第2話 少女二人⑵
夕方。
なんで誰も来ないのー!昨日まで、一人二人は来てくれたはずなのにさぁ!
おかしくない!?炎天下の中ずっと声上げてたんだから、別に一人くらい来てくれたっていいじゃん!
……はぁ、泣き言言ってもしょうがないよな。今日も野宿かぁ……。
「おーい嬢ちゃん」
「あ、はいただいま!」
良かった!お客さんが来てくれた!豪勢な鎧を着て、あごひげを携えた中年の騎士が、木箱の上に腰掛ける。勲章の数はかなり多い。上位階級か。
「嬢ちゃん、もしかして蘇りかい?」
「なんでそう思うんです?」
びっくりするのを必死で押え、平然を装う。ここで無駄に驚けば、それこそ蘇りですと言ってるようなものだ。それより、なぜ分かったんだ!?
「その焼き印、奈落の印だろう?」
うちは、首を手で隠した。長い髪で印は隠してたはずだったのに。
この印は、奈落に落ちた際に付けられる、目印のようなもの。奈落とは、この国の地下にある、巨大な採掘場だ。
奈落送りになった者は、ひたすら休むことなく鉱石を掘り出すことを強制される。無期懲役、情状酌量なんてものは無い。
そこから逃げ出したのがうち。うちのように奈落から逃げ出すことに成功した者を総称して、蘇りと呼ばれている。
それに、これは王直属の兵隊や奈落の人しか分からないはず。この人は兵隊ではなく騎士だ。
騎士は、王ではなく城を守るのと、街の治安維持が役目。兵隊とはまた別の組織なのだ。
「なんでそれを!?」
うちは、咄嗟に口を抑えた。まずい。ここでそれを認めたら、またあんな所に戻されてしまう。
「……俺もそうだからさ」
その騎士は、首に不自然に巻かれたスカーフを外した。
そして、兜も外す。そこには、確かに奈落の印が。
この人も、蘇りなんだ。でも、この人かなり階級は上みたい。
「かなり苦労しましたよね……?」
「苦労っていやぁ、家の風呂場しか使えないことだな。まぁ、逃げ出すんなら今のうちだぜ?これから、さらに警備が厳しくなる。ここらを牛耳ってる貴族の娘の、成人式があんだ。名前は……、なんだったかな。あぁ、クロネだ」
逃げ出す…か、その必要はないだろう。一応、軍人の靴も磨いたこともあるし……。
それより、クロネ……、クロネ……か。クロネ!?
「マジすか!?」
「知り合いか?」
「昔、少し世話になったんです」
この人も、わかってるだろう。蘇りにとって、普通に接してくれる人がいることが、どれだけありがたいか。
同じ、蘇りなのならば。
「困ってるなら、お互い様だよ。ほら、手貸して?」
そう言いながら、彼女は私に手を差し伸べ、適当な衣類まで買ってくれた。
貴族の身でありながら、その心は慈愛に満ちていた。他の連中とは全く違う。
この国、アルデニカは、表面上の繁栄都市、そして地下世界、奈落に別れている。
奈落では、鉱石の採掘をひたすらにやらされる。朝から晩まで永遠と。
ちなみに、異形を狩るのが騎士の役目、治安維持、そして王直属の命令で動くのは兵隊や軍人の役目だ。
彼らのように異形の討伐を生業としている騎士は、素材採集をさせられているんだろう。これも他国との交易品になるらしい。
しかし、奈落で取れた鉱石の方が高く売れる。それなのに、奈落の人々は焼印を押され、まるで奴隷のような扱いを受けている。
「……よかったな。その子に会えて」
「はい。ところで、聖杯の儀はいつですか?」
「成人式当日、往来の目の前でやるんだとよ」
なるほど。これで晴れて第一御令嬢の誕生って訳か。
聖杯の儀とは、特殊な器、聖杯に水を張り、それに本人の血を一滴たらす。
そして、その水が赤く染まるか黒く染まるかで光と影、どちらで暮らすかが決まる。赤なら現世、黒なら奈落。
ちなみにうちは「もうやりましたから……」とか言いながら苦し紛れの言い訳で何とか誤魔化した。
仮に奈落出身から赤に染った子供がいたなら、容赦なく引き剥がされ、孤児院に預けられる。
ちなみに、これは生まれた時から十五年刻みで行う。赤から黒に変色していることもあるらしいから。しかし、黒から赤に変わることは無い。 そもそも、黒になった時点で逃げ出す以外に地上に出ることなんてできない。
「それとひとつ、妙な噂がたってる。眉唾物だけどな」
「なんです?」
「彼女の母親、再婚してるって話だ。なんでも、貴族だった先夫が奈落送りになったらしくな。その後、別の貴族の家庭に嫁いだって訳だ」
「へぇ……」
知らなかったな、そんなこと。あの優しそうな奥さんが……。何度か見た事があるのだ。レストランでうちにご馳走してくれたりもした。
ん、待てよ……?
「それってまさか!」
「そうだ。どちらか片方に奈落送りが出たら、その子供も奈落送りになる可能性が高い。たとえそれが後天的なものでもな。それと気がついてると思うが、彼女の父は前夫の方だ」
つまり、彼女には奈落送りの血が流れてる……!彼女が聖杯の儀を行えば、高確率で奈落送りになってしまう!
彼女まで、あの様な苦しい思いはして欲しくない。命の恩人なのだから。
「ねぇ、おじさん。採掘機ってここら辺ないですか?」
「採掘機?嬢ちゃん、何する気だ?」
「……恩を返すんです」
もしも、赤ならうちの取り越し苦労で終わるだろう。
でも、黒なら……。ザワザワと、全身の毛が逆立つのを感じる。悪寒が走るとはこのことだろう。
「俺の隊に五台ある。その一台を嬢ちゃんにやる。着いてこい」
「いいんですか!?」
「なに、落ちたならお互い様だ。式は明日だが、朝早くにやるそうだぞ?」
つまり、早めに寝て明日早起きして彼女の裁定を見なきゃいけないってことか。
さて、今からうちがやることはかなり危険な行為だ。下手すれば、また奈落に送られる。それでも、彼女に良くされたことをなかったことにはできない。
うちは木箱を路地裏に置いて、騎士さんの後を追った。
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