第30話 毒林檎令嬢の本領発揮(後編)
使用人達が『この場から避難』をする決断をしたのが、ぴりりと張り詰めた空気でわかる。
「こんなに苦しんでいるアルトを、ここに置いて行くなんて……」
「う……ぐうう……っ……グルルルル」
「アルト……っ!」
アルトバロンのうめき声と獣の唸り声が混ざりあう。
一刻を争う状況なのはわかっている。そうしなければいけない立場なのも理解している。お父様がいない今、使用人たちの命を預かっている無力な私ができることは、『命じる』ことだけだ。
けれど本心では、こんなに状態になった大切なアルトバロンを、ひとりぼっちにしたくはなかった。
一体どうして、こんなことに……っ。
究極の選択を迫られて、胸が張り裂けそうだと思った。
唇をきゅっと噛み締めてうつむく。ともすれば溢れそうになる涙を精一杯こらえてから、決意を胸に面を上げた。
「……全員、今すぐこの部屋から出て防壁魔法を。これ以降の指示は、護衛騎士団副団長に一任します」
「かしこまりました。……総員、緊急退避! 護衛騎士はこの部屋を囲むように防壁魔法を展開!」
私が震えを一生懸命に抑え込んだ声で命じると、使用人や護衛騎士が指示や伝達を行う声が飛ぶ。
「さあ、ティアベルお嬢様もわしと共に」
「……デノク癒師。アルトは、彼の意識はあとどれくらいもちますか?」
「もって十五分、いや、十分か」
「それなら……私にあと五分、時間をください。デノク癒師は私とアルトを残して、部屋の外へ」
私の決意に、デノク癒師は「なにを」と眉根を寄せた。
「私はまだ固有魔法が発現していません。固有魔法は女神の祝福です。もしかしたら、治療に役立つ固有魔法が女神に授けられる可能性だってあります」
きっと、きっとそうだ。
シナリオ通りに禁忌の毒林檎を召喚する固有魔法が発現していないのは、この瞬間のためだって……もう、そう信じるしかない。
「たった五分でどうなるかはわかりません。でも! ……女神に祈る時間をください。五分経ったら、絶対にこの部屋を出ますから」
「……よかろう。その代わり、わしも一緒じゃ。わしはアルトバロンの容態を見よう。五分以内に引き上げるべき時には、声を掛ける」
「デノク癒師……。ありがとうございます……っ」
「礼にはおよばんよ。さあ、早く祈りを。ティアベルお嬢様に女神の加護があらんことを」
その言葉に「はい」と頷く。
私は両手を合わせ、心の中で必死に女神へ祈った。
女神様……。どうか、どうか私に、アルトを救うための固有魔法を授けてください……!
どうか、どうか……っ。
――『僕の持つ膨大な魔力や固有魔法の怖さを知れば……――お嬢様だって、僕を遠ざけるでしょうから』
――『このまま僕がお嬢様を外へ出さなければ……飢えて死ぬ』
脳裏に、アルトバロンの言葉が蘇る。
これ以上、彼の心の傷を作りたくない。
……それだけじゃないわ。あの日、絶対にアルトをハッピーエンドに導くって、そう誓ったじゃない。
アルトのためにも、先祖返りなんてさせない。魔力中毒なんか、一瞬で治してみせるんだから……っ!
その時、どくんと心臓がひときわ大きく脈を打ち、身体がふわりと熱くなった。
言葉に表現しがたい、温かな魔力が胸の内に広がる感覚。この天啓が降りてきたかのような現象には、身に覚えがあった。
……ああ、やった! これでアルトを助けられる……っ!!
「――天より賜りし禁忌の果実。〝毒林檎〟よ、彼の者に
考えるよりも先に、詠唱が唇から紡がれる。
いつの間にか、手のひらの中には――毒々しいほどに真っ赤に輝く〝毒林檎〟が召喚されていた。
誰をも仮死状態にできる禁忌の果実からは、ふわふわと紫色の妖しげな燐光が立ち昇っている。
「そ、そんな……」
絶望感に打ちひしがれながら、両手できゅっとそれを握り……――あれ? と気がついた。
ちょっと待って? 仮死状態? しかも私がその状態を操れるのよね??
「――アルト! 絶対に助けるから、今すぐこの〝毒林檎〟を食べてっ!!!!」
私は召喚した〝毒林檎〟を、アルトバロンの口元へ素早く近づけた。しかし、意識が朦朧としている彼が齧れるわけもなく。
た、確か、唇に少し触れただけでも効果を発揮できたはず……!
苦しげに唸るアルトバロンの唇に、一か八かでふにっと押し当てた。
その瞬間、紫色の妖しげな燐光がひときわ強く煌めき、〝毒林檎〟が跡形もなく消える。
アルトバロンの呼吸が、すうっと止まった。
「……アルト…………」
どうやら、魔力中毒による先祖返りの症状も止まったようだ。
アルトを助けられて良かった……! と安堵すると同時に、お母様が息をひきとった瞬間にも似たアルトバロンの表情は、私の心を一瞬にして凍らせる。
……大丈夫。アルトは、死んでない。絶対に、助かるんだから。
「眠っているようにしか見えんが……詠唱から推測するに、ティアベルお嬢様の固有魔法は天命をも曲げる力を持っている、ようじゃな」
呼吸や脈拍を測り、心肺の動きが完全に止まっているのを確認したデノク癒師が言う。
「……はい。仮死状態にでき、その解除は私の意思で行えます」
「そうか…………」
デノク癒師は難しい顔で考え込んだあと、皺の刻まれた顔に柔和な表情を浮かべた。
「素晴らしい固有魔法じゃ。きっと将来、宮廷癒師団がティアベルお嬢様を欲するじゃろう。そう暗い顔をしなさんな。本当に素晴らしい、癒しの魔法じゃ」
「あっ……。ありがとう、ございます」
「うむ。さてさて、外に声をかけるかのう。わしではアルトバロンをベッドまで運んでやれんからな」
緊張感の抜けた明るい声音で、「おーい」とデノク癒師が護衛騎士を呼んだ。
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