第10話 「ビンビンだねぇ」

 優しい声に、言葉。だが、四季は差し伸ばされた手をすぐにつかめない。


 怖いのか不安なのかわからない感情により、四季は逃げるように累の後ろに隠れた。


「おい」


「もう、頭が限界……。助けてくださいよ……」


「はぁぁぁぁ……」


 頭を抱え、累は四季を引っ張り出した。


「な、なんで!?」


「なぁ、こいつの依頼、どう見る?」


「私の話を聞いてくださいよ!」


 累に掴まれ逃げられない四季は、涙目になりながらジタバタと暴れる。

 そんな彼女を見て、導は顎に手を当てた。


「――――この子、面白いものを持っているかもしれませんねぇ〜」


「面白いものだと? 今回の依頼で、何か面白いもんが見れんのか?」


 今の言葉に、累は喜び目を輝かせた。


「いえ〜。依頼に関してはぁ、いつもと変わりませんよぉ、きっとぉ」


「なんだよそれ」とぬか喜びさせられた累を肩越しに見て、四季は眉をひそめた。


 何の話をしているのかわからず何も言えないでいると、導が四季の顎を掴み目を合わせた。


「ひっ!」


 四季が小さな悲鳴を上げるが、累は無視。

 導も、彼女を見つめながら、顔を逸らしている累に問いかけた。


「そもそも、不思議に思いませんでしたか、累」


「何がだ?」


「ただの人間がぁ、この世界でいまもなおぉ、普通に行動出来ているのが──ですよぉ」


 導の言葉に、累は現状の不自然さに気づき目を開く。


「裏の世界はぁ、私が作り出した世界ですぅ。なのでぇ、誰でも彼でも入れないよう、条件を付けていますぅ。その条件はぁ、私が認めた者とぉ、力を持っている者の二通りに絞っておりますぅ。この世界で生まれたものはぁ、別なんですけどねぇ~」


 ふふっと笑う導を見て、累は顎に手を当て考え込む。

 力を持つ者とは一体何なんだろうかと、四季は考えている累に助けを求めた。


「だが、そんな気配、まったく感じないぞ。それに、こいつも心当たりはなさそうだし……」


「現状が表しているとは思うのだけれどねぇ」


 導が鬼の面をつけたまま、四季に顔を寄せる。

 逃げようとしたが、累が四季を逃がさない。


 ジィ〜と見られ、怖い。

 それでも、動けないため、ひたすら我慢する。


 数秒見られ続けていると、導が何かに気づく。

 鬼の面の隙間から微かに見える口元に、妖しい笑みを浮かべた。


「なるほどぉ。これはわからないのも無理はありませんねぇ~」


「どういうことだ?」


「力というより、体質に近いかもしれませんよぉ~」


「体質だと?」


 累は、ここまで聞いてもまだ理解が出来ず、聞き返した。


「簡単に言えばぁ、霊媒体質といった所でしょうかぁ~」


「あぁ? 霊媒体質だぁ? おいおい、それはおかしいだろう」


「何がおかしいのでしょうかぁ?」


 累の言葉に、わざとらしく導は聞き返した。


「普通、霊媒体質の野郎どもは、霊障を受けるだろう。どんなに鈍い奴だろうと、自覚持つと思うが?」


 怪訝そうにする累は、四季の背中に添えていた手を放した。

 自由になった四季は、すぐに累の後ろに隠れる。


「累の傍が安全だと感じているのもぉ、霊媒体質だからかもしれないですねぇ〜」


「どういう意味だ糞鬼」


「霊媒体質はぁ、あくまで例えですよぉ。もっと噛み砕くとぉ、厄介な者を引き寄せる体質だということですぅ~」


 厄介な者を引き寄せるという言葉に、裏の世界に来た時のことを思い出す。


「こいつと一緒にいると、やけに襲われるなと思っていたが、まさか……」


「そのまさかですよぉ。この子は、いろんな厄介ごとを引き寄せてしまうんですねぇ。表世界ではぁ、その力は発揮されなかったみたいですがぁ、裏の世界だとビンビンですねぇ~」


「ビンビンとか言ってんじゃねぇわ」


 後ろに隠れている四季を見て、累は目を細めた。


「まぁ、こいつの体質はどうでもいいわ」


「どうでもよくないかもしれないよぉ~?」


「…………は?」


 クスクス笑う導に苛立ち、累の額には青筋が浮かぶ。

 だが、累はわかっていた。どんなに怒っても導になんて勝てるわけがないと。


 諦めるしかなく、大きくため息を吐き、怒りを抑えた。


「どういうことかさっさと言え」


「この体質はぁ、結構珍しいのですよぉ。なのでぇ、累~」


 その言葉の続きを聞いては終わり。

 そう瞬間的に感じた累は、顔を真っ青にした。


「おい、まさか……」


「そのまさかですよぉ。依頼が終わったあとでも、共に行動をしてほしいと思っていますぅ。というか、強制ですよぉ~」


 鬼の面から覗き見える深緑色の瞳が、げんなりとしている累を捉えた。


「共に過ごしなさい。貴方もぉ、いいですねぇ~?」


 累は、頭も心も真っ青。

 四季も、目を丸くしたあと大きく開き、固まった。


「約束ですよぉ。なんならぁ、今すぐここで契約をしてくださぁ~い」


「絶対に嫌だからな! 俺は、一人で行動するのが一番楽なんだよ。なんで、女と行動しないといけないんだ」


「私が楽しいからですよぉ~」


「ざけんな!!」


 累が殴るが、それを導は簡単にサッと躱す。


「冗談ですよぉ。もうそろそろぉ、累にも誰か一人ぃ、共に行動する人が欲しいと思っていたのですぅ〜」


「何でだよ」


「それは――内緒ですぃ~」


「はぁ?」


 累は、この後も抗議したが聞き入れて貰えず、四季も加わったが意味はなかった。


 最終的に今回の依頼は、出来る限り共に行動して、お互いを知ろうということになってしまった。


 導はそのままいなくなり、唖然となっている二人はただただお互いを見て、深い息を吐いた。

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