第48話 霊廟

「本当に3人だけで行かれるのですか? いくら相性が良いとはいえ、流石に止めた方が良いですよ。今までにBランク以上の冒険者が何人犠牲になった事か……」


「無理そうなら直ぐに逃げるから安心して下さい。それに逃げる時間を稼ぐ手段も用意して来ましたから」


冒険者が絡んできたり、受付嬢が心配して行かない様に説得してきたが、なんとか探索期間の登録が終わった。

1週間経っても帰らない場合は死亡したものとして扱うそうだ。





翌日、王都から出る乗合馬車で霊廟を目指す。2時間程進んだ所で馬車が止まり、御者が目的地に着いたと告げたので降りて見ると、そこには無数の墓地が広がっていたので驚いた。


「嬢ちゃんはここに来るのは初めてかい? ここは王都中の遺骨の眠る場所さ」


異世界故に火葬したとしても、何かのきっかけでアンデットとして蘇る可能性がある。

王都でのアンデット出現を防ぐ為に遺骨は全てここに埋葬されるそうだ。


アンデットダンジョンの側に墓地って、色々問題な気がするけど……?


そう思ってノアに尋ねると、ダンジョンでの異変を察する上でも墓地が隣接した方が良いそうだ。


「もし、ダンジョン内に異常が有れば、真っ先に墓地で何かしらの異変が起きます」


他のダンジョンに比べて、アンデット絡みだとそれが顕著に現れるそうだ。


「すみません。ダンジョン探索に来ました。コレが許可証です」


ダンジョンを護る門番さんに探索許可証を見せた。

門番は俺を見ながら訝しんだが、ノアを見て中へと通してくれた。やはり彼女を連れて来たのは正解だった。ここまで来ておいて、危うく入れなくなる所だった気がする。


『うへぇ……〈風陣〉』


入るや否やミュウは風魔法で己を球状に包み込んだ。この薄暗くてじめっとした空気が嫌だったのかな?


「この空気が嫌だった?」


『そうじゃなくて臭いが……二人は大丈夫なの? 鼻が馬鹿になりそうなくらい臭いよ』


臭いが問題だった。風魔法で匂いをシャットアウトしたみたいだ。


「確かに臭いけど、まだ我慢できるよ。昔、ゴミ処理場や下水処理を経験してるからその時に比べたらまだマシかな」


「私はアンデット討伐の経験ですね。まだ、ゾンビ等は出てないので臭いなぁくらいの感覚ですよ。オジサンの口臭の方が臭いですね」


それは俺も臭いと思う。歯磨き文化があまり普及していないから、臭い人多いんだよね。

教会が歯磨きの指導はしているものの、生活魔法〈消臭〉の魔法があるから身分問わずに広がらないのだ。


「はい、コレ。魔法処理を施したマスク。ミュウの分も用意したから使いなよ」


『えっ、私の分も有るの!? ちょうだ!………本当だ!臭くない!!』


いや、まずは〈風陣〉を解こうな。それだとマスクの効果が分からないだろ。


まぁ、喜んでいるから指摘しないでおこう。ミュウのサイズの物は中々ない。魔法処理を施すのも一苦労したが、この姿を見ると報われた気がする。


「おっ、人がいた!」


ある程度通路を進むと開けた場所に出た。

そこは一種のセーフティエリアらしく、礼拝堂の様な明るさと広さをした。そこで休む神官と冒険者のグループが幾つかあった。よくこれだけの数の許可証を王城から貰う事が出来たものだ。


「軽く探索するだけなら許可証は要らないからでしょう」


「えっ? なら、この許可証はなに?」


「それは最下層に入る為のモノですね。常時、結界で移動出来なくしているので持ってないと入れないそうですよ」


ああ、だから引き止められたのか。

この容姿だと子供に見えるから最下層に行くだけの実力は無いように見えるしね。


「お〜い、そこのお二人さん。うちの神官様みたいに経験値稼ぎかい?」


「ええ、そうです。そちらは神官様の護衛ですか?」


セーフティエリアを通り過ぎて次に行こうとすると人の良さそうな冒険者が声を掛けてきた。

その後ろにはフードで顔の見えない神官がおり、視線に気付いて軽く頭を下げてきた。


「そうだぜ。最近行方不明になる神官が増えてるらしいからな。ジメジメで汚れるからってずっとフードを被ったままなら来なけりゃ良いのによぉ」


「神聖魔法使いとアンデットの相性は良いですから多少の無茶はしますよ。それで噂の原因は分かりますか?」


俺は情報の報酬として、懐から銀貨をチラつかせた。彼は無言で手を差し出したので、受け渡すと驚きの表情を浮かべる。


「おお、マジか……。嬢ちゃん、大銀貨とは奮発するねぇ〜。なら、しっかり対応してやらねぇとな」


行方不明が出る程の噂話ならギルドで聞けば直ぐに分かることなので、情報料は銅貨数枚からどんなに高くても銀貨1枚が良い所だ。それなのに大銀貨を払うとは思わなかったらしい。

彼は上着の右内ポケットに急いでしまうと話し始めた。


「原因は未だに分かってないが、何でも強力なアンデットが生まれたやら堕ちた神官が隠れ潜んでいるなんて言われてるな。一番可能性が有るのが後者だな」


「どうして、そう思うの?」


「なんせ、この噂が立ち始めたのが教会の騒動と重なるからよぉ。夜な夜な出入りする神官を見た奴もいるそうだ。火の無い所に煙は立たぬって言うだろ? 誰でも入れるが最下層ともなれば許可証持ちしか入れ無いから隠れるならうってつけという訳よ」


流石に大銀貨も払った価値は有った。な情報を得る事が出来た。


「ありがとうございます。皆さんも道中お気を付けて」


彼らと別れてからある程度進むと周囲を見渡し、誰も居ない事を確認したノアが声を掛けてきた。


「よかったですか? あの程度の情報に大銀貨も払うなんて……」


「大丈夫。直ぐに回収する事になるから」


「回収?」


「だって、あの人たちーー」










Side とある神官


「チッ!?」


俺は通路から来る人物を見て、直ぐに被っていたフードを深くした。

選りにも選って奴か。自身の運の悪さは呪いたい


「おい、どうした?」


俺の動揺に気付いた護衛の冒険者が声を掛けてきた。


「追手だ。そうじゃなければ、わざわざ大司祭様がここまで来る訳がない」


ノア大司祭。その容姿と能力から幾人の男たちを翻弄したか分からない。

此度の粛清で多くの聖職者が捕まり、逃げた者たちも順次捕えられていると聞く。彼女は懲罰官として俺を捕まえに来たのかもしれない。


「へぇ〜っ、すげぇエロい女じゃないか。いつも通り味見しても良いよな?」


「おいおい、お前ばっかり楽しんでじゃねぇよ。たまには壊れてない奴を回せよ? 俺はあの胸を殴ったり刺したりして泣き叫ぶ所を見てんだよ」


「うへぇ、えげつねぇ」


「お前に言われたくねぇよ。両手両足を落としたり、変形させて犯す癖に」


これだから破落戸は好きになれん。とはいえ、今回の様な場面では役に立つ。


「好きにしろ。その代わり、確実に殺せ。バレたら貴様も道連れだと分かっているな?」


「わぁってるよぉ。だから、一緒にこんな所で引きこもてるんじゃないか。お前さんが死んでも捕まっても、俺らは終わりなんだからよ」


殺したいのはこっちも同じだ。

裏切らない様に結んだ契約が功をそうし、未だに逃げ続けていられる訳だが……。


「さて、いつも通りやってくるわ」


冒険者の一人がノア大司祭たちに声を掛けた。視線を向けられたが警戒された様子はない。上手く懐に入り込んだ様だ。


彼らのやり方はこうだ。人の良さそうな感じで近付き、心配する素振りを見せる。その上で失踪者の情報を渡せば警戒も緩むという訳だ。


もっともコイツらが余計な聖職者も襲うからこそ広まった噂なのだが……。教会の裏仕事で味をしめたのだろう。どいつもこいつも泣き叫ぶ姿を犯し楽しんでいた。


「はぁ〜っ、人身売買で金を稼いでいただけだったんだけどなぁ……」


大司祭たちが去り、冒険者たちは武器の手入れを始めた。彼らが結界を越えたら狩りが始まる。


俺は運良く手に入れた許可証を見た。神聖魔法のレベルを上げる為に手に入れた物だ。


教会で出世するには、汚職に塗れた者たちに渡す金と神聖魔法のレベルの両方が必要だった。


金は法外な医療費だけでなく、人身売買や横領で稼げるが神聖魔法のレベルはどうしようも無い。だから、ある程度の金を稼ぐとダンジョンに行く為に上役達に媚びを売って許可証と裏の冒険者を借りるのが流れだった。


俺も常習に従いここに来たが、その日に教会の悪事が露呈して大捕物が行われた。それからコイツらと此処に篭っている。


「あの小さい嬢ちゃんは俺に優先させろよ? なんせ、大銀貨をくれる様な良い子ちゃんなんだからしっかりと対応やらないとな。もっとも陵辱というの名の奴だけどな。ぎゃはははっ」


3時間程経ち、後追いだと思われないタイミングを狙ってセーフティエリアを出た。


「ユニークスキル〈ストーキングロード〉」


冒険者の1人がスキルを使用した。


「見付けた。……結界に近ぇな。どうやら姉ちゃんが許可証を持ってるみてぇだな」


「いつ見てもキメェな。直前に触れた相手の周辺が分かって、そこまでの道も示すスキルってのは……。まともに使ったらお天道様の元で生活出来たんじゃねぇの?」


「まともに使いきれなかったからここに居るんだよ。それよりスピード上げるぞ。思いの外、二人の移動が速いから直ぐにでも結界を超えそうだ」


「ノア大司祭は高位の使い手だ。アンデットとの戦闘なら最下層と言えども苦戦しないだろう」


「じゃあ、トレインしながら行きますか」


これもコイツらの手の1つだ。魔物を牽引して相手を巻き込み、疲労したところを背後から襲うのだ。


「おらおら、魔物さんよぉ〜。こっちだよ。お尻ペンペン」


「知能が低いからあっさりトレインになりやがるぜ!」


「おっ、もうそろそろ合流するぜ。ほら、アレだ」


「おーい、気を付けろ!アンデットのトーー」


その瞬間、閃光が俺たちを飲み込んだ。

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