第25話 触媒の在処

司祭館と呼ばれる建物の内部は、綺麗に整理されていた。外観とマッチした内装で、狭くはあるが、古い洋館の様なリッチな雰囲気が漂っている。


どこにいるかわからない司祭に向かって声をかける。


「レベッカを連れて参りました」


「本当か!」


その声に応じて、隣の部屋から寝巻の様な服を着た司祭が飛び出してきた。


「おお、久しぶりだなぁレベッカ。紐で縛り上げられているのか。ふふふ。良い子にしていたか。ん?」


「黙れ」


ニヤニヤしていた司祭が、ふと異変に気がつき質問をする。


「助祭はどうした。一緒に向かっただろう」


恐らく長身の男のことだろう。


「レベッカに殺されました」


「何だと!」


「ハンマーの男も殺されました。私は右腕を切られました」


「3人がかりで何をやっている」


司祭の顔は青ざめていた。それほど彼らが重要だったのだろうか。


「もうこの教会も終わりだ。だがもはやそんなことはどうでもいい。最期にこの女が手に入ったからな」


顔を引きらせながら笑う司祭は、ただ開き直っているだけの様だった。


「さあ、世界が滅ぶまで楽しもうじゃないか。こっちへ寄越せ」


手招きに釣られ、持っていたロープを引っ張りレベッカを司祭の元まで連れて行く。


「随分苦労させてくれたなぁ」


司祭の手がレベッカの肩に触れた瞬間、レベッカの拳が司祭のあごを捉えた。縛られて動けないと油断していた司祭は、突然の出来事に反応出来ず、ふらふらとその場に倒れた。


「1撃でノックアウトとは、流石ですね」


「いいからさっさとやるよ」


素早く2人で司祭を縛りつける。


「これ既に死んでませんよね」


「その時はその時さ」



縛り終えても気を失っている司祭をよそに、家を物色した。本などはほとんど置かれておらず目ぼしいものはない。

すると呻き声が聞こえたので戻ると、司祭が目を覚ましていた。柱に縛り付けられたままの司祭が怒鳴り声をあげる。


「どういうことだ。聖杯の水を飲んだはずだろう」


あらがいました。救世主なもので」


何の話かわからず、怪訝な表情を浮かべるレベッカに向けて、悪戯な笑顔を見せる。


「さて、だいぶ状況が変わりましたが、約束通り古文書を見せて頂きましょう」


それを聞いて観念したのか、ため息をついた司祭が話し始める。


「古文書は教会の地下にあるが読む必要はない。お前が知りたいのは、触媒についてだろう。それなら私が知っている。だがな、お前のやろうとしていることは叶わない。無駄だ。知ったところでどうにもならないんだよ」


「それは私が決めます」


「ふん。まあ知りたいなら教えてやる。触媒は最古の教会の何処かに眠っている。ここからさらに西に進んだ沼地にある」


「2階が崩れた、石造りの教会ですか?」


「何故知っている。そうだ、確かに言われて思い出した。2階部分が崩れていたな。だがどうやって。私でさえ番人が来る前に1度しか見たことがない」


「どうでもいいことです。番人とはなんです?」


「マルダの連中が呼び出した神に従う魔物だ。あいつが来てからあの場所に近づいた奴はいない。もう我々でさえ近づけないんだ」


全身に鳥肌がたった。バートの話に出ていた神の使い。それが目的の教会にいるというのか。以前に見かけた黒い影はもしかすると神の使いだったのかも知れない。


「触媒を破壊する為にはどうすれば良いんですか」


「それは知らん。書いてあったのは、『最古の教会は触媒の保管の役割によって立ち入りできなくなった』という教会の決まりごとだからな」


「それは私が答えるよ」


レベッカが割って入ったことで、自分も司祭も驚いていた。


「触媒の術は『魔術を帯びた攻撃を受けない限り破壊される事はない』ってあったよ。つまり魔術ってので攻撃すれば良いんだろ」


「待て。そんな情報をお前達がどうやって手に入れた。大執事と言えどそんな重要な情報の閲覧が許可されてはいないだろう」


「お前に説明する義理はねぇよ。そんなことより魔術ってのをどうすりゃ良いのか教えろ」


司祭は少し考える素振りを見せた。


「ふむ。より実現性がなくなったな。いずれの魔術を使うにせよ司祭クラスの人間数名と生贄が必要になる。そんなものもう準備出来ないだろう」


1つだけ心当たりがあった。バートから貰ったナイフだ。


「武器に魔術を付与する事は可能ですか」


司祭は目を見開き驚いた表情をしたが、すぐに落ち着いた。


「たかを括っていたな。お前達はもう全て知り尽くしているものとして接しよう。確かにそれは可能だ。高等な術である事には間違いないが、一時期、まだこの世界に人が溢れていた頃、それぞれの教会でそういった武器を盛んに作っていた時期はあった」


「だがコストに見合う恩恵が無いことから、すぐに誰もやらなくなっていった。そんな武器が現存するのかどうかもわからんな」


辿り着けさえすれば、可能かも知れない。自分達の手元に揃った武器と情報で十分やれる。思いがけず体が震える。これが武者震いなのか恐怖心からくるのか、自分にもわからなかった。


「触媒を破壊したらどうなるんです」


「確かなことは言えないが、恐らくこの世界は崩壊するだろうな」


司祭の表情から、彼はずっと世界が辿たどる終わりの運命を受け入れていたのだと思った。自分もレベッカも司祭の様子から、死の運命を感じ取っていた。

顔をしかめた自分に向かって、開き直ったのだろうか、司祭が声をかける。


「新しい世界を作る儀はもう始まっている。いずれにせよ終わるんなら、やってみろ。救世主」

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