第3話 魔女の家
都心から電車で最寄り駅まで約三時間。
駅からはタクシーで十五分ほどの場所に、曾祖母の家はあった。
こぢんまりとした、可愛らしい外観の洋館だ。
白壁には緑の蔦が這い、小さな黄色い花が彩りを添えている。三角の尖った屋根は赤茶けた瓦が敷かれていて、愛らしい。
絵本の中の、おとぎ話のイメージとぴったり重なる魅力的な建物だ。
幼い頃からリリは愛情を込めて、この家を『魔女の家』と呼んでいる。
「久しぶりだけど、まったく変わっていない……」
懐かしさに翡翠色の瞳を細めながら、つぶやいた。まるで時が止まっているみたいだ。
伯父が手配してくれた運転手に礼を言って、車から降りた。
同行したがる従兄たちをどうにか説き伏せて、リリは一人でここを訪れることができてほっとする。
『魔女の家』の入り口はミニ薔薇で作られたアーチがあり、そこを潜ると敷地になっていた。
中は意外と広く、入ってすぐは曾祖父が丹精を込めていた庭園があり、ミニ薔薇が美しく咲き誇っている。
庭の隅にはガラス張りの温室があり、曾祖母はそこに育つ植物を大切にしていた。
家の裏手には小さな菜園とハーブの鉢植えが置かれている。
離れた場所には車庫があり、車が二台停められていた。足代わりに曾祖母が乗っていた軽ワゴンと、もう一台はなんとキャンピングカーだ。
「これ、キャブコンよね……? キャブの上にバンクヘッドが備え付けられている……」
トラックをベースにしたワンボックス形式のキャンピングカーはカスタムされたオーダー品らしく、価格を考えるとゾッとしてしまう。
「おばあさま、これに乗っていたの?」
楚々とした外見に反してアクティブな性格なことは知っていたけれど、まさかアウトドア趣味があるとは知らなかった。
「中が気になる……けど、まずは家の確認をしておかないと」
キャンピングカーは後回しにすることにして、リリは久しぶりの『魔女の家』に足を踏み入れた。
この小さな洋館は4LDKだ。
玄関に入ってすぐ、手前の部屋がリビング。その奥にはダイニングとキッチンが隣り合っている。
リビングの向かいには狭いながらも書斎があり、読書家であった曽祖父の自慢のコレクションが並んでいた。
トイレとバスルームは一階にある。時代物の洋館だが、水回りにはすべて手を入れてあり、バスもトイレも最新式とのこと。
高級ユニットバスと最新のトイレ設備は心配性な伯父が有り余るお金に物を言わせて、業者に取り付けさせたのだという。
過保護にもほどがあるが、スパ気分を味わえるのは嬉しいので、ありがたく甘受する。
「キッチンも綺麗。お掃除の業者を入れてくれたのね」
水回りもピカピカだ。冷蔵庫の中やパントリーには食材がぎっしり詰まっている。
「至れり尽くせり過ぎる」
ここまでくると、もう苦笑するしかない。
今日もついてこようとする従兄たちをどうにか振り切って、一人で来たのだ。
「もう少し信用してくれればいいのに」
一階の確認を終えて、二階に向かう。
慎重にゆっくりと階段を上がっていく。
ここで目眩などを起こして倒れたら、きっともう二度と一人暮らしを許してもらえないことは確実だ。
なので、足を滑らせないよう細心の注意を払って、そうっと二階まで上がった。
「到着! ほとんど息が上がっていない。やっぱり、この魔女の家とは相性がいい」
ここに到着して、ずっと熱っぽかった体がほんの少し楽になったのが自分でもよく分かる。胸の痛みもない。
小さく鼻唄を口ずさみながら、リリは二階の探索を続ける。
階段を上がってすぐの部屋は客室だ。幼い頃のリリの子供部屋にしていた。
廊下を挟んだ向かいの部屋も客室だが、誰かが使っている姿を見たことはない。
リリの部屋の隣が主寝室で、曾祖父母が使っていたらしい。広くて豪華な部屋だと聞いたが、子供が入るのは禁止されていた。
向かい側の奥の部屋は、開かずの間だ。
「おばあさまの、秘密のお部屋」
ここには曾祖母が一緒の時に限ってのみ、部屋に入ることを許されていた。
「懐かしい……。でも、おばあさまが亡くなった今、ここは誰も入ることができないのよね」
親族の誰もが、この部屋の鍵が何処にあるのか分からないらしい。
扉を壊して無理に入ることはできるのだろうけれど、曾祖母が大切にしていた部屋を傷付けたくはない。
皆がそう考えて、この部屋だけはそのままにしてある。文字通り、開かずの間なのだ。
「とても素敵な部屋だったから残念」
幼い頃の記憶を引っ張り出して、リリは懐かしさに瞳を細めた。
リリの部屋が二つ入るくらい広かったはずなのに、たくさん物が置かれていたので、逆に狭く感じたことを思い出す。
歴史を感じる家具はきっと名のあるアンティーク。丁寧に磨き上げられており、大切に使われていることが子供の目から見ても明らかだった。
見たことのない文字が書かれた本が無造作に床に積み重ねてあり、中の挿絵を眺めるだけでも楽しかった。
床はもちろん、テーブルや棚の上にも物がたくさん置かれていた。
ドライフラワーの束、綺麗な色石、昆虫の標本。
色褪せた羊皮紙に書き込まれた地図や水晶結晶を見つけた時には興奮したものだった。
「そういえば、おばあさまの部屋にあったトランクケースに一目惚れした記憶がある」
革製のトランクは片手で持ち運べる大きさだった。一泊分の荷物でいっぱいになるくらいのサイズだが、アンティーク風のデザインでとても可愛らしかった。
長年使い古された良い色合いで、幼いリリが一目で夢中になったものだ。
『おばあさま。リリはこのカバンが欲しいです』
気が付いたら、そんな風におねだりしていた。
曾祖母はあらあらと、微笑ましそうに瞳を細めて言った。
『そうねぇ。貴女が素敵なレディに成長したら、譲ってあげるわ』
『リリは素敵なレディになります。だから、約束ですよ?』
『ふふ。そうね、魔女シオンと約束しましょう。これは魔法のトランク。いつか貴女を助けてくれるわ』
他愛もない会話を思い出して、小さく笑う。
「どうにか成人になれたけれど、素敵なレディに成長できたかは謎ね」
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