ、導の横へと座らせた。


「さて、話を聞きましょう~。どうしましたぁ~?」


 累は、何かに負けた感覚に陥り、ガクッと肩を落とした。

 だが、気持ちをすぐに切り替え、顔を上げる。


「まぁ、いいわ。おめえが言っていた白衣の男に会ったから、それを一応報告しようと思ったんだよ」


「わぁ、本当ですかぁ~? 何もされませんでしたかぁ~??」


 導は、白衣の男の単語が累から出た瞬間に両肩を掴み、ガクガクと前後に振った。


 口調とは裏腹に焦りが前面に出ており、累は脳がシェイクされる感覚に気持ち悪さが込み上げてきていた。


「や、やめ、やめろ……」


「あっ、おっとぉ。申し訳ありませ~ん。つい、焦ってしまってぇ~」


 目を回した累の声に、導は肩から手を離す。

 くるくるする視界に頭を支え、何とか落ち着くように目を閉じた。


 首も痛み、擦る。


「くっそ。なんでそこまで焦るんだよ。普通に首を痛めたわ」


「いやぁ、今回は何もなかったみたいですがぁ、貴方なら感じ取っているのではありませんかぁ~?」


 導が累の目を見て問いかける。

 どれだけ真剣なのかは、体に走る痺れで累は感じ取った。


「…………あぁ。もう二度と、会いたくない」


「その方がいいですぅ。ですがぁ、貴方のことを気に入っているようなのでぇ、また近付いて来ると思いますよぉ~」


 彼の言葉に累は、げんなりと肩を落とす。


「最悪だ。なんでだよ、なにか俺したか?」


「わかりませ~ん。ですがぁ、しばらくはぁ~、こちらで行動した方がいいかもしれませんねぇ~」


「いやいや、それだと金が稼げねぇよ」


「まぁ、そうですねぇ~。裏の世界にいるとばれてしまえばぁ、今度は誘き出すために人間の女性をたぶらかすかもしれません~。避けた方がいいかもしれないですねぇ~」


「ですがぁ」と青空を見上げ、導は考え込む。

 その後に続く言葉を待っていた累だったが、一向に何も言わないためしびれを切らし舌打ちをした。


「おい、ですがぁ~の続きを早く言えや」


「おやぁ、そうですねぇ~。なんだかぁ、違和感があるんですよぉ~」


「違和感? なんのだ?」


 累が聞くと、導は腕を組み「うーん」と唸る。

 なぜ、そこまで深く考え込んでいるのかわからず、累は不思議そうに首を傾げていた。


「おやぁ? どうしましたかぁ?」


「今まで何度も『まぁ、何とかなるでしょう~』とかほざいていた導が、こんなに悩んだり焦るのは、なんか面白ぇと思ってな」


「面白がっている場合じゃないですよぉ~。あの男ぉ、この裏の世界に勝手に入ってきたんですよぉ~」


「…………はぃ?」


 累は、男がこっちの世界に来ていたことは知らなかった為、さすがに驚き素っ頓狂な声を出してしまった。


 裏の世界には、絶対に導の道しるべが必要だ。

 勝手に入るのは不可能に近く、無断で入ろうとすれば導に見つかり、追放される。


 導はこの世界の至る所に目がある為、掻い潜るのは普通なら無理だ。

 だが、あの男は搔い潜ってきた。


 いや、導の目に映らないような『なにか』がある。

 そう思い、累は怪訝そうな顔を浮かべ導に聞いた。


「なぁ、その男。お前の関係者とかじゃねぇだろうなぁ?」


「なぜぇ、そう思うのですかぁ~?」


 今度は導が少し驚き、聞き返した。


「なんとなくだ。この世界に入り込めるのは、特殊体質を持っているか導に導かれた奴らだけだろう? それなのに、勝手に入れたっつーことは、なんか導に関係してんじゃねぇかなぁって思ったんだよ」


 累のほとんど直感的な発言に導は、呆れたように肩を落とした。


「なんだよ、その諦めたような空気」


「いーえ、累にしてはぁ、考えましたねぇ~」


「馬鹿にしてんだろ」


「いえいえ~。でも、なんとなく引っかかっているんですよねぇ~。あながちぃ~、間違ってないかもしれませんねぇ~」


 またしても「うーん」と考え込んでしまった導を横目に、累は息を吐いた。


「あいつの目的は、俺なのか?」


「そうですねぇ~。捕まえてからどうするかはぁ~、まぁ~。想像しない方がいいでしょう~」


 導の言葉だけで色々と察して、累の顔が顔面蒼白となる。

 身震いし、自身の身体を抱きしめた。


「気持ちの悪いこと言ってんじゃねぇわ。なんだよ、解剖されるとか言わねえだろうなぁ」


「貴方もそれを想像してぇ~、顔面蒼白になっているんじゃないでしょうかぁ~??」


「うるせぇよ……」


 ものすごく小さな声で反論するも、累の青い顔は戻らない。

 気持ち悪そうに目を逸らしている。


「私の方でもぉ~、一応警戒はしておきますよぉ~。息子に何かがあればぁ、私はどうにかなってしまいそうになるのでぇ~」


 鬼の面で表情はわからないが、怒っているのは雰囲気でわかる。

 累は、顔を引きつらせながら「ま、任せたわ」と、それだけを伝えた。


「任せてくださいねぇ~。ですがぁ、表の世界は広すぎますぅ。流石に私でもぉ、表世界と裏の世界すべてを把握するのは難しいのでぇ~、これを持っていてください~」


 言いながら、導は懐から一つの石を取り出した。


 それは、雫のような形をしており、半透明。

 少しだけ色がついており、水色の光を放っている。


「これはなんだ」


「簡単に言えば、GPSですよぉ~」


「はぁ!? お前に俺のすべてを把握されんのかよ!! 絶対に嫌だぞ!!」


 なにかあった時に導がいれば心強いが、それでもずっと監視されている状態なのは、累自身が嫌だった。


「安心してくださいよぉ~。貴方ならそう言うと思っていたのでぇ~、常に監視しているようなものではありませんよぉ~」


「そ、そうなんか?」


「貴方の意思でぇ、それを使ってください~。五回指先で叩くとぉ~、赤く色が変わりますぅ~。これがぁ、発動中ですよぉ~」


 言いながら導が指先で石を叩いた。

 すると、水色から赤色へと変わった。


「そして、まだ五回叩くとぉ~、消えますぅ~」


 再度五回叩くと、水色へと戻った。


「ふーん」


「なのでぇ~。どこか怪しいところやぁ~、なにかを察した時にでも使ってくださいねぇ~。約束ですよぉ~??」


「わ、わかったよ……」


 鬼の面を近づかれて、累はのけぞりながら頷いた。


「よ~し、とりあえずこれで様子を見ましょうかぁ~。また何かあればぁ~、小さなことでもいいですぅ~。報告をお願いしますねぇ~。絶対にぃ~、逃がすわけにはいきませんのでぇ~」


 言うと立ち上がり、導はその場から居なくなる。

 一人残された累は、夜になりかけているオレンジ色の景色を見た。


 顔を半分隠している太陽に、さっき受け取った石をかざしてみる。

 水色に光っていた石は、太陽のオレンジを通し、同じ色へと変化したように見えた。


 ポケットの中に入れられそうな大きさなので、そこまで持ち歩くのも困らない。


 眉間に深い皺を作り、石を見続ける。

 今すぐにでもこんな石は捨ててやりたいが、今回の件は導の助けが必須。


 そう判断した累は貰った石を、渋々ながらもポケットの中に入れた。

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