第4話 少女✕衝動⑴

 朝起きると、空気が少し違っていた。まるで、新居の空気のような。その空気をめいっぱいに吸い込み、体を起こす。元から寮生活だったため、朝には強かった。アラームの前くらいには起きられる。


「おはようございます」

「あ、おはよー、恭弥くん。ご飯食べる?」

「もうご飯作れてるんですか?」

「朝は晩ご飯よりは少ないからねー、あ、昼は各自でお願いね?」

「了解です」


 学食もあるし、弁当まで用意してもらうのは申し訳ない。


 にしても……。俺は食器を片す時、昨日の食器が一組残っているのが確認できた。


「瑠花はご飯食べたんですかね」

「こっちでは多分食べてないね。部屋でカップ麺でも食べてるんじゃない?」

「そうですか……、じゃ、行ってきます」

「うん、行ってらっしゃい!」


 波崎さんに見送られ、バックを持って食堂からそのまま学校に向かう。廊下に出ると、眠そうに目を擦る瑠璃と鉢合わせた。瑠璃は少しびっくりしたように目を丸めるが、欠伸をして眠そうにまた目を擦り始めた。


「お、おはよう……」

「おはよ……」

「ご飯は……」

「要らない」


 そう言うと、瑠璃はのたのたと小さな歩幅でおそらく学校に向かった。今にも倒れてしまいそうだ。てか、瑠璃って俺と同じ学校だったんだな。うちの校章をつけてる。


「てか待ってよ!ほんとに要らないの?」

「貴方の顔を見るだけでお腹いっぱいなの。見るだけで胸焼けしそう」

「それは悪かったけど、ちゃんとご飯食べなきゃダメでしょ!ほら、そこのベンチ座ってて!」

「ん……」


 瑠璃をコンビニ前のベンチに座らせ、コンビニで適当にパンを見繕う。今日の昼食確保も兼ねている。


 何とか売れ残っていたイチゴジャムとカツサンドのサンドウィッチを買い、瑠璃の元に戻る……が、彼女は寝息を立てていた。こんな短時間で眠れるとは……。


「起きろ。はい、ジャムサンド」

「イチゴ……?」

「そ」

「りんごの方がいい……」

「わがまま言わずに、ほら行くよ」


 ちまちまとパンを食べ、瑠璃はとぼとぼと歩いていく。しかし、その足取りは先程よりかはきちんとしていた。朝食を食べて目が覚めたんだろう。


...


「本日からこのクラスに編入することとなった、えっと、瑠璃さんです!ほら、挨拶」

「瑠璃です、よろしくお願いします」

「まじかよ……」


 てっきりまだ話していない違うクラスのやつだと思っていたのだが、まさか転校生、それもこのクラスに転校してくるとは……。


「何あの子、知り合い?」

「うん……、昨日会ってな……」

「昨日って……、あ、そういやお前昨日どうしてたのさ!心配したんだよ、トイレ行ったきり帰ってこないんだから!」


 後ろの席の大地から、話しかけられる。ああ、そういえば色々あってこいつに連絡するのが遅れてしまっていたな。何通もメッセージが来ていたが、返したのは今朝だったし。


「ごめん、見ての通り、怪我はないよ」

「ならいいけどさ。委員長にも謝っときなよ?先生にお前のことバレないようにしてくれてたんだから」

「あぁ、そうだな……」


 古森の方を眺めると、なにやらムスッとした顔で俺を一瞥したあと、前を向いた。


「じゃあ、貴方の席は齋藤くんの隣ね。1番後ろの席」

「わかりました」


 そう言うと、瑠璃はゆっくりと歩いて大地の隣に向かってくる。


「あの子気難しいから、色々注意してな。まず、苗字を聞いてはいけない。その理由も。聞くと不機嫌になる。なんならめちゃくちゃ態度が悪くなる。昨日の今日知り合った俺でも相当嫌われたから……」

「えぇ、上手くやれるかな……」

「上手くやるためにアドバイスしたんだよ、がんばれ。隣の席のやつと気まずいままじゃやってけないだろ」


 すると、瑠璃が大地の隣の席に着いた。筆記用具を机に並べる彼女に、大地が話しかける。


「君、瑠璃って言うんだ。僕は大地。齋藤大地。よろしくね」

「ん、大地くん。私は瑠璃。よろしくね」

「うん、瑠璃さん」


 掴みは良さそうだが……、最低でも雫さんたちと同等の好感度で収まってくれればいいんだけど。ん……?何やら瑠璃がちらちらと大地のことを見ている。何だろう。


「その……、私の苗字、気にならないの?」


 な、何その特大爆弾発言!大地、この状況どうやって切り抜ける……!下手打ったら俺以上に嫌われる可能性あるぞ!


「べつに?」

「な、なんで……」

「名前分かればそれでいいし、瑠璃って名前可愛いし、君は瑠璃って感じの顔してる」


 わぁ、すっげぇむず痒いこと言ってる…。瑠璃もプルプルと震えて、なんとも耐え難いと言った様子だ……、いや待て?なんかこいつ顔赤いぞ?恥ずかしいのか……。


「それに、苗字秘密とか、伝説の家系みたいでかっこいいじゃん!」


 結局それか。さすがオカルトバカ。てかさっきから瑠璃の様子がおかしい。


「あ、ありがと……、大地くん……」


 あれぇ!?なんか二人いい感じじゃない!?苗字聞かないだけでそこまで好感度上がるの!?なんか逆に心配になってきた。


「怪しい……、恭弥くん、昨日何かあった?」

「何もないよ」


 じとりとした目で俺を見てきたのは、隣の席の来ヶ谷華。吹奏楽部の少女だ。


「うっそでー、恭弥くんは私とコモちゃん以外に話しかけられると若干キョドるもん。そんな君が、あろうことか君よりかオープンで女子と話慣れてる大地くんに女の子と関わるアドバイスが出来るなんて、可笑しくない?それに昨日会ったって言ってたよね?」

「まぁ、そうだけど……」

「不埒な匂いがする!」

「そんな関係じゃないって……見てな?」


 そう言うと、何やら大地と話している瑠璃の方へ向かった。見てもらった方が早いだろう。百聞は一見にしかずと言うやつだ。


「私も犬派……!ワンコ可愛いよね」

「あの、瑠璃さ……」

「今忙しいから話しかけないで……。それで……」


 あまりの豹変ぶりに大地と来ヶ谷が目を丸くする。その後も平然と話を続ける彼女を、「ちょっと待って……!」と大地が制止させる。いや、何可愛げに首を傾げてるんだ。


「彼は僕の友達なんだ。少しくらいは話を聞いてあげても……」

「そうなんだ……、こほん。何?」

「あぁ、うん。ほら、俺たちこれからも一緒に行動すること多いじゃん?だからこれからもよろしくって挨拶が……」

「うん、よろしく。でね……!」


 口は聞いてくれたものの、まさに面倒くさいやつを突っぱねるように早口で言い放つ。そうして自分の席に戻った俺を、来ヶ谷は哀れみの視線で出迎えた。


「……相当嫌われてるね、何かあったの?」

「苗字聞いた」

「それだけじゃないでしょ。絶対なんかしてるって!現に大地くんにはあんなにデレデレしてるよ?」

「大地がおかしいんだよ……、疑うなら話してみたら?」

「うん、そうする」


 そう言うと、来ヶ谷は瑠璃の方へ向かった。被害を被らなければいいけど……。


「瑠璃ちゃんこんにちは」

「ん、あなたは?」

「私は来ヶ谷華。あなたの前の席だから、挨拶に来たんだ」

「そうなんだ、よろしくね」

「よろしくー、それより犬派なんだって?私もそうなの。近所に可愛いわんちゃんがいてね?」

「わ、可愛い……!」

「ほんとだ、可愛い」


 あれ、めっちゃ会話弾んでる。苗字聞いたか聞いてないかでこんなに差が出るのか。分かりにくい上に高威力。これぞ地雷と呼ぶに相応しいと言うものだ。


「今度見においでよ」

「ごめん、今は引越しでバタバタしてて。落ち着いたら絶対行く!」

「そっか、楽しみにしてるね。慣れない学校で大変かもだけど、私でよければ力になるから。じゃね!」

「ん、ありがとう、華さん」


 会話を終え、華は自分の席に座るなり、俺を酷く軽蔑した目で見つめてきた。先程からずっと視線が痛い。


「絶対なんかしたでしょ。苗字聞いただけであんないい子が酷い態度取るはずないもん」

「それだけ瑠璃にとっては聞かれるのが嫌いなんだろ。お前も気をつけろよ?」

「うん、流石に私も他人の嫌がることはしないけど」


 それがいい。自分のやられて嫌なことは他人にするなとはよく言われたが、結局のところ、当人に合わせるしかないのだ。

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