第11話 「表の世界はめんどくさい」

「なんで俺が、なんで……。こんな女と共に行動なんて……」


 頭を抱えながら表の世界に戻ってきた累は、人目がない路地裏で現実逃避をしていた。


 そんな彼の隣には、げんなりとしている四季の姿もある。


「そこまで落ち込まれるのも、なんか複雑なんですけど……。というか、私も、正直嫌ですよ。失礼なのは重々承知ですが、あんな危険な所に何も説明無しに連れて行く貴方と行動なんて怖すぎます」


「うるせぇーわ。説明したら絶対に行かないだろ、お前」


「当たり前です!」


「なら、言わなかった俺の合理的判断は正しかったってことだな」


 二人が罵りあっている中、日本人形であるクグツは、累を心配してオロオロとしていた。


 累の腕に抱きつき、『ダイジョウブ』と縋るように言い続けた。

 そんな様子を見て、二人は落ち着きを取り戻す。


 お互いに目を合わせ、累と四季は深いため息を吐いた。


「はぁぁぁぁぁぁあ…………。だが、しかたがねぇ。導があんなことを言ったのには、必ず裏がある。その裏がどう働くかは知らんが、言う通りにするしかねぇな」


 累が雨雲を見上げながら言うと、四季が意外と言うように数回瞬きした。


「あ? どした?」


「い、いえ。人の言う事ことをあまり聞かない人だと思っていたので……。少し、驚きました」


 累が導の言う通りに行動するとは思っていなかったらしく、四季が素直な気持ちを口にした。


 そういう事かと、累は「あー」と、頭をガシガシと掻いた。


「俺は、俺に指示を出す奴は殺すほど嫌いだ。なんだったら、今まで何人も殺してる」


「なら、どうして……」


「導には、逆らえねぇんだよ。何もかも、あいつの方が上だ。俺は、負け試合はしない主義なんでね」


 それだけ言うと、累は四季の質問をこれ以上聞き入れず、歩き出す。

 もっと質問したかった四季は累の隣まで移動し、横目で見上げた。


「導さんは、すごい人なんですか?」


 好奇心だけで聞くと累は足を止め、地面に右手を向けた。

 何をする気かと思うと、累の右目が赤く染まっていたことに気づく。


 同時に、地面から影が盛り上がり影刀を作り出した。


「――――え?」


 次の瞬間、影刀が四季の首筋に添えられた。

 赤い瞳が怯えている四季を捉え、逃がさない。


 少しでも動けば刃が首に食い込むため迂闊に動けず、喉は恐怖で絞まり声を出せない。


 震えている四季に、累は静かに口を開いた。


「――――調子に乗るなよ、女」


「ちょ、調子になんて……」


「俺とお前は今、依頼人と契約者。それ以上でも以下でもねぇんだよ。だから、今以上に踏み込んでくんな。心底、胸糞悪い」


 怒っているような言い方だが、なぜか四季には、今の累は怒っているようには感じなかった。


 だが、それ以外の感情を言葉で表せず、ただただ困惑するのみ。

 何を言えばいいのか、そもそも口を開いてもいいのかわからない。


 声を少しでも出せば殺されるのではないか。

 そう思うと、動けない。


「わかったな」


「……は、はい」


 怯えながらも頷く四季を見て、累は影刀を下ろし、消した。

 すると、累の右目は黒に戻る。


 何事もなかったかのように背中を向け、歩き出した。


 四季はついて行ってもいいのか分からず、その場から動けない。

 遠くなる黒い背中を見続け、四季はただただ困惑した。


「――――なんだったの」


 不満とも取れるような声を漏らし、四季もこれ以上は自分の命が危ないと感じ、そのまま黙って帰宅した。


 ※


 四季と離れた累は、人と人が行きかう繁華街をフードをかぶり歩いていた。

 クグツは、周りに人がいるため、今は姿を消している。


 俯き、フードで視界が遮られていたため、前方から来ている人に気づかない。

 トンと、肩がぶつかってしまった。


「さーせん」


 素直に謝った累は、また歩き出す。

 だが、後ろから肩を掴まれてしまい、無理やり振り向かされた。


「おい、なに謝って終わりにしようとしてんだぁ? なぁ、僕ちゃん」


「……あぁ?」


 目の前には、いやらしい笑顔を浮かべている男性二人。


 金髪だの、ピアスだのと。

 いかにも、自分かっこいいだろという雰囲気を醸し出している二人に、累は眉間に深い皺を刻んだ。


「見てくれよ、これ。君がぶつかったせいで、俺の高級な服が汚れたの。これ、どう責任を取ってくれるのかなぁ~?」


 お金を巻き上げようという魂胆がまるわかりの二人に累は舌打ちを零し、手を払った。


 何も言わずに歩こうとしたが、それが気に入らなかった二人は、顔を見合わせる。

 にやりと笑ったかと思うと、再度肩を掴み止めた。


「おい、待てよっ――――」


 ――――ザクッ!!


「――――――――え」


 ――――ボトッ


 累の肩に手を置いた瞬間、男性の手が地面に落ちた。

 ボタボタと赤黒い血が滝のように流れ、地面を赤く染める。


 何が起きたのか理解できなかった男性だが、すぐに痛みを感じ喚き出した。


「いっ!! いってぇぇぇぇえ!! な、なん、なんだよこれ、なんだよ、これ!!」


 腕を抑えその場に蹲る男性を、累は赤い右目で見下ろす。

 無表情から感じる殺気が男性の体を絡み取り、助けを求めることすら許されない。


 周りの人達は、恐怖の表情を浮かべ唖然。

 手を切られた男性の友人は、自分に矛先が来ないうちに駆け出した。


 累は、特に何もしない。

 目を細め、口を開いた。


「なにか、用か?」


 累が聞くが、男性は怯えて何も言えない。

 痛みと恐怖がぐちゃぐちゃになり、逃げ出したいが、腰が抜けて動けない。


 涙と汗、涎や鼻水などで顔がぐちゃぐちゃになり、累に助けてほしいと縋った。


「た、助けてくれ……」


「……なら、もう話しかけんな。俺は今、虫の居所が悪い」


 言いながら累は、指をパチンと鳴らした。

 瞬間、何故か野次馬と男性は、気を失った。


 地面に倒れ込み、立っているのは累だけとなる。


「はぁ……。やっぱり、表の世界はめんどくさい」


 言いながら倒れ込んでいる人達を跨ぎ、累は今度こそその場から居なくなった。

 向かっている先は、深夜に行った友恵の家。


 周りなど一切気にせず、累は何事もなかったかのように目的地に向かうため、繁華街を後にした。


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「ヒッヒッヒッ。面白い、面白いぞ」


 一人暴れていた累を影から見ていた男性が、手を口元に持っていき笑っていた。


 黒い、ユルユルのスーツに、肩には白衣を羽織っている。

 藍色の、腰まで長いボサボサの髪を靡かせ、棒が付いている飴を口の中で転がしていた。


「あの男、解剖したいのぉ~」

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