第42話 毒林檎令嬢と王宮(前編)


 エリーに身支度を手伝ってもらい、登城の準備を整えたあと。私はアルトバロンを伴って、我が家の紋章付きの四輪馬車で王城へ向かった。


 立派な城門を通り抜け、馬車寄せで馬車を降りる。すると宮廷癒師団の白い軍服を身にまとったメローナ様が、すぐに私たちを出迎えてくれた。


「おはようございます、メローナ様」

「おはようございます。早朝からお呼び立てして申し訳ありません。本日は第二王妃殿下のご要望で、黒ラビを出させていただきました」


 メローナ様は『白衣の女神』の異名に相応しい美貌に微笑みを浮かべると、


「うふふ。クレアローズ妃殿下は心配性ですよね。白ラビではどこで手紙ごと誘拐されるかわからないと。それから、お茶会よりもずっと私的で非公式な場において、ディートグリム閣下を経由しなくてはいけないのは申し訳ないそうです。

 確かに、ただの健康女子会みたいなものですのに、疑ぐり深い閣下の許可を得るのは骨が折れますし、面倒です」


 と優しく夢のように丁寧な口調で、同じく三師団長であるお父様に対して辛辣なことを言った。



 黒ラビ、白ラビとは〝伝書兎〟という、兎に天使の羽が生えた姿をした魔獣のことだ。

 彼らは手紙を届けることを生きがいにしていて、王国の郵便網を担っている。


 ほとんどが白ラビによる配達となり、一般家庭ならば玄関先、我が家のような防犯魔法が強力な場所では受け取り所に手紙を届けてくれる。

 黒ラビは特別な魔力持ちの希少個体で、王族と三師団長が使役権限を持っている特殊郵便だ。彼らはどんな防犯魔法も結界魔法もすり抜け、手紙を本人へ直接届けることができた。


「あはは……。あの、第二王妃殿下はどのような……?」

「いつも通り緊急ではないのですよ。ただ昨晩から少々、前兆症状が見られたものですからご不安になられたのかもしれませんね。さあ、ご案内致します」

「わかりました、お願いいたします。アルト、行きましょう」

「はい」


 軍服の裾を翻した彼女の後ろに、私はアルトバロンを従えてついていく。



 メローナ様から最初に呼び出されたのは……アルトバロンの魔力中毒を〝毒林檎〟で完治させた翌日だったかしら。


 確かその時の連絡は白ラビで、お父様を経由して私へ届いた。

 今日のように早朝からのお呼び出しだったが、それはメローナ様がに思い至り、考慮してくれたからだった。


『ふむふむ。検査の結果ですが、ティアベル様の固有魔法はやはりに属することが判明しました。回復魔法や治癒魔法は全て光魔法に属しますから、初めての例外になりますね』


『例外、ですか?』


『ええ、唯一の医療系闇魔法の誕生です。現段階では臓器欠損などもなく、お身体は健康そのものです。もしやと思い至ってからは気がかりでしたが、杞憂でしたね』


 メローナ様しかいない診察室にて、健康診断と魔力量測定、それから固有魔法に関する検査を次々にされて、くたくたになった私は『ありがとうございます』と力なく笑う。


『魔力量も上級魔術師と同等っと。ふむふむ、命の時間を操る特殊領域の魔法ですし、固有魔法の使用は一日に一回が限度かと。固有魔法の制限等はこれから検査していくとしましょう』


『ありがとうございます。……あの、メローナ様。我が国では宮廷に仕える場合以外を除き、固有魔法の条件や制限を国に報告する義務はないと、法律学では習いました。その、私の場合は……?』


『うふふ、よくご存知ですね。私としてはティアベル様を宮廷癒師候補に認定し、宮廷癒師団医療魔術開示法を適用したいところです。でも、ディートグリム閣下から釘を刺されていますから。国王陛下にのみご報告をするだけですよ』



 ――それからというもの。闇魔法由来の医療系魔法によって私の健康が害されていないか、メローナ様は幾度も慎重に診てくれた。


『少しだけ空き時間ができたので、ぜひ検査をさせていただきたいのです』

 とメローナ様が唐突にお迎えに来たりもしたっけ。


 そんなメローナ様の固有魔法は〝大天使の抱擁〟だそうだ。

 女神様に仕える大天使を召喚するという、光魔法に属する固有魔法である。


『ティアベル様の固有魔法を調べるばかりでは不平等ですから』


 検査の合間に案内された宮廷癒師団の食堂で昼食をご馳走になっている最中、そう言ってメローナ様は教えてくれた。


 なんでも、治癒系統の固有魔法をの中でも最上級の回復力を持つらしい。

 ちょうど休憩で居合わせた宮廷癒師団の癒師たちは、


『見た目に反して、病の進行や原因をゴリゴリの力技で抑えつけるような固有魔法』

『大天使ゴリラエルの召喚』

『むしろ団長がゴリラ』


 と笑いながら話していた。


『うふふ。皆さん、悪い冗談を吹き込んではいけませんよ?』


 白衣の女神らしい笑顔とともに、メローナ様の手にしていた食後のデザートとしてついてきた林檎が、グシャアアッと音を立てて崩れ落ちる。


 ……ま、丸一個の林檎が〝ニコッ〟としながらあんな姿に!? あ、握力強っっ!


 私は一瞬ポカンとした後、思わずクスクスと笑ってしまった。

 メローナ様は部下からとっても慕われているみたいだ。


 その頃には『健康のためですから』が口癖の彼女とも、随分と打ち解けたと思う。




 それから何事もなく、三年の月日が経ち――。

 久々のお呼び出しに応じると、なんとお父様と一緒に国王陛下に謁見することになってしまった。

 しかも陛下は、『ティアベル嬢の〝毒林檎〟を第二王妃に食べさせてほしい』というのだから驚くしかない。


 第二王妃は、三年ほど前から時々思い出したように魔力枯渇症状に陥っているという。


『メローナの魔法をもってしても症状が改善しないのだ。どうか、よろしく頼む』


 宮廷癒師団がかかってしても治療できない症状に対し、お父様たち宮廷魔術師団も闇魔法や呪いの観点から調査していたが、一向に原因特定には至っていないそうだ。

 それでとうとう、癒師でもない未成年者の私に白羽の矢が立ったらしい。


 隣に立つお父様をうかがうと、険しい表情をしている。

 成年を迎えてもいないのに、溺愛する娘が王宮に出入りするのが嫌なのだろう。


 ……でも、玉座に座した陛下のお願いという形の命令には逆らえない。



 私はその日から時折、メローナ様と一緒にクレアローズ第二王妃殿下をご訪問することになったのだった。


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