第26章 駆動する厨二病

日曜日。旅行の疲れからか博司は昼まで眠りについていた。美聡は午前中に部活動があったようで、朝早くから学校に行っている。博司と同じく旅行疲れであろう朱美のことを思ってか、電車で学校に行ったようである。

来海と司は午後からショッピングモールに買い物に行くことにしたらしく、朱美とともに準備に取り掛かっている。

「それじゃ、ひろくん。行ってくるわね。」

「ああ、気を付けて。二人も無駄遣いしないようにな。」

「わかってる」

二人が同時に応える。三人を見送った後、博司は着替えを済ませる。本来であれば大学へ向かうのだが、今日は別の予定を入れている。

「親父、ただいま~」

三人と入れ替わる形で美聡が帰宅する。美聡は最近原付の免許を取得したようで博司が学生の時に乗っていた原付を譲る約束をしていたのだ。美聡の免許取得の報告は事後報告で博司は驚愕したものの、処分を忘れ実家に放置したままの原付の使い道が決まったことを嬉しく感じていた。県外の実家から陸運業者を使って的場家に運び、動作確認と美聡の運転練習を行うことにしていたのだ。

「親父、原付届いた?」

「まだ来てないな。もうそろそろのはずだが。」

「なら、シャワー浴びてきていい?汗でベタベタでさ~。」

「わかった。美聡がシャワーを浴びている間に動作確認をしておくよ。」

案の定。美聡がシャワーを浴びている最中に原付が到着した。意外なことにかなりきれいな状態だ。どうやら博司の両親が良い環境で保管してくれていたようである。

「ガソリンは・・・ほぼないな。」

ガソリンタンクの中をライトで照らし、ほぼ空であることを確認する。原付を引いて近所・・・とまではいかないものの徒歩で行ける距離にあるガソリンスタンドで給油し、エンジンをかけてみる。多少のかかりにくさはあるものの、問題なく動作する。アクセルを捻る、けたたましい原動機の音とともに車輪が回転する。

「問題ないな。乗ってみるか。」

博司は復活の息吹をあげたかつての相棒に跨り自宅に向かって走らせる。乗り心地も問題ない。自宅へ到着すると美聡が着替えを済ませて待機していた。

「状態は問題ない。むしろかなりいい。一周回ってみるか?」

「え!?いきなり!?ちょっとこの直線で練習させて!」

美聡は家の前の直線道路を走り、ある程度の距離まで行くとUターンして博司の元へ戻る。

「意外と簡単じゃん。ちょっと行ってくるわ。」

美聡は自宅のある住宅街を一周しに向かう。博司は自転車でついていく形となった。

何事もなく走り終え、自転車置き場に原付を止める。今後、美聡の通学やアルバイトに役立てられる。ちょうど夕方からアルバイトが入っているようで、16時頃に原付で向かうのであった。

博司は、自宅に戻り、百田に連絡を取った。


19時。百田の勤務する病院の近くにある居酒屋で待ち合わせをする。少し前に百田といった店である。今回は的場が場のセッティングを行った。

「的場君、おまたせ。」

「ちょうど今着たとこ。予約してあるから入ろう。」

個室に通され、前回と同様先に注文を済ませることにする。

「今、台湾フェアなんだ。的場君。俺が多く払うから片っ端から食べてみない?」

「おっ!いいね~。思いっきり食べるとするか!割り勘でいいよ。」

注文を済ませ、大量の料理がテーブルを埋め尽くす。百田は華奢な割に大食いで、的場は、昼に美聡の原付を自転車で追っていたためいつにも増して空腹であった。

「的場君から読んでくれたってことは、昏睡状態の件について何かわかったってこと?」

「そんな大それたことではないんだ。ただ、気になる話を聞いてね。」

的場は美聡との会話の内容を百田に話す。特に理由はないが、長女の美聡のことは伏せて話した。百田は的場の話を終始真顔で聞いていた。的場が話し終わってもしばらくの間陳の句の時間が続き、百田がようやく口を開いた。

「的場君。随分オカルトに踏み切ったね。」

「俺も信じているわけではないが着眼としては面白いと思ってね。」

「『着眼として』ね教育学で言う『気づき』とか『他分野と関連付ける』みたいな?確かに問題解決においては重要だと思うけどね・・・」

百田の真顔が徐々に難しい顔になる。どうやら話の内容が完全に予想外の角度から切り込まれたもののようであった。的場も学生と話すとき、予想だにしない方向から切り出され、展開されることがある。そのときの自分もこんな顔をしているのだろうか。そんなことを考えていた。

「まず、大前提として今の話を否定するつもりはないってことは理解してほしい。的場君の同じで着眼としては面白いとは思っているし。ただ『夢』とか『世界線』とかは完全にオカルトというかファンタジーの領域だし、それを医療として無理やり使おうとするのは民間療法の範疇になる。感情も含めて僕が簡単に扱える話じゃない。」

「そうか・・・確かにそうだな。変な話をしてすまなかった。」

「というのが、医療人としての僕の意見。実は僕はもう片足を突っ込んでいるから、今の話はただの前置きだと思ってもらえればいいよ。」

そういって百田はスマーフォンの画面を的場に見せる。どうやら名簿のようで百田の名前のほかに何人かの名前が見える。しかし、英語で内容までは理解できなかった。

海外で面白い報告を見つけてね。音楽療法なんだけど、今の医学が足踏み状態で心もとないんだ。方法の一つとしてはありだと思ってね。

「でも、音楽療法はどちらかというと民間療法の類なんじゃないのか?」

「たしかに、でも僕は責任が取れる範疇で好きなことをする性分でね。あくまで、出せるカードを一つ増やすくらいの気持ちだよ。で、共同研究に半分無理やり名乗りをあげたわけだよ。」

何だか変に状況が複雑になっていることに的場の思考回路は停止寸前であった。しかし、どうやら海外ではすでに解決に係る実践例があるようであり、百田は先駆的にそこに参入した数少ない日本人であるといったところだろうか。

「仮に、この話を完全に支持するとして考えを展開すると、人は睡眠中ほぼ確実と言って良いほど夢を見る。それは、昏睡状態であっても変わらない。それは、心拍数や脳波からでも説明がつく。フィクション作品にも夢落ちや悪夢に閉じ込められるといったストーリー展開は多い。でも、その話のストーリーはその逆。夢から覚めたくないから夢の中に閉じ籠ることを自ら選ぶ。これは、フィクションだろうとノンフィクションだろうと俺の興味を引くには十分すぎるわけだ。」

そういえばコイツ、生粋のヲタクだった。的場は思い出した。今思えば仲良くなったきっかけもヲタク趣味からであった。話がどんどんそっち方面に脱線するため、まったく、大真面目になんという話をしているのか。的場は半分呆れながら炭酸水を追加注文し、一気に飲み干した。


しばらくたち、百田も一通り話したいことを話せたようで落ち着きを取り戻し始めた。

「そういえば、的場君の娘さんって公立南中だっけ?」

「ああ、三女がそこの1年だ。急にどうした?」

「近々、うちの病院に職場体験にくるんだ。毎年恒例なんだけど、今年は僕が案内担当になってね。」

「そうか、そりゃ大役だ。仕事もあるのに忙しくなるな。」

「まぁ、サボってたツケが回ってきたというか、バレて仕事を増やされたというか。休職前に勘弁してほしいよ。」

「もし、娘に会うことがあればよろしく頼む。」

「まぁ、こっちも万年人手不足だから、少しでも興味を持ってもらえるように努めることにするよ。」


その後、百田と何か進捗があればどんなに些細なことでも連絡を取り合うことを約束し、各々の帰路についた。

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