第2話 生成と地縛霊って

 これはつい最近の出来事である。人に話すことが出来ずに喉が苦しく、この場に書き遺す。関係者は今も健在で、一人の男は引きこもりになってしまったのだが。なので此処がどこなのか判らないように、かなり省いて書かなければならない。



 近くのコンビニに、歳は二十代前半くらいの女の子が、早朝のバイトで来ていた。週に2回程度だが、散歩帰りによって彼女の笑顔を見るのが楽しみになった。ハキハキとした明るい表情で、頭の回転も速く、こんな爺さんにも愛想良く冗談も言ってくれる。


 そんな楽しみが1年間くらい続いたある日、突然店から彼女が飛び出てきた。動きはゆっくりとフワリとしてるのに、相当なスピードで横を通り抜け、振り向くともう見えない。あんなに急いでどこに行くのだろうと、店に入るとレジの前にいつもの笑顔で立ってる。


 その時は勘違い、ほんの思い違いと思っていたのに、月に数回同じ事が続いた。店から出るときの彼女の目は、精気の感じられない虚ろな眼差しになってる。店に入るとレジ前に居る彼女は、いつもと変わらぬ明るさと笑顔であった。


 ある日、入ろうとしたら例の如くふわりと横を通り過ぎた。その瞬間感じた冷気のような、それでいて全く存在感を捉える事も出来ない、これが祖父から学んだ「生成なまなり」なのかと瞬間に感じられた。


 生成といえば『源氏物語』の中で、六条御息所ろくじょうのみやすんどころが光源氏を恋するがあまり、生霊いきりょうとなってを死に至らしめるということで知られてる。想いが強く募りすぎると、本人も気付かぬ間に精霊せいれいが抜き出て、思いの丈を晴らそうとする。


 この生成は相当にやっかいなもので、自分だけではなく周囲の人達をも巻き込んでしまう。亡くなった人の遺された霊魂は鎮めることが出来ても、生成は本人の自覚が目覚めなければ、如何なる手立ても出来ない。生成が動いてる状態で本体が死んでしまうと、もう鎮めようがない。



 果たして、とうとう恐ろしい結果が出てしまった。


 彼女を見られなくなって半年も経った頃、14階建てのマンションの近くを通った時に、あの独特な冷気を感じた。車から降りて誘われるままにマンション下を通り抜けて、砂利の敷かれた広場に出た。天気は快晴なのに、この砂利の中から冷気が吹き出し、霧のように僅かに白いもやのようなモノが漂っていた。極めて強い地縛霊が感じられた。


 あの子の精霊が漂ってるのか、あるいは他の人のか、少し小高い見下ろせるところに座った。「吾かんなぎなり、今(略)と成りて・・・」と唱えて気を清浄に保ち、じゅを述べた。


 すると、あの砂利の中に最初はボンヤリとした、しだいにどす黒いタールのような溜まりが顕れてきた。その中に、あの子の顔が半分浮き出てきて、ジッとマンションの上を見てる。もうこれ以上は何も出来ないし、下手に「呪」を述べ続けることは、こちらに怨念を向けてしまう。



 数日後レジのオーナーのいるのを見て、人の出入りが少なくなった頃を見計らって、買い物をしてから彼女のことを聞いてみた。オーナーも誰かに話したかったらしく、でも商売柄話せずにいたらしい。


 彼女、A子はある男性B男と付き合っていた。結婚を前提にした付き合いで、彼女なりに仕事の他に早朝のコンビニバイトの掛け持ちで、結婚費用を貯めていた。B男はなかなかのイケメンで、女性にもてて女癖も悪かった。


 A子が妊娠したら、B男は堕ろせと迫った。仕方なく堕ろしたが、1年後に再び妊娠してしまった。この時に他にも女性二人と付き合っていて、一人は妊娠もしていた。しかもこの二人からも金を貢がせ、A子が貯めていた貯金も全て使い果たしていた。結婚を迫るA子に対して行ったのは、友人のC男をそそのかして彼女をレイプさせたのだ。


 そしてA子は生成に化してしまった。


 オーナーの話では、中型トラックの運転手だったC男は、前方不注意で大型トラックに突っ込み、運転台がペチャンコに成り、上半身が見分けも付かないほど潰れて死んだ。妊娠していた女性は人気の無いところで早期流産し、苦しんでる所を発見され救急車で運ばれたが、出血多量で亡くなった。もう一人の女性も、事故か何かで亡くなったと言ってた。


 そして最後に、A子はB男の家族が住んでるマンション屋上から、飛び降り自殺をしてしまった。整地して駐車場にする予定だった所に敷いた砂利の上に落ちて、身体はグチャグチャになり原形も留めず、その中に顔半分が残っていて、目を開けたままB男の部屋の方を見ていたという。


 B男はA子のドロドロの血の海になった身体の上の、ジッと目を開けて自分を見つめてた遺された顔を見てしまい、精神が錯乱して、家から出られなくなった。この出来事は瞬く間に広まり、しかも関係者が皆亡くなるという悲劇も加わり、尾ヒレ背ヒレの付いた噂話に成って、女性二人とC男の家族にも及び、一家離散にまで追い込んでしまった。B男の家族5人も、父親とB男を残して一家はバラバラになってしまった。


 父親は地元でも有名な会社の課長になっていたが、市内はおろか取引先にも知られて、営業職から窓際に移動になった。会社としては辞めて欲しかったのだろうが、B男が一歩も部屋から出られず、辞職して他にも移れなくなっていた。


 駐車場にする予定だった、あの血の海も片付けられ、読経して清められたのに、アスファルトを敷くと、血の跡のように赤黒いモノが滲み出るという。剥がしてセメントを流したが、数ヶ月後にまた黒い模様が出てくるという。とうとうセメントも剥がして砂利に戻したそうだ。だれも此処を駐車場として使おうとしない。子供も遊ばせない。


 たぶん、砂利のあの辺りだろう、ユラユラともやのようなモノが漂ってるのは。あれはかなり強い地縛霊だと思う。だれがあの霊を鎮める事が出来るのだろうか。

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