第17話 「また次にでも」
累は、四季の家から離れ、夜の公園のベンチで横になっていた。
お腹の上ではクグツが寝息を立てている。
そんなクグツの頭を撫で、累は星空を見上げた。
「…………怪しい奴。見当もつかねぇなぁ」
導からは、白衣を着た長髪男に気を付けろとしか聞かされていない。
それだけの情報でどう気を付けろと言うんだと思いつつも、その場は疲れていたのもあり適当に頷き、逃げるように表の世界へと出た。
導は、表の世界は嫌いだと言っている。
自由な動きが出来ないのもあるが、人として動かなければならないのが苦しいらしい。
だから、導から逃げるのには表の世界が一番だと累は理解していた。
そして、表の世界で寝る。
裏で寝ていると、いつ命を刈り取られるかわからない。
だから、表の世界で夜を過ごすことは累にとっては日常となっていた。
「――――あっ。あの女から後払いの料金を貰ってねぇじゃん」
あの女とは、四季のこと。
前払いの五万はもらったが、後払いの五万はまだもらっていない。
明日貰わなきゃと思い、目を閉じた。
すぐに寝息が聞こえ始める。
相当に疲れていたらしく、すぐに眠りについた。
彼が寝てから数時間後、一人の人影が累へと近づく。
朝方になっており、辺りは明るくなっていた。
「ひひっ」
特徴的な笑い声が聞こえ、累は目を開いた。
瞬時にクグツを空中に投げ、立ち上がる。
寝ていたクグツは投げられた衝撃で意識を戻し、顔を振った。
『ドウシタノ、ルイ』
「いや……」
ベンチから立ち上がり、警戒態勢を取っている累を見て、クグツは首を傾げながらも人影を見た。
『ダレ、オマエ』
普通の人間ではないと感じたため、クグツも累と同じく警戒態勢を取る。
黒髪を伸ばし、累の隣に移動した。
「ひひっ。油断しないところ、本当に素晴らしい。見た目も申し分ないほどの美形。この手で、解剖したものだ」
カツン、カツンと累へと近づく男性。
太陽が昇り、顔がはっきりと見えた。
「……へぇ、表の世界にも現れるんか」
白衣を着た、長髪男。
ちょうど、寝る前まで考えていた男性が目の前に現れた。
白衣に、藍色の長髪。
前髪も長く、顔は見えない。
白衣は大きいのか、手が袖で隠れている。
「私は、こっちの世界が本来の生きるべき世界だからねぇ~」
「ふーん。それより、これ以上近づくんじゃねぇよ、殺すぞ」
言いながら、累の右目は紅蓮に染まる。
影を操り、影刀を握った。
「ひひっ、そんな怖い顔をしないでおくれよ。安心せい、今は何もせんよ。今は、な?」
楽しそうに笑う男にむかつき、累は影刀を振るった。
だが、簡単にヒラリと躱される。
「おい、逃げんな。死ね」
「喧嘩はあまり得意ではなくてねぇ~。今日は、君と話ができて満足だ。また会おう」
藍色の前髪の下から、菫色の瞳が累を見た。
瞬間、累は目を大きく開く。
「う、動けねぇ……」
「おー! 君にも効いたらしい。このまま捕まえてもいいが、今日はなにも準備していない。また次にでも――ひひっ」
言いながら手を振り、いなくなろうとする男性に、クグツが黒髪を伸ばし捕まえようとした。
だが、すべてを軽く避け、完全に姿が見えなくなってしまった。
『ルイ、ダイジョウブ?』
「…………今は、動けるようになった」
今の拘束は、確実に今の男性が放った力。
時間経過で解放されたのか、彼がいなくなったから動けるようになったのか。
男性の能力についてわからないことが多いが、そうだとしても累は警戒態勢を作っていた。
それにも拘わらず、まんまと相手の術中にはまり舌打ちを漏らした。
「ひとまず、導に報告する。裏に行くぞ」
『ワカッタ』
影刀は消さずに、累は影の中へと姿を消した。
※
次の日、四季はまたしてもビクビクしながら学校へと向かっていた。
壊された窓は、家族に部屋に入らないように朝伝えている為大丈夫だと思っている。
だが、学校ではおそらく、結城と友恵の話で持ち切りだろう。
学校で、二人の生徒が殺されたのだ。
絶対にHRで先生から話がある。
それが、自分のせいだと思われていないかが怖い。
体を縮こまらせながら学校へと入り、教室のドアを潜る。
席に座り、教科書を机の中に入れ始めた。
その中で、四季は違和感を感じていた。
「…………どうして」
周りが、普通すぎる。
前までと変わらず友達と話していたり、予習している人がいる。
教師が来るまで机に突っ伏して寝ている人までいた。
今までと一切変わらない教室の雰囲気。
困惑しているのは、四季ただ一人。
唖然としながら教室内を見回していると、机が二つほどないことに気づいた。
「え? ――――あ、あの」
「ん? どうしたの、神崎さん」
「二つほど、席がなくなっていると思うんですが……」
空いている席を指さしながら言うけど、偶然通りかかった女子生徒は首を傾げるだけだった。
「あそこは、元々何も置かれていなかったよ?」
「え?」
「もぉ、なぁに怖いこと言ってるの神崎さん。それに、なんで敬語?」
「い、いや、あの……」
「ふふっ、変なの。それじゃね」
笑いながら手を振る女子生徒に、四季も「ま、またね」と小さく手を振る。
久しぶりにクラスメイトと話して緊張し、深く溜め息を吐いた。
だが、深く息を吐いた後に、また違和感に気づいた。
「今、私。避けられなかった……」
今まではずっとクラスメイトに避けられ、話せなかった。
声をかけるだけでも気まずそうに顔をそむかれ、すぐに話を切り上げられていた。
そのため、四季はずっと一人で過ごしていたのだ。
そんなクラスメイトが今、普通に四季と話した。
しかも、変なことを言っていたであろう四季に向かって、笑いかけてもくれた。
その時、四季は思い出した。
悪い噂を流していたのは、結城だった。
結城が自分の告白を受け入れてもらえるように、わざと四季を孤立させていた。
だが、もうこの学校には結城と友恵の存在はない。
結城が流した噂さえ、消えているのだ。
まるで、元々二人の存在がなかったかのような教室を目にし、四季はどこか興奮したように頬を染めた。
「す、すごい」
累の言動や行動は理解できないことが多いが、それでもここまで世界に影響させることができる人物だとは思わなかった。
これからの事は、まだ想像できていない。
けれど、累と行動するのは四季にとっても、何かいい影響を与えるかもしれない。
そう思いつつ、いつものように教師が来るまでの間は、小説を読んで時間を潰すことにした。
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