第12話 「始まりだ」
友恵の家に向った累は、周りに人がいないことを確認するとクグツを呼んだ。
黒い靄から姿を現したクグツは、累を振り向きワクワクしたような空気を出しながら問いかけた。
『ナニヲスレバイイノ?』
「中に人がいるか確認しろ」
『ワカッタ』
クグツは、空中を舞い上がり二階の窓や、建物の裏へ回り全方位から中を見た。
『――――ダレモイナイヨ』
「了解」
ニヤリと笑ったかと思うと、累の右目が赤く染まる。
右の手のひらを下に向け、影を操作し始めた。
浮き出てきた影は、徐々に膨らみ、友恵の家より大きくなった。
累が前に手を出すと、波のように友恵の家を包み込む。
そのまま、建物の中へと吸い込まれるように影は消えた。
何もなかったかのような光景に戻り、累は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「さて、布石は打った。帰るぞ」
『ワカッタ』
累は、前髪で赤い右目を隠しながら、歩き去る。
口元には、妖しい笑みが浮かんでいた。
「今回の依頼も、もう終わるな」
そんな累の前方から、楽しそうに話しながら向かってくる二人の男女。
すれ違う際、累は下唇を舐め横目で見る
そんな累に気づかず男女二人は、友恵の家の中に姿を消した。
※
数日間、累は動きを見せなかった。
四季は、出来る限り累と共に行動しようとする。
だが、当の本人である累は、誰かと共に居るのを嫌い、四季がいないように振舞っていた。
声をかけても無視され、隣に立てば背中を向けられる。
最初はお願いしている側として我慢していたが、数日間も同じことが続き、四季も苛立ちを隠せなくなってきた。
それでも、なにか文句を言っても意味が無いのは分かっていた。
それに、これ以上にしつこくするとまた影刀を首に突きつけられると思い、今は諦め一定の距離を保ち静かにしていた。
そんな四季をやっぱり視界に入れないようにしている累は、どこかへ行くため、住宅街を歩いていた。
四季も、置いて行かれないように後ろを歩く。
周りには、住宅街にも関わらず人はいない。
まるで、四季達がいる空間だけが孤立してしまったような感覚に陥る。
体に張り付く嫌な感覚が裏の世界を思い出させ、四季は体を震わせた。
ここには、自分を襲う人はいない、大丈夫。
そう言い聞かせながら累の後ろを歩いていると、何故か急に止まった。
「え、どうしたんですか?」
咄嗟に四季は、累に問いかけた。
すぐに「しまった」と、口を手で塞ぎ累を見た。
せめて、影刀だけは突きつけないでと願っていると、予想外にも累は質問に答えた。
「今日で復讐を終らせる」
「え、どういうことですか?」
「言葉のまんまだが? お前、日本語すら理解出来なくなったのか? あぁ、出来なかったか。俺がいくら離れろと言ってもついてくるもんな。そりゃ、通じないわな」
累の嫌味に四季は、怒りで顔を赤くした。
「どういういっ――――」
文句を言おうとした瞬間、曲がり角から二人の男女が姿を現した。
それは、四季の復讐相手の二人、結城と友恵だった。
「なっ――――ムグッ!」
「静かにしろ」
累が四季の口を抑え、後ろに下がらせる。
幸いなことに、二人との距離はまだある為、気づかれなかった。
仲睦まじく歩く二人を目の前にして、怒りで四季は目を充血させた。
体を震わせ、拳を強く握る。
四季の反応を予想していた累は目を細め、クグツを出す。
四季の口から手を放し、フードを被った。
「絶対に口を開くな、勝手に動くな。いいな?」
「…………」
「…………言わなくても、問題ねぇか」
今は何も話したくない様子の四季に、ある意味安堵する累。
やれやれと肩をすくめつつも、足音一つ立てずに歩き始めた。
最初、四季は動かなかった。
クグツも、累について行き進もうとしたが、動かない四季を見て振り返る。
どうすればいいのかわからず累を再度見ると、漆黒の瞳と目が合った。
それだけで、何をすればいいのか分かったクグツは頷き、四季へと近づいた。
『フタリ、イク。アルカナイノ?』
クグツが動かない四季に問いかけるが、反応はない。
首を傾げ返答を待っていると、四季は拳を緩めてやっと歩き出した。
『……ルイノメイワクニハナラナイデ』
「わかっているわ、ごめんなさい。取り乱してしまったの」
四季の顔は暗い。緊張しているのか、汗が滲み出ていた。
それでも、累に置いて行かれないように歩く。
足音をなるべく消し、気配を殺す。
累程気配は消せないが、一般人なら気づかれない程度には気配を薄く出来ていた。
これが無意識でできている四季に、累は感心したように目を微かに開く。
隣まで移動してきて「行きましょう」と、言われ頷く。
前に向き直し、二人は足音を立てずに友恵達を追いかけた。
二人は、累達が付いて来ていることに気づいていない。
手を繋ぎ、楽しげに歩いている。
四季は、悔しい気持ちと憎しみで歯を食いしばる。
気づかれてはいけない。
それだけは忠実に守るため、唇から血が出ることなど気にせず、気配を殺し歩き続けた。
二人が進む先は、繁華街。
デートを楽しむ気だろうと、安易に想像できた。
「人込みに行かれると厄介だな。しょうがねぇ、裏に連れ込むぞ」
四季が顔を上げ、きょとんと目を丸くしているうちに累は前髪をかき上げた。
いつもはクロから赤に変わる瞳が、今はもう赤く染まっていた。
右手を上げたかと思うと、前を歩く二人の影が不自然に動き始めた。
その事に、二人は気づいていない。
「――――さぁ、復讐劇の、始まりだ」
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