第34話ルーカス、感情と向き合う


 強制送還! 何が強制送還だ。エミリア様は子供じゃない、あんな風に抱き抱えて部屋まで連れて行く必要はないんだ!


 

 

 誰かがエミリア様に危害を加えようとしている。いや実際にそれは実行され、エミリア様は劇場入り口のバルコニーから突き落とされてしまった。あの一件以来、お屋敷の警備も厳重になった。エミリア様に付きっきりで護衛に当たるのはもちろん、昼夜を通して屋敷の見回りもしている。


 エミリア様の現在地はご自身の書斎。なので僕はその書斎のある棟を重点的に見回っていた。



 生まれ変わって早20年が過ぎた。初めの頃はどうしても昔の癖が抜けず、言葉遣いがおかしいと周囲から変な目で見られたり、同年代の子供たちからは『グランパ』などとからかわれたりしたが、やっと最近になって今の自分になじんできた気がする。


 ルーカス・ギリゴールだった自分を忘れてはいないが、自分の感受性や物事への見方が若い体の方へ引っ張られているような感じだ。2度目の人生であるから精神的な余裕がありつつ、若い肉体は生命力に溢れ、気力にも満ちている。


 と、後方で人の気配がした! すっかり考え事に気を取られて気づくのが遅れてしまった。


「誰だ?!」


 こんな夜中に外をうろついているのは普通ではない。僕は剣を抜く。シャーッと剣が鞘を通る鋭い音が、夜の静寂の中にやけに大きく響いた。


「僕ですよ、怪しい者じゃありません」 


 両手を上げて降参の恰好をしながら出て来たのはアンドーゼ先生だった。


「先生! こんな所で何をしてらっしゃるのですか?!」

「僕ね、今論文を書いてるんですよ。それが行き詰ってしまって、気分転換に外を歩いていました」


 ああそうだ、先生はディクソンさんと結婚して、今は公爵家の敷地内の家に住んでいるのだった。剣を鞘に納め、構えを解く。先生は僕と並んで歩きだした。


「そうだったんですか。あ、遅れましたが先生。ご結婚おめでとうございます」

「ありがとうルーカス。今度せひ我が家に遊びにいらして下さい。お茶をご馳走します、アンの焼くベリータルトは最高なんですよ」


「はい、近いうちにお邪魔します。今は少し忙しいのでまた落ち着いたら」


「いつでも構いませんよ。エミリア様も随分と忙しそうですしね、護衛の方も大変でしょう。そうだ、エミリア様といえば、先ほど渡り廊下を行かれるのを見かけましたね。誰かに抱えられていましたけど、お加減でも悪いのでしょうか?」

「えっ! 僕は知りません。すみませんが、屋敷に戻ります。失礼します」


 相変わらずひょうひょうとしているアンドーゼ先生は後ろ手を組んでまた歩き出していた。「疾風のごとく駆け出すルーカス~」と鼻歌が聞こえた。


 先生の鼻歌通りに僕は駆け出していた。抱えられて運ばれる程、エミリア様は具合が悪いのか? まさかバルコニーから落ちて痛めた膝がまた痛み出したのか? 

 今夜エミリア様についているのはカーティス副団長だ。彼がついていてエミリア様に危害が加えられるとは思えないが、万が一という事もある。足が・・この不安を少しでも早く払拭したいと、物凄いスピードで地面を蹴り上げた。


 先生が言っていた渡り廊下の先の角を曲がると、カーティス副団長がエミリア様を抱き抱えてこちらに向かって来る所だった。


 心配は杞憂だった。


 だが苛立ちと原因の分からないもやもやが胸に広がってくる。イライザが言っていた言葉が脳裏をよぎった。『あれは主人に向ける視線じゃないわよ!』


 そうだ、今のカーティス副団長がエミリア様を見る目には愛情が溢れていた。あの愛情はただの忠誠心から来るものか? 僕が小さなエミリア様に向けていたような愛情か? そうだ、僕は副団長の愛情が恋愛感情だと決めつけている。そして僕はそれが不快なのだ。


 見回りに戻って来たものの、まったく集中出来ない。先ほどの二人の姿が頭から離れず、苛立ちが募る一方だ。こんな感情は今まで感じた事がなかった。前世の自分にも思い当たらない。


 いや、考えてみるとひとつある。前世で同じソードマスターである炎の使い手に出会った時の事だ。その頃、僕はまだソードマスターの能力に目覚めたばかりで、雷のオーラを上手くコントロール出来ていなかった。その僕の前で炎のソードマスターが自由自在に炎を剣に纏わせて戦う姿を見た時。あの時に感じた気持ち・・あれは嫉妬と焦燥だ。


 では今のこの気持ちは嫉妬だというのか。そう・・か。カーティス副団長だけじゃない。モーガン卿にしてもそうなのか。アカデミー時代、モーガン先輩とエミリア様がお付き合いされていると知った時はこんな気持ちは抱かなかった。むしろ、エミリア様がまた誰かを好きになってくれて良かったとさえ思っていた。だが今はどうだ、モーガン卿がエミリア様の名前を呼ぶ事にすら苛立ちを覚えている自分がいる。


 自分があのルーカスだと、僕は生まれ変わったのだと言ったらエミリア様は喜んでくれるだろうか? また昔のように僕を大好きだと言ってくれるだろうか? 


 いやだめだ。お屋敷を辞める前、僕はエミリア様を冷たくあしらって傷つけた。あんな事をしておきながらどの口がエミリア様を好きだと言うのだ。きっとエミリア様は僕の事を許してくれないだろう。言ってはいけない、気取られてもだめだ。これからはもっと言動に気を付けなければ。


 僕の中身はルーカス・ウォーデンだけど、エミリア様には今の僕を好きになって欲しい。僕は今ルーカス・ロスラミンで、これからもロスラミンとして生きて行く。だから僕があのルーカスだと知らないままで好きになって貰えたら・・うん、有り得ないな。エミリア様は僕を弟の様に可愛がってくれていたんだから。やはり僕は護衛騎士としてエミリア様を守り続けよう。僕が生まれ変わったのはエミリア様に笑顔を取り戻し、彼女の幸せを見届ける為なんだから。

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