異世界追放、全力満喫──できたらいいなぁ
◆
神様全盛期の時代に建設された古代遺跡。どんな超常現象が起きても不思議ではない。そのため国連機関では調査任務代行を外部に依頼する場合がある。特に未知の危険性を孕む時代の古代遺跡は超常現象、非科学的現象の巣窟だ。
依頼屋にも何度かその話は流れてくるが、マスターはその手の依頼は基本的に拒否していた。宝探しが嫌いなのではない。トラブルは毎度のことだが、何より気に食わないのは神暦という時代の話だ。
かつて地上には神様と人間が暮らしていた。だがやがて人間は神様から地上を奪い取った。それに怒った神様は、地上に災いをたくさん残した──という。そんな負の遺産をどうして現代に生きる人間が受け継がなくてはならないのか、甚だ疑問で仕方ないが、それはそれ、これはこれ、仕事は仕事。
マスターは国際列車を乗り継ぎ、現場へ急行した。──尚、旅費含め全額上層部に請求済み。
──暗闇の中を照らすマズルフラッシュ。石畳を跳ねる薬莢が鈴のような音を鳴らすのをかき消すように銃声が木霊する。
トゥームバスター達は予期せぬ相手と対峙することになり、狼狽えていた。それもそのはずだ。本来であれば遭遇するはずがない。
裏社会に突如として現れたその依頼屋は、僅か二年の間で幹部の座に昇り詰めた。だがやり過ぎた手口は上層部から釘を刺される形となり、それは国連機関からも要注意人物として手配されている。
人ならざる手口による凶悪犯罪の数々によって、彼は最上位の悪名を得た。
外見的特徴から唯一得られる情報から──蒼い悪魔、【蒼魔】と。
「っ……なんでテメェがいやがる【蒼魔】ァァッ!」
トゥームバスターが吼える。その叫びを無視するように、仲間が一人、また一人と倒れていく。
銃弾が宙で弾ける。
風切り音の後に、倒れた仲間の顔をライトが照らした。首と胴体が離れ離れになった死体は、鋭い刃物で切り裂かれていた。
短機関銃の掃射を正面から弾きながら迫る【蒼魔】は、一人を残して姿を暗闇へと隠す。
勝ち目が無いことを悟ると、男は目だけで出口を探した。
「……、な、なぁ! 俺らはここで手を引く! 悪かったよ、だから見逃してくれねぇか! 武器も捨てる! 降参だ! 遺跡の発破も止める! 頼む見逃してくれ!」
大枚叩いた横領品である軍用短機関銃を投げ捨て、男は一目散に出口へ駆け出す。
しかし、その足が何かに引っ掛かって盛大に転んだ。立ちあがろうとする男は背中を押さえ込まれ、首に冷たい刃が当てられて身動きを封じられる。
首だけで見上げると、そこには黒い狼の仮面を付けた【蒼魔】がいた。
銃社会の現代で、刀剣類のみで渡り歩く狂人。
「遺跡の構造は?」
「……話せば、見逃してくれるか?」
「質問に答えないなら首を刎ねる」
グッと首にめり込む刃に、男は脳細胞をフル稼働させた。
トゥームバスター、遺跡破壊者は必ず内部を調べる。事前に構造を把握してから、自分達の身の安全を確保した上で発破をかけるからだ。遺跡と心中したがる奴はいない。
男の口から矢継ぎ早に出てくる話を半分聴きながら、【蒼魔】──マスター・ハーベルグの視線は導火線を見つけていた。
「──神暦黎明期の遺跡と聞いていたが、財宝の類は見つからなかった! 此処に神の遺産なんかなかったんだよ! 壁画と大広間があるだけで、俺達だって肩透かしを食らったんだから、お互い被害者だろ!?」
「……ひとつ聞くが。どっから情報仕入れた?」
「────」
「爆薬の調達から遺跡の警備隊の排除まで、随分と用意周到だったみたいだが。誰から情報仕入れたんだ? まるで最初から知ってたみたいだけど」
「──それは」
「そうか死にてぇか。それじゃあな」
刃を振り上げるマスターに男は悲鳴じみて白状する。
「【戦争屋】だ! 知ってるだろ、ファースト国家依頼屋の! アイツが国連から依頼を受けて、それを俺達に教えてくれたんだ! 壊し甲斐のある遺跡が見つかったって! それなりの情報料も支払った! なのに、なんでお前がいるんだよ! この裏切り者!」
「……そいつはいいこと聞いた。ありがとよ」
一度は上げた刃をゆっくりと下ろすのを見て、男が安堵のため息を吐く。
「──俺の夏休み返せよ、死んで詫びろ」
次の瞬間、刃が首を刎ねた。
◆
トゥームバスターを壊滅させた後、マスターは遺跡の内部調査を進めながら考えを巡らせる。
【戦争屋】──オーロック・ウェルドラコ。ファースト国家における依頼屋の古株。最古参の一人であり、裏社会と政界へ幅広い人脈を持ち、戦場のパワーバランスを保つことで商売道具を売りつける武器商人だ。
(ま、若造の活躍が気に食わない年寄りの僻みだろうけども。気に食わねぇな)
顔を合わせたことだって数える程度しかない。恨まれる筋合いなどないはずだが。
マスターは壁画を手を当てる。
財宝の類は無し、無駄に広い空間が通路で繋がれていることから、此処が神暦黎明期における何らかの儀式で使用されていた場所だと推測できた。
問題は────此処が、“何の”神様を崇めて建立されたのか。マスターは壁画を照らしながら仮面の中で嘆息する。
──描かれている抽象的な流れを汲み取るに、おおよそまともとは言えない神を崇めていたらしい。
その神は、人の姿をしていなかった。人の顔をしていなかった。人の心を持ち合わせていなかった。人を理解していながら、理解されなかった。だが人々の心に棲みついていた。
そしてみなが狂っていった。破滅の道を辿る人々を見て、神がようやく笑った。
まだまともな人々は、その神から逃れた。逃れるために作った。
(……神殿、というよりは避難所か?)
マスターは壁画を読み解く。
だが、逃れられなかった。だから逃げ道を作った。苦渋の決断だったが、生きるためには生まれた地を捨てるしかなかった。
願わくは、新天地こそ安寧の地であらんことを──。
神様全盛期にはよくある話。貧乏神を引き当てた人々は滅ぶしかなかった。だが、どうやら此処に住んでいた人類は新天地を目指して別な世界へ逃れる術を用意したらしい。
マジで何でもありだな神様時代。──そんなことを考え、マスターは再び広間の調査を進める。
安定しない足場には細かい溝が幾重にも張り巡らされていた。それは幾何学模様を描いている。
溝を満たす液体らしきものに指先で触れると、廃油のような黒い液体が指先に付着した。
仮面の下半分をずらし、臭いを確かめる。ひどく鼻が曲がりそうな、醜悪な香りにマスターが顔をしかめた。
「くっさ、なんだよコレ……」
溝を辿っていくと、床に出っ張りがあるのを見つける。目を凝らすと、それはポツンと置かれた御神体のようだった。
土偶のような、埴輪のような、円筒状の石像の表面にまで黒い液体が張り巡らされている。
──神暦の仮説論に、人類が如何なる方法で神々を打倒したのか、という『討神論議』があるのをマスターは思い出していた。
神々を偶像に封じ、それを破壊することで神の力を弱める、という手段だ。実際のところは怒りを鎮めるために祀られることが殆どだが。
果たして、自分が見つけたのはどちらか。興味本位で近づくと、広間に人の気配が近づいてくるのがわかった。
コツ、コツと革靴の音を鳴らして。ガチャガチャと金属の擦れる音。マスターが振り返ると、そこに立っていたのは部下を数名引き連れた【戦争屋】オーロック・ウェルドラコ本人だった。
「……見ての通り仕事なら順調に進んでるが、何か用かよ? 枯れ木ジジイ」
◆
オーロックはおもむろに手を挙げ、拍手する。
「素晴らしい腕前だ。やはり貴様に頼んで正解だったな、【蒼魔】マスター・ハーベルグ」
「何が目的だ?」
「此処がどのような神を崇めていたか、わかるか?」
「ろくでもねぇ疫病神の貧乏神、それが?」
「私はそれを手にしたい」
「はぁ? 耄碌すんなら棺の中でしてくれよ」
「私の肩書を忘れたか?」
マスターは盛大に舌打ちした。
「つまり、ただの道具を売りつけるだけに飽き足らず、今度は神様まで商売に使うつもりだってか?」
「この壁画には、当時の神がどれほどの猛威を振るったのかが描かれている。それを利用すれば戦争を続けられると考えた。銃弾ではなく、人々の思考や精神そのものを汚染する。──狂気の伝播だ」
「アンタの方が何か受信しちまってる顔してるがな。それで? ──俺の仕事の邪魔するなら同業者だろうが幹部だろうが上層部だろうがぶち殺すが」
警告だけに留める。しかし、オーロックは暗視ゴーグルを付けた部下に射撃を命じた。その弾丸は弾き返そうと得物に手をかけていたが、狙いが逸れる。
威嚇射撃のつもりか、それとも外したのか──しかし暗闇の中でもわかるオーロックの不敵で不快な笑みに訝しんでいると、背後から水音に振り向く。
「──あぁ、ここの神がどのように封神されたか知っているか? 涙無しには語れない結末だ。異界へ逃げ延びた人々を追った神を、一人の若者が勇気を振り絞って石像で帰り道を閉ざしたことで平和を手にしたらしいぞ」
弾丸は最初からマスターを狙ってなどいなかった。
背後に置かれていた石像はひび割れ、やがてボロボロと崩れ落ちていくと、今度は間欠泉のように黒い液体が溢れ出す。
それは自らの意思を持つかのように、一番近かったマスターめがけて降り注いだ。粘つく液体に足を取られ、それは石像のあった場所に渦を描いて収束していく。
床にガンケースを叩きつけ、爪を立てて踏ん張るとオーロックを睨みつける。
「──おいクソジジィ。今決めたぞ。こっちの世界に帰ってきたら、まずテメェからぶち殺してやる。楽しみに待ってろ!」
「あぁ、私の寿命が尽きる前にお前が戻ってこれたらの話だがな?」
足だけでなく背中にまとわりついた黒いヘドロが、遊び相手を求める子供のようにマスターを渦の中へと引き込んで消えていった。
それを見届けたオーロックは不気味な静寂に包まれる「聖櫃の間」に佇む。
求める生贄を差し出したのだ。ならば神は必ずやこちらの願いを聞き入れてくれる──そう信じて止まなかった老体の前に、やがて神が姿を表した。
◆
異世界、というものにマスターはさしたる興味を示さなかった。本やゲームの舞台によく使われるご都合主義の世界観、という程度の認識だったのも悪友スロウド・マクウェルからの入れ知恵で知っていたからだ。
だから自分が今いる場所が、はるか遠い昔のご先祖様が逃げ延びた異世界だ、という実感そのものはない。
言ってしまえば、青い空があって、澄んだ空気があって、大自然があって。
その真っ只中に自分の身体が投げ出されて超いてぇってことぐらいしか思うことはなかった。
「……さぁて、どうやって帰っかなぁ」
森の中で大の字になりながらマスターは呟く。
とはいえ物は考えよう。夏休み中に異世界旅行がなんと無料で楽しめる! なんてお得なんだ! バカがよ死ね。頼んでねぇわハゲ。覚えてろクソジジイ。
内心ブチギレながら身体を起こし、ひとまずは現地人と接触することを目的に歩き出した。
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