「双子で同じ顔なら、妹の方が良い」と、婚約者は言った。

みこと。

第一話 婚約者交代

「あなたたち……、何をしているの……?」


 私は目の前の光景に、唖然としたまま問いかけた。


「きゃっ、おねぇさま! ご、ごめんなさい、あの、これはその」


 慌ててシーツで胸元を隠すルーチェ。

 乱れた髪は汗ばむ肌に張り付いて、とても淑女が他人ひと前で晒す姿ではない。


 他人、そう、私の婚約者の前──というか、すぐ横で。



 その婚約者、ユスタス・ヴェネト公爵令息の第一声と言えば。



「っつ、ナターリア? なぜこの部屋に? はっ、そんなことよりルーチェが怯えてるじゃないか。彼女を責めるな。そもそもこれは、堅すぎるお前が招いたことだ!」



 一方的に私をなじって来た。


 意味がわからない。

 でも状況は理解した。


 私の婚約者は、我が家でのお泊り中。

 私以外の相手と同衾していたわけだ。


 私が出くわしたのは、浮気現場の彼ら。



 "結婚するまで肌は許さない"

 そんな私の言葉に、彼は我慢が出来なかったらしい。


「……さようで、ございますか」


 さすがに、声が途切れがちになる。

 対するユスタス様は、逆に勢いづいて語気を強めた。


「そうだ! 融通の利かないお前と違って、ルーチェはとても愛らしい。姉妹でどうしてこうも違うのか。俺の婚約者がお前だなんて、貧乏くじも良いとこだ」


「姉妹?」


「ああ。伯爵家は双子だろう? お前たちの顔は、本当によく似ている。だが明るく開放的なルーチェに比べ、お前の面白みの無さと来たら。"少しはルーチェを見習え"と要求したくなる」


「……。勘違いなさっておいでのようですが、ユスタス様。ルーチェと私は双子では──」

「わああっ。酷いです、おねぇさま! いくらユスタス様を奪ったあたしが憎いからといって!!」 


 私の言葉を遮って、突然ルーチェが泣き始める。


「あああ、泣くな、ルーチェ。お前に悪いようにはしない。なに、俺の力で、婚約相手をナターリアからルーチェに替えて貰えば済む話だ」


 彼の発言に、私は更に驚いて問い返す。


「本気ですか? ユスタス様」


「なんだ? 今更慌てて俺の機嫌を取ろうとしても遅いぞ。俺は次男とはいえ、公爵家。対するお前は伯爵家の娘。俺が望めば、婚約者の交代なぞ、わけはない」


「な……っ」


「浮気を謝るとでも思ったのか?」


 ベッドの上でルーチェを抱き寄せたユスタス様は、得意そうにふんぞり返った。


「ユスタス様、本当? おねぇさまではなく、あたしを選んでくださるの?」


 半裸の彼にしなだれかかり、上目遣いでルーチェが目を潤ませる。


「ああ、ルーチェ。お前の腹には俺の子がいる。誰が見捨てたりするものか」


「っ! 今、なんて……? 子ども?」


 つまり、ふたりの姦淫はずっと以前まえから続いていて、今回限りの出来心ではないと、彼は言ったのだ。


「きゃっ、嬉しい、ユスタス様!!」

「そういうわけだ、ナターリア。至急、リドリス伯爵に話を通せ。提案したいことがあるとな」



「…………」 



 かくしてユスタス様は、「婚約相手をルーチェに替えたい」と我が父・リドリス伯爵に主張した。

 父はユスタス様の婚約者変更を受け入れるため、条件を出した。


 "何があっても、二度とナターリアを婚約者に戻さない"。


「なんだ、そんなことか」

 ユスタス様は笑いながら承諾して、複数の書類に署名した後、契約成立に機嫌良く帰っていった。


 窓の外に、ユスタス様と彼を見送るルーチェが見える。

 束の間の別れを惜しむように熱い抱擁を交わしていて、もはや誰はばかることなく堂々と見せつけているかのようだ。


(悪びれもせずに、よくやる)


 浮気についての謝罪は、とうとう一言もなかった。

 その傲慢さが、自分を滅ぼすとも知らずに。



「長かったな、ナターリア」

「ええ、本当に。ようやく解放されますわね」


 父の言葉に頷くと、私は晴れやかに微笑んだ。


(ユスタス様にはお気の毒だけど、まあ、自業自得よね)




 ◇

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