第2話 九兵衛と最強の侍(多分)!!

何でも屋九兵衛、今日も元気にお茶と働く。


「──ふぅーっ。疲れたでい!」

「お疲れ様」

「おう、お茶、と飯持ってきてくれたのか。ありがとう。疲れた体に染み渡るってえもんだ」

「ふふ。それ依頼者がお礼にって」

「そっかー。食費も浮くしほんとにありがてえなあ」


2人はそこら辺にあった石に腰掛ける。


「結構順調そうで何よりだわ」

「これも全部お茶のお陰でい。そういや、お前店を手伝わなくていいのか? 前、人手が足りねえって言ってただろう」


心配そうに九兵衛が聞いた。


「え? あ、いいのよ。実は新しい子が入ってね。偶に手伝うくらいでいいって言われたの。だから心配しないで」

「そうなのか、そりゃあよかった!」


すると何かを思い出したように、あ、と九兵衛。


「話変わるけどよぉ、俺結構金がたまったんだ」


いつになく真剣な声で言われ何事かと姿勢を正す。


「だから……」

「……うん」


(も、もしかして……これって……!)


「だから……」

「うん」

「だから2人で飯食いに行こう!」

「そっちかい!」

「? なんかまずかったか?」

「なんでもないわよ!」


自分の勝手な妄想に耳まで赤くなったお茶である。


「そうか? ならいいんだけどよぉ。お茶には毎日世話になってっからおかえししてえんだ俺ぇ。いい店知ってんだ」

「ふーん。なるほどね。別にいいわよ」

「じゃあ行こうぜ」


2人は歩き出した。


◇◇◇


「──って、ここアタシんやないかい!!」

「何言ってんでい。ここの茶菓子は江戸で1番上手いんだぜ」

「そりゃどうも!」


連れられて来てみればまさかまさかの家の店。

何時も食べてるわとぷんすかしつつも相変わらず美味しい我が家の菓子を堪能していた時だった。

2人の前を何かが横切る。


「な、何?」

「誰かあ! その追っかけてえ!!」

「……なんだか今日が日曜の気がしてきたわ……って、九兵衛どこ行くの!?」

「ちょっくら捕まえてくる! すまねえが代金払っといてくれっ!」

「ハァ!? ちょ、待ちなさーい!」


◇◇◇


時は少し遡り、江戸の大通り。

見目麗しい一人の男が歩いていた。

名を、宇摩杉剣一郎うますぎけんいちろうという。


(はぁ。つまらん。全くもってつまらん。何故皆こんなにも弱い。この江戸で拙者せっしゃよりも強き者はおらんのか?)


こう思うのには訳がある。

彼の家は剣豪と呼ばれるものを何人も輩出してきた由緒正しき武家の家系で、彼自身もまた刀の、それもとびきりの達人であった。


「見ろ、剣一郎殿だ」

「まあた、見下しにきやがって」

「きゃー! 剣一郎様ぁ♡」


周りの視線を一身に纏いながら町を闊歩する。


(拙者が強すぎるせいで誰も勝負を申し込まなくなってしまった。全くもってつまらない。強きこともまた難儀なものだ。……しかしやはり藁人形以外と打ち合いたい。こうなったら難癖つけて決闘を申し込もうか)


その時、左の腹に強い衝撃が加わり、一瞬にして体が宙を舞う。


晴れ上がった空と水飛沫が見えた。


◇◇◇


遡ること四半刻。

九兵衛は大きな鈴をつけた白猫を追いかけ、入り組んだ城下町の路地を走っていた。


「てやんでい! 待ちやがれってんだ」


その声に驚いたのか猫が魚を落とし再び咥え直した。

お陰で一気に距離が縮む。


「やあーっ!」


猫に飛びかかった九兵衛。しかし体は勢い余ってその先へと飛び出した。


ドッボーン!


何かにぶつかって川に落としたような気がしたが、猫を無事に捕獲できたことで無かったことにする。


『なあ〜ん』

「へへっ、捕まえたぞ。もう悪さはすんなよ」


川から何かが上がってきた。


「……」


「それにしちゃあお前さん可愛いな。飼ってやろうか」

『にゃん!』

「……おい」

「よーしよしよしよし」

「おい!!」


後ろを振り向くとびしょ濡れの武士が立っていた。


「あれ、お武家様。そんなびしょ濡れでなにはどうなって?」

「……のせいだ」

「へい?」

「お前のせいだと言っているんだあああ!」


剣一郎は抜刀し、その切っ先を九兵衛に向ける。


「この某を水へ突き落とすなど……! 武士への狼藉、許さんぞ! 今ここで叩き切って……」


剣一郎に電流走る。


(そうだ、こいつを動く的にしてしまうのはどうだろう。素人でも対人の訓練にはなるだろうし、ただ切るよりはいいはずだ。そうだそうしよう)


「いや、気が変わった。特別にお前には生きる機会をやろう」

「へぇ」


九兵衛は終始キョトンとしていた。


◇◇◇


「ったくあのバカ! どこ行ったのよ……ってあら? 何かあったのかしら」


お茶は九兵衛を探していたところ人集りを見つける。気になって輪の中心を覗き一言。


「き、九兵衛!?」


一体全体少しの間に何があったというのか。


「一体何が……」

「あぁん? 知らねえのかい。アンタ。あの男がお侍様にタックルぶちかましたとか何とかで決闘だとさ。相手のお侍様に攻撃を1回でも当てれば勝ちらしいけど負けたらその場で切り捨て御免だと。そんなの無理だろうから多分あの男は死ぬね」

「そんな!?」


お茶は愕然とした。


◇◇◇


「──もう一度言うがもし、お前が某に一発でも木刀を当てたらこの件は水に流そう」

「へー上手いや。さっきお武家様も流れてたしなあ」

「う、うるさい! とにかく始めるぞ」


両者距離を取り礼をする。

刃を構える。


「いくぞ」


先に動いたのは剣一郎だった。


空気が微かに揺らいだと思ったら一瞬にして九兵衛を間合いに捕える。

九兵衛は動けない。


九兵衛危ない! お茶が叫んだその時、


「ぶえーっくしょい!」


九兵衛が盛大なくしゃみをした。無意識に体を折り曲げたことによって間一髪避けるとこに成功する。


「何っ、某の太刀を避けるだと……?」


剣一郎は驚き後ろを振り返る。


「うへぇ、鼻水出ちまった!」

「ちょっと、ティッシュあげるから垂れたまま動かない」

「お、お茶来てたのか。気が利くなあ」


など九兵衛のなんとも空気にそぐわない行動が繰り広げられており、それが剣一郎を苛立たせた。


(偶然だとしても某の太刀をかような奴が避けるなど。この恥晴らさでおくべきか! 次こそは必ず叩き切ってやる)



剣一郎が刀を鞘にしまい片足を大きく後ろに下げた。

前傾姿勢をとり重心を乗せ、力を溜める。


「ん、あれは!辺心へんしん流奥義、五型電速ふぁいぶじいじゃないか!?」


誰かが叫んだ。


辺心流──それは室町時代辺心小南伊へんしんこないが創始したとされる、剣術である。素早さを重視し、また臨機応変に対応出来るよう型が多数ある。多数の敵が相手でも十分強いが単体ではより有利であるという。


「ふぅーっ」


剣一郎が息を吐き出す。

そして足を動かした刹那、突風が巻き起こる。


「キャッ」

「うわっ!?」


そのまま剣一郎は固まっていた。

否、そのように皆見えただけだった。

それは、……残像だった!


お茶の瞬きの間に

もう刃は九兵衛の首を───

九兵衛危うし!!


(切った……!)


しかし、


「おぉっ!?」

「……へ?」


九兵衛はピンピンしていた。


「はぁ!? 何故だ、何故! 某はお前の首を切ったはず! それなのに何故っ……!」

「ん? なんでってぇそりゃ」


何故九兵衛が助かったのか知りたい観衆も聞き耳をそばだてる。


「単純に俺の足がお武家様より速かったんでえ」

「なっ! つまり……」

「嗚呼、俺の脚は時代を先取り6Gでい!」

「んなわけあるかいな」


思わずツッコミを入れてしまったお茶に周囲の視線が集まる。


「あ、え、いや、その。なんでもないです……」



「これが、これが新時代……!」

「どうした? 来ねえってことは俺のターンかい? なら行かせてもらうぜえ!」


と九兵衛は木刀を持った腕を後ろまでめいいっぱい引きつける。


(なんだあの構え。今まで一度も見た事が無いぞ。それにさっきの人間離れした動作。これは只者じゃあない!)


「くらいやがれ! 九兵衛流───ウルトラスーパーハイパーマキシマムアルティメットシャドーブレイクサザンクロスハイパー疾風怒濤画竜点睛有言実行……ゴッドブレイド!」

「名前なっが!!」


(くっ、同じ言葉を2回ぐらい繰り返したせいでタイミングが読めなかった! このままでは……!)


苦し紛れに中段に刀を構える。


「くっ……!」

「うぉぉおお!!」


スッポーン!!


なんと刀が九兵衛の手から離れ剣一郎の遥か後方へと飛んで行った。


「えぇ……」


思わず困惑するお茶。


「ふ、ふ、ふはははは! 所詮は素人。誤ったな!」


冷や汗をかきつつ剣一郎が言った。


「さぁ、これで終わりだっ! 辺心流最終奥義、蒼一凍水ぶるうとうす!!」


刀身に青い光を宿し、飛び掛る。

と、その時、


「あ、戻ってきた」


九兵衛の行方不明になっていた木刀が剣一郎の後頭部を急襲する。

スコーンと間抜けな音がして、剣一郎が崩れ落ちた。


辺りは水を打ったようになる。


「……ひょっとして一発入れたってことで、九兵衛の、勝ち?」


その言葉を皮切りに一気に騒がしくなる。


「すげぇ! あの剣一郎を倒したぞ!」

「クソッタレ。剣一郎に賭けといたのに」

「いやーん、剣一郎様ぁ」

「そういや、どうして刀が戻ってきたんだ?」

「多分、思いっきりぶん投げたから回転でもかかって戻ってきたんだろ」

「さーて、終わり終わり。皆午後の仕事行けー」


さっきまで沢山いたギャラリーは蜘蛛の子散らすように居なくなってしまった。

お茶は九兵衛に駆け寄る。


「九兵衛! 大丈夫?」

「ん? 全然平気よ。そいで、お武家様。約束通り処刑は無しって事でいいんで?」

「……ま、まだ、負けてはいなっ……」


木刀が刺さった頭から血が噴き出した。


※注意:少々残酷な描写のためモザイクをかけております。


「きゃっ。どうしよう。あ。あの、これ使ってください」


お茶が手拭いを差し出した。


◇◇◇


(うっ、ぅ。某は敗けてしまったのか。あんなふざけたヤツに。……いや、慢心していた自分の落ち度か。まだまだ修行が足りぬな。……血が止まらない)


遠のく意識の中で布が差し出されるのを見た。


(こ……これは?)


目をうっすらと開けると美しい女性が心配そうに見下ろしていた。

色白の肌。桃色の唇。整った鼻筋。何より自分を心配そうに見つめる困った瞳が剣一郎の胸を穿つ。


(……なんて。なんて美しい。この末世のような時代にこんなにも神々しい方が……。もしや仏ではあるまいな)


そう思うとなんだか後光が差してるようにも感じられる。

※この時お茶は太陽に背を向けていました。


◇◇◇


「動かないわね……」

「あ、もしや三途の川……?」

「まさか! 多分気絶してるだけだと思うけど。というより殺しちゃったらアンタ侍殺しの大罪人よ」

「そんなつもりは……!」

「その時は遺体を桜の木の下に埋めるしかないわね」


ガシッ。


「何っ!?」


お茶は腕を急に掴まれる。

今まで気絶していたであろう武士がむくりと上体を起こした。


「手拭いをどうもありがとう。某、宇摩杉家嫡男の剣一郎と申す者。貴女の名は?」

「お、お茶です」


お茶、と噛み締めるように剣一郎は呟いた。


「良き名だ」

「はぁ、どうも」

「ご職業は?」

「お店のお手伝いですけど」

「そうか。それでは、婚儀を挙げよう!」


手を握り、膝を着く剣一郎。


「直ぐにではなくとも……そうだな、1週間後とか」


急に結婚を申し込まれて目を白黒させる。


「どうしたんでい? お茶」

「きゅ、九兵衛助けて。さっきのせいで頭をおかしくしちゃったみたいで」

「そんな! お茶殿。某は至って健常だ! どうやら某は仏の様な貴方に一目惚れしてしまったようだ」


言いようのない感情に鳥肌が立つ。


「さあ、共に未来へ歩いて……」

『ケロッ!』


剣一郎の髪の毛から蛙が現れた。大方さっき川に落ちた時についてきたものと思われる。


「あ」

「え?」

「か、か」

「か?」

「かえるぅぅいやぁぁぁあああっ!!」


そのままお茶は剣一郎を掴むと音を置き去りにしてぶん投げた。


「どぅわぁぁぁ!?」


剣一郎はお星様になった。


「お茶……」


九兵衛がお茶の方を見やる。


「……すぅーっ。ホームランねっ!」



その後剣一郎は太平洋を漂流中漁師に発見されたそうな。

そんなわけで今回もおあとがよろしいよう、


「よろしいわけないだろ! 某が噛ませ役みたいに、ぎゃっ、サメ!?」


……おあとがよろしいようで。

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大江戸九兵衛奇天烈伝 翠野とをの @MIDORINO42

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