第14話


 久しぶりに私服に着替えて外出の準備をする。

 まさか休日引きこもりの私がこんな事情で外に出されることになるとは。


 まああれこれ言っても仕方ない。

 あの日クロネと出会ってしまったことが運の尽きだ。


「クロネー、出かけるよ。」


 どこにいるのか瞬時に分からなかったので、とりあえず玄関前で大声で呼ぶ。すると、数秒してから近くでクロネの気配を感じた。


「ん。行くよ。」

『あれ、よく分かりましたね。わたしが隣にいるって。』


 自分から教えてくれなかったことには悪びれず、クロネは不思議そうに尋ねた。


「まあ、なんとなく近くにいるなって寒気感じることあるし。」

『第六感ってやつですかね。不思議なものですなぁ。』


 実態が存在しない化け物がいるんだから、今更第六感もクソもないけどな。


「とにかく行こう。」

『図書館ですよね。ここからどれくらい歩くんですか?』

「歩いたら1時間くらいかかっちゃうから自転車で行く。」

『わたしは?』

「後ろに掴まってて。」

『二人乗りですか。いいですね。』


 なにがいいのかさっぱり分からん。

 というか、改めてこいつと平然と会話できていることそのものが意味分からん。


 二人乗りは良くないけど、誰も彼女を見れないし触れないし聞けない、私だけが彼女を知っている。だから問題はない。


 クロネが自転車に跨って腰に手を回したことを確認すると、私はゆっくりと自転車を漕ぎ始めた。


『おお、速い。』

「初めて電車に乗った子供みたいな反応だな。」

『仕方ないじゃないですか。この姿じゃ車にも乗れませんし。乗り物っていう概念事態、すごい久しぶりな感覚です。』


 久しぶり……ってことは、少なくとも何かしらの経験はあるわけだ。昨日の夕食時と同じく、曖昧な記憶には違いないのだろうが、そこを突き詰めていけば答えに近づくかもしれない。


 そのまま自転車に乗って、街の外れにある図書館へと向かう。太陽は高く上がっていたが、昨日まで降り積もっていた雪が多く残って進行を妨げる。気温も低いし空気は乾いているしで、すでに外出する気がなくなってくる。


『よく自転車乗れますよね。』

「ん?」

『ほら、ここら辺って雪めっちゃ降りますし、怖くてわたし乗れませんよ。』

「まあ、路面凍結してる時はかなりまずいけど、でも雪の上なら大したこともない。」


 でも事実、私の知り合いには自転車に乗ったことない人もかなりいる。安全に越したこともないし、それで問題ないだろうが。

 そもそも、私だって登校する時には自転車は使っていない。学校が近かったり坂があることも要因だが、一番は比奈綺と一緒に帰るためだ。彼女も自転車通学ではないので、帰る時に私の自転車は邪魔になる。押すのも面倒なので、この自転車に乗るのも久しぶりだ。


『でも良いものですね。すいすいっと進んでいって。』

「漕いでるのは私だけどな。」


 会話はそれっきりで、私たちは街の中を爽快とは言えないスピードで走り抜けた。慣れてしまって普通に話しているが、側から見たら独り言ぶつぶつと独り言を呟いているやべー奴だと思われてるかもしれない。


 坂の上にある図書館に向かって、長く苦痛な登り坂を必死に漕いでいた時だ。

 

『あ。』


 後ろでクロネが思い出したかのように短く声を上げた。

 

「どしたの?」

『なんかここ、見たことあるなって。』


 私の目に入っているのは、たまに学校帰りに寄ることがあるなんの変哲もないコンビニだ。


「コンビニくらいどこにでもあるでしょ。」

『いや、そうじゃなくてこっち側。』

「どっち側だよ。」

『坂の上からの景色。』

 

 クロネは後ろを向いてその感想を言っていたらしく、自転車を一度止めて振り向くと、いつも下校時に眺めている海をバックにした街が一望できた。


「これが覚えのある景色なの?」

『なんとなく。』


 もしかして私の高校の生徒だったりするのだろうか。少なくともここ数年でそんな人が死ぬ事件が起こったこともないが、覚えがあるということはなにかしらの関連性はあってもおかしくなさそうだ。

 まあ、ここの道って街の人なら結構誰でも通るし、現実的にはなにも確定させられないか。


『あれ?』

「なに。」


 自転車に再度またがって坂に向かおうとした私だったが、再びクロネの疑問符に足を止められた。いちいち忙しいやつだな。


『なんか、足りない気がする。』

「足りないって?」


 私が聞くと、唸るようにクロネは腕を組んで考え始めた。いや、腕組んでるかは分からないけど、なんとなくそんなイメージが想像できる。顔とかは全く想像できないのに、行動は推測できるのはなんとも奇怪なことだ。


『あのショッピングモールの近くに、何かあったような記憶が……。』


 記憶を辿るようにぼそぼそと口にするクロネ曰く、この街のショッピングモールの付近に何かしらの異変を感じているらしい。


「もしかして、すぐ近くにあったタワーのことかな。」

『タワー?』

「うん。なんか劣化版東京タワーみたいなのがあったんだけど、5年前に老朽化で無くなった。」


 本当に大したものじゃなかったけど、たしか50メートルくらいのタワーがショッピングモールの近くに建っていたはずだ。

 新しいのを作るみたいな話を聞いたこともあるけど、どうせ大層なものはできないだろうな。


『よく覚えてないけど、それかもしれないね。』

「ってことは5年以上前にクロネは死んだってことか。」


 これもまた確定はできないことだが、頭の片隅には残しておこう。

 それに、この情報でクロネがこの街出身である可能性がさらに高まった。あんなタワー知ってるやつとか町民しかいないだろう。


「とにかく、またなんか思い出したことがあったら言ってね。」

『おけです。』


 情報は一つでも惜しい。

 彼女の記憶に頼るしかないのは不安だが、話は間違いなく前進しているはずだ。


 自転車で坂を上り切った私は、高校を通り過ぎて図書館に向かう。こんな山の上に高校と図書館を作ったやつには一言文句を言いたくなる。

 今日みたいに晴れてりゃマシだが、ここは雪ばかり降るため、天候最悪地形最悪といいとこなし。


「あ。」


 校門の前を通り過ぎたところだ。

 またしても呟く声が聞こえた。


 今度は私だった。


『どうしたんです?』


 さっきと真逆の会話がなされて、後ろのクロネが自転車から降りた。


「比奈綺だ。」


 視線の先には、校舎の前でちょこんと座り込む親友の姿があった。





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冬に望む。君と薄氷を。 佐古橋トーラ @sakohashitora

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